袋の中の鳥  中国 『捜神記』

 会稽のエン県に、袁相と根碩という二人の男が住んでいた。

 ある時、二人は深い山の中に分け入って狩をしていた。すると六、七頭のヤギがいたのでそれを追ったが、ヤギはどんどん逃げて一つの石橋を渡っていった。二人も石橋を渡ると、目の前に赤い絶壁がそびえている。その崖に刻まれたジグザグの小道を登っていくと、洞窟がある。中に入ると、広大な土地にいい匂いのする草木が生えていた。

「おい、変わった場所に来たな。なんだかこの世ならぬ感じだぞ」

「まぁいいや。もう少し先へ行ってみようぜ」

 そして先に進むと、一軒の家がある。二人が家を訪ねると、そこには二人の乙女が住んでいた。二人とも十五、六歳で、青い衣をまとって、非常に麗しい容貌をしている。二人の乙女は袁相と根碩を見るといそいそと家の中に迎え入れて、

「私たちは、もうずっとあなたたちのおいでを待っていましたのよ」と言った。

「えっ、俺たちが来るのを待っていただって? どうしてそんなことが分かったんです。俺たちはたまたまここに迷い込んだだけですよ」

「そんなの、どうでもいいじゃないの。折角いらっしゃったんだから、いつまでもいてくださいな」

 二人の乙女はこう言って、袁相と根碩を手厚くもてなして、果てはその妻になってしまった。二人の男は夢のような心地で毎日をすごしていたが、そのうち人里が恋しくてたまらなくなった。しかし、さすがに乙女たちにそのことを言えなかった。

 ある日、乙女たちは知り合いの結婚祝に行くと言って出かけていった。

「おい、いい機会だ。人里に帰ろうぜ」

「そうだな。ここは仙人の住む場所だ。俺たちにはどうも合わない。女たちが帰らぬうちに逃げ出すとしよう」

 袁相と根碩はそう相談すると、不思議な家を飛び出して元来た道をかけていった。ところが、たちまちどこからともなく二人の乙女が現れてきた。男たちはギョッとして立ちすくんだ。

「どこへいらっしゃるの。ずいぶん急いでらっしゃるのね」

 男たちは心を見透かされた気がして、ただ苦笑した。

「あなた方は、自分の家に帰りたがっているのね」

「いや、その……」

「隠さなくてもいいんですよ。どうしても帰りたいと言うなら、仕方ありませんわ。では、お別れの記念に、これをさしあげましょう」

 二人の女たちは男たちに一つの袋を与えた。そして言った。

「どんなことがあっても、この袋を開けてはなりませんよ」

 男たちは袋を大切に抱えて人里に帰ってきた。そして女たちの戒めを守って、決して袋を開けなかった。

 ところが、ある日のこと。根碩の妻が好奇心に負けて、夫の留守中に袋の口を開けてみた。袋は蓮の花のように幾重にも重なっていて、一重めくるとまた一重といった風になっていた。根碩の妻はいよいよ面白くなって、

「まぁ、本当に不思議な袋だこと。中には何が入っているのかしら」

と、一重また一重とめくっていくと、五重ねの奥に、青い小鳥が入っていた。

「まぁ、可愛らしい」

 根碩の妻が目を見張った瞬間、小鳥はぱっと飛び立って、どこかへ姿を消してしまった。

 しばらくして帰ってきた根碩は、妻が袋を開けて小鳥を逃がしたことを知ると、がっかりしてため息をついたが、もはやどうしようもない。

 その後のこと。田を耕している根碩に妻が弁当を持っていくと、彼は田の中に突っ立ったまま、身動きもしないでいる。

「どうしたんです」

 驚いて妻が駆け寄ってみると、夫の体から魂が飛び去って、もぬけの殻になっていた。



参考文献
『中国神話伝説集』 松村武雄編 現代教養文庫 1976.

※獣を追ううち川(橋)を渡り、異界に入り女に迎えられるくだりは、フランスの「ギンガモール」と同じである。

 袋の中の鳥は、《若さ》ではなく《魂》だったのだろう。それを逃がしてしまったために、男は死ぬ。

 ところで、日本の『今昔物語』に、こんな話がある。

 美濃の国の紀遠助きのとおすけという男が、仕事で京都に行った。無事仕事も終えて帰る事になったが、勢田の橋で一人の女に呼びとめられた。女は箱を渡してきて、これをとある地の橋にいる女まで届けて欲しい、と言う。引き受けたものの、約束を忘れてしまい、遠助は箱を家まで持ち帰った。

 妻がこれを見つけて、他の女への土産かと逆上し開けたところ、中には抉り取った人の目玉やら男根やらがぎっしり詰まっていた。

 遠助は箱を元通りにして約束の橋に行き、そこに待っていた女に渡した。恐ろしいことに、女は箱を開けた事を見とおしているようだった。

 遠助は家まで帰りついたものの、その夜から寝込み、そのまま死んでしまったという。

 ここでは女の園での悦楽のくだりは無いが、妻の好奇心または嫉妬によって、開けてはならないものが開けられ、夫の命が失われてしまうというモチーフは同一である。ギリシアのパンドラの壺の例を引くまでも無く、女は好奇心には打ち勝てぬものらしい。

 少しずれるが、「竜宮から《命の水》を授かった男が医者として活躍するが、水鏡に映った自分の顔を別の女と勘違いして嫉妬に駆られた妻が水のつぼを壊してしまう話」、「竜宮から《なんでも欲しいものの出てくる臼》をもらった男が、留守中に欲深い妻に臼を壊されてしまう話」なども、同一のモチーフを含んでいるといえる。



参考--> 「仙女の屋敷



かくれ里  日本 岩手県

 昔、和賀の鬼柳村に、甚内という男がいた。ある日外に出ると、山の方に見たことも無いような美女が立っていて、しきりに手招きしている。妻子のある甚内は最初は無視していたが、何日もそれが続くと、とうとうふらふらと女に付いて山に入ってしまった。

 突然深い霧に包まれ、気づけば立派な御殿がそびえていた。甚内はそこで盛大な歓待を受け、例の美女を妻にして悦楽の中に暮らした。

 こうしてどのくらいの時間が経ったのか。甚内は、ふと残してきた妻子のことが気になり始めた。家に帰りたい、と言うと、女は

「お前さまの家のことなら何も心配無いように取り計らってあります。けれど、どうしても帰りたいなら仕方ありません。ただ、帰ったら、誰にも私のことは話してはなりませんよ」と言った。

 こうして、女と固い約束を交わして甚内は家に帰った。

 家に帰ると、なんと甚内の法事の真っ最中だった。甚内が姿を消してから三年もの月日が流れており、てっきり死んだものと思われていたのだ。一体どこへいっていたのか、という問いを甚内は適当にごまかしていたが、妻のあまりにしつこい追及に、とうとう例の女のことを話してしまった。

 その瞬間、甚内は雷にでも当たったようになって倒れ、失神した。そして、そのまま生涯、足腰が立たなくなってしまったということだ。

※ギリシア・ローマ神話にこんな話がある。

 美しい牛飼の青年アンキセスに恋した美の女神アプロディテは、人間の乙女に姿を変えて彼と交わった。そして彼女の正体を知って畏れるアンキセスに、このことを口外してはならないと戒めた。しかしその後、酔ったアンキセスは私は女神に愛されたことがある、と高言した。途端に彼は大神ゼウスの雷に撃たれ、不具者になってしまったという。

 なお、この交わりにより生まれたのが、ローマ建国の祖とされる英雄アイネイアスである。



オジエ・ル・ダノワのロマンス  イギリス

 英雄オジエが生まれたとき、数人の妖精が祝福に現れた。中の一人は永遠の島アヴァロンを支配する妖精女王モルグ・ラ・フェイで、彼女はオジエが彼女の愛人かつ友人になるという運命を贈った。

 成長したオジエは恋愛と戦いで大いに名をあげ、やがて百歳の老人になった。モルグ・ラ・フェイの計らいにより、オジエはエルサレムからの帰途に嵐に遭って王の船から引き離され、彼の船は遥か海上を漂って、アヴァロンの磁石の城の近くに引き寄せられた。そこは多くの難破船が引き寄せられている魔の海なのだった。船は座礁して動かなくなり、乗組員たちは相談して、食料を分け、無くなった者から海に投げ込まれることにした。オジエの食料が最も後まで残り、彼はただ一人生き残った。

 オジエが絶望したとき、天からこんな声が聞こえた。

「神は汝に命じる。夜になったらすぐに輝く城を目指し、船から船を渡って汝が見出す島へ渡れ。島で小道を見出したらそれを辿れ。そこで何を見ようとも うろたえることなかれ」

 オジエは運を神に任せて、難破船を渡って島に上陸した。輝く城に着くと、門を守る二頭のライオンを殺して中に入った。そして、妖精馬パピヨンの接待でたっぷり食事と休息を取った。

 翌朝目覚めると、パピヨンはいなかった。扉を開けると大蛇がいたのでこれを殺し、奥へ進むと果樹園になっていてリンゴが生っていた。一つとってかじると、たちまち激しい苦しみに襲われ、瀕死になった。彼は自らの仕える王や恋人の名を呼び、死を覚悟した。ところが、そこに純白のドレスを着た美しい女性が現れた。

 彼女こそモルグ・ラ・フェイであり、彼女は自分がオジエに与えた運命を語り、彼の指に指輪をはめた。すると、たちまちオジエの苦しみは去り、三十歳の若さを取り戻した。オジエは城に案内され、数人の妖精の貴婦人たちを見、美しい音楽を聴いた。モルグ・ラ・フェイが彼に豪華な王冠をかぶせると、彼の心から現世の記憶や執着が消え去り、身内のことも恋人のことも忘れ去って、毎日が悦楽の中に過ぎていった。

 こうして二百年過ぎたが、オジエには二十年としか感じられなかった。もはや彼の知己も彼の子孫すら死に絶えていた。そんな時、イスラム教徒の大軍がイギリスとフランスに侵入した。モルグ・ラ・フェイはオジエの頭から忘却の冠を取り、オジエの胸にはたちまち故国への思いが燃え盛った。故国を守るため、戦わなければ!

 モルグ・ラ・フェイは、オジエに燃え盛る一本のたいまつを渡した。

「この火を決して絶やさないようにしなさい。これが燃えている限り、あなたの寿命は尽きないのだから」

 盛大な別れの演奏と歌に送られ、オジエは雲に包まれて現世に帰った。そして昔と変わらぬ武勇を示し、異教徒を敗走させた。

 勝利したオジエは、未亡人となった王妃を妻に娶ろうとした。ところが、その瞬間にモルグ・ラ・フェイが現れ、彼をアヴァロンに連れ戻した。その後は、オジエは二度とこの世に姿を現わさなかった。



参考文献
『ケルトの神話 女神と英雄と妖精と』 井村君江著 ちくま文庫

※オジエは実在の人物であり、シャールマニュ王に仕えた伝説の十二勇士の一人。

 オジエが現世に帰還するとき、異界の妻は彼に燃えるたいまつを渡す。浦島太郎が玉手箱を開けたように、もしも妻の言いつけに背いて たいまつの火を絶やしてしまっていたら、きっと彼はその場で年老い、塵となって崩れ落ちていたのだろう。


参考--> 【運命説話



開かずの蔵  日本 鳥取県

 むかし、ひとりのきこりがあった。ある日 山で日が暮れるまで働いて、山道に迷ってしまった。

 こりゃえらいことになった、どうしようと向こうを見ると、明かりがちらちら見えるではないか。それを頼りに進むと、立派な家が一軒建っていた。

「道に迷うたで、泊めてください」と言うと、中から若い女が出てきて、

「私一人しか住んでいないが、よかったら泊まっていきなされ」と言った。

 その晩、女は大変なご馳走できこりをもてなした。あんまりもてなしがいいので、きこりは帰るのも忘れて二日泊まり、三日泊まりしておると、女が

「今日は用があって町におりてくるけぇ、あんたは留守番をしてくだされ」と言った。

「ああ、留守番くらいだったらなんでもしますけ」と言うと、

「ただ一つ頼みがあるが、家の中のどこを開けてみてもいいけれど、あそこに建っている四つの蔵な、あれは三つまでは開けてもいいが、四つ目だけは決して開けてくださるな」と、固く戒めて出かけていった。

 さて、きこりは、三つまではいいというなら三つまでは見てみようと、まず、最初の蔵を開けてみた。すると、中には稲を刈った株あとがぽつぽつと並んだ春の田の枯れた景色が、見渡す限り続いていた。ほう、蔵の中に田んぼがあるとすっかりたまげて、次の蔵を開けてみたら、今度は綺麗な緑色の苗代の景色がうらうらと広がっている。三つめはどうだやらと見ると、中は一面水を張った田で、大勢の人が忙しそうに働いていた。

「はぁ、おかしなことがあるもんだ」と思いながら、きこりは四つめの蔵の前ではたと止まった。四つめは見てはならんとあの女は止めたけど、見るなと言われればなおさら見たい。見たい見たいとうずうずしているうち、とうとう蔵の戸に手をかけて、そうっと細めに開けてしまった。

 中を覗くと、金色に実った稲が風にそよいで、見渡す限り黄金こがねの穂が波打っていた。

 ああ、きれいなもんだと しばらく見とれていたが、ひょいと後ろを見ると、町から帰った女がしょんぼり立っておった。

「あれだけ四つめの蔵は開けてはくれるなと頼んだのに、あんた、あの蔵を開けなさったねぇ」と悲しそうに言ったかと思うと、女はたちまち一羽の白鷺になって飛んでいってしまった。

 ふと気がついて周りを見ると、立派な家は跡形も無く消えて、きこりは草ぼうぼうの山の中にたった一人で立っておったと。

 それから、やっと道を探して家に帰ってみると、四日留守をしたと思ったのが、四年も行方がわからず、もう墓もでき、法事も済んでいたそうな。

 むかし こっぽり。



参考文献
いまは昔むかしは今1 瓜と龍蛇』 網野善彦/大西廣/佐竹昭広編 福音館書店 1989.

※いわゆる、「見るなの座敷」「うぐいすの浄土」と呼ばれる系統の話。御伽草子版の「浦島太郎」でも、屋敷の戸を開けると四季の景色を見ることができたが……。

 開かずの部屋があって、決して見てはならないと言われているのに、開けてしまう。このモチーフは世界中で見られる。大まかに二種類あり、「青髭」「脂取り」のように死体が隠されているものと、「マリアの子」やこの「見るなの座敷」のように、富や神秘的な秘密が隠されているものがある。前者の場合、見て逃げ出したために助かるが、後者の場合、見たために富や安楽を逃してしまう。

 開かずの間の中が美しいものであってもおぞましいものであっても、どちらも「冥界」を表す情景である。


参考--> 「うぐいすの浄土」「うぐいすの一文銭」「もの言う馬」【青髭




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