>>「海幸・山幸

 

浦島子  日本 『日本書紀』

 秋七月に、丹波國たにはのくに餘社郡よさのこおり管川つつかはの人瑞江浦島子みずのえのうらしまこ、舟に乗りて釣す。遂に大亀かめを得たり。便たちまちをとめ化為る。ここに、浦島子たけりてにす。相逐あいしたがひて海に入る。蓬莱山とこよのくにに到りて、仙衆ひじりめぐり覩る。

※日本の文献に最初に現れる「浦島」。後半は『日本書紀』では語られておらず、「続きは別巻に」とある。どうやら『丹後国風土記』の浦島を指しているらしい。



浦島子  日本 『丹後国風土記』

 雄略天皇の御世、丹後国の与謝の郡、日置の里、筒川の村に、一人の男がいた。彼は日下部首等の先祖であり、筒川の浦の嶼子という。姿の良いこと限りなく、水の江の浦の嶼子しまこと呼ばれた。これから記す話は、昔、馬養の連が書いたことと同じものである。

 嶼子は一人で小舟に乗り、海に出て釣りをしたが、三昼夜を経ても一匹の魚も釣れず、ただ五色の亀を得た。奇異に思って舟に置いたが、嶼子が寝入ると、亀はたちまち麗しい乙女に変身したのだった。嶼子は驚いてたずねた。

「ここは海の上、人家も無い。あなたはどこから来たのです」

「あなたと楽しく語らうため、風雲に乗ってまいりました」

「一体どこから来たというのです」

「私は天仙です。あなたを慕ってきたのですから、怪しまないでください。さぁ、愛し合いましょう」

 嶼子は彼女が神女であると知ってかしこまり、おそれた。乙女は言った。

「私はあなたと天地や日月のように末永く夫婦の契りを結ぶ決心で参りました。どうか受け入れてください」

「そこまで言われては、断る理由があるでしょうか……」

「ではあなた、一緒に蓬山(蓬莱山…仙人が住むという中国の伝説上の楽園)へ行きましょう」

 嶼子が承知すると、乙女は嶼子に目をつむっているように教えた。その通りにすると、一瞬のうちに海に浮かぶ広大な島に着いた。地は宝石を敷きつめたよう、高くそびえる城門の影は辺りを覆って暗く、高楼は日の光を受けてきらきらと輝いていて、見るもの聞くもの初めてである。手を引かれて行って、一軒の大きな屋敷の門に来た。「あなた、ここでしばらく待っていてくださいね」と乙女が入っていき、嶼子が待っていると、七人の子供達が出てきて、「これは亀姫の夫だ」と言い、次に出てきた八人の子供達も「これは亀姫の夫だ」と言うので、その言葉から乙女の名が亀姫というのを知った。その次に亀姫が出てきた。

「七人の子供は昴星すばるで、八人は畢星あめふり(おうし座にあたる、中国の星座)です。怪しむことはありません」

 亀姫の案内で屋敷に入り、亀姫の両親とも会った。数多のご馳走が並び、亀姫の兄弟姉妹や隣の里の幼女までもが宴に参加して、歌ったり踊ったり、その盛況さは人間界のそれの万倍だった。夕暮れになると仙人たちは引き上げ、亀姫だけが残った。そして二人は夫婦となった。

 嶼子が旧俗を忘れて仙都に遊び、三年が過ぎると、故郷や両親を思い出して帰りたくなり、その思いは日毎に増していった。

「あなたの顔色を見ると常とは違う様子。一体何を思っているのですか」と亀姫が問いかけると、嶼子は「古の人は、少人は土(故郷)を懐かしみ、死する狐は丘(巣穴)に首を向けると言います。嘘だと思っていましたが、今は確かにそうだと思っています」と答えた。

「あなたは帰りたいと思っているのですか」

「私は俗界の近親を忘れて遠く仙境に入りましたが、親族を懐かしむ気持ちが増してたまりません。願わくば、暫しの間 俗界に帰り、両親の顔を見たいと思うのです」

 亀姫は涙をふき、嘆いて言った。

「夫婦の絆を固く誓ったのに、どうして郷里に帰って私を捨てるのですか」

 しかし嶼子の決意は固く、ついに袂をひるがえして、帰路についた。亀姫の両親や親族は別れを悲しみ、亀姫は玉匣たまくしげ(櫛や化粧道具を入れる綺麗な箱)を渡して言った。

「あなた、私を忘れずに帰ってくる気があるなら、かたくこの匣を握って、決して蓋を開けて中を見ないでください」

 そうして、船に乗りこみ、教えられた通り目をつむると、たちまち故郷の筒川の郷に帰り着いた。しかし、知った人はいないし、自分の家も無い。郷の人に「水江の浦の嶼子の家の人は、今、どこにいますか」と訊くと、郷の人は言った。

「あなたはどこの人ですか、そんな昔のことを訊くなんて。私の聞いたところによれば、古老たちの伝えに、昔、水江の浦の嶼子という者がいて、独りで蒼海に出て行ったまま帰らず、もう三百余年を経た、といいますが……どうしてこんなことを訊くのです」

 嶼子は故郷をさまよったが、一人の知りあいにも会わないまま年月は過ぎ去った。嶼子は玉匣を撫で、亀姫を恋しく思った。そして、先の約束を忘れて玉匣を開けた。途端に、かぐわしい蘭のような若い体は、風雲と共に天に飛び去った。

 嶼子は、約束を破ったために亀姫に逢えなくなったことを知り、首をめぐらして佇み、涙にむせんでさまよった。

 ここで、涙をふいて歌ったことには、

常世べに 雲たちわたる 水の江の 浦嶋の子が 言持ちわたる

 すると、亀姫が遥か遠くから 美しい声を飛ばして歌った。

大和辺に 風吹き上げて 雲放れ 退き居りともよ 吾を忘らすな

 嶼子は更に恋しい心を募らせて歌った。

子らに恋ひ 朝戸を開き 吾が居れば 常世の浜の 波の音聞こゆ

 後の世の人が、これに付け加えてこう歌った。

水の江の 浦嶋の子が 玉くしげ 開けずありせば またも会はましを

常世べに 雲立ちわたる たゆまくも はつかまと 我ぞ悲しき

※嶼子が箱を開けて《何が》飛び去って行ったかには、解釈の余地があるような気がする。一般には《若い肉体が飛び去った》とされていて、後に年老いた嶼子が残ったように思われているが、《嶼子の若い肉体が消滅した》という解釈もあるようだ。後者だとすれば、ケルトのブランの仲間のように塵となって崩れ去ったということか。嘆きさまよい歌を詠んだ嶼子は、肉体を失ったうえにあの世(蓬莱)へも行けなくなった亡霊、ということになるだろうか。

 京都府丹後の宇良神社に伝わる『浦嶋明神縁起絵巻』(最古の「浦島」ものの絵巻とされている)の内容はこれとほぼ同じだが、異界に入るときの描写が少し違う。滝をくぐって常世の国に入り、その国の住人になるための儀式を受けた、となっている。



参考 --> 「処女王



浦島子  日本 『万葉集』

 水の江の浦の嶋子が船に乗ってカツオやタイを釣り、七日間も漕ぎ続けて、ついに海の果てを越えてしまった。そこで偶然に海の神の娘に出逢い、彼女に求婚して、二人で海の宮殿の奥に入って婚姻を結んだ。

「家に帰って、両親に君と結婚したことを報告してくるよ。そうしたらまた帰ってくるから」

「また この常世の国に帰って私と暮らしたいなら、この箱は決して開けないでね」

 そう言って、海の神の娘は嶋子に一つの櫛笥くしげ(櫛や化粧道具を入れる箱)を渡した。

 こうして嶋子は故郷に帰ってきたが、自分の住んでいた海辺の里はなく、自分の家も知った人もいない。動転した嶋子は、これを開ければ元の様子に戻るかもしれないと、海の神の娘にもらった櫛笥を少しだけ開けてしまった。途端に白い雲が常世の国に向かってたなびき、嶋子は立ちあがって走り、叫び、転んで、足摺りしながら、たちまち気を失った。肌にはしわが寄り、髪も白くなって、そのまま息が絶えてしまった。

※高橋虫麻呂の和歌。

 箱を開けた島子が七転八倒して苦しんで倒れて気を失い、そのまま老いて死ぬ、という描写は壮絶過ぎる。



浦島太郎  日本 『御伽草子』

 昔、丹後の国に浦島という者がいたが、その子に浦島太郎といって年齢が二十四、五の男があった。明けても暮れても海の魚を獲って父母を養っていたが、ある日も日常のままに釣りをしようとて出ていった。浦という浦、島という島、入り江という入り江、行かない場所もなく、釣りをし、貝を拾い、海草を刈るなどしていたところ、えじまが磯というところにて亀を一匹、釣り上げた。浦島太郎がこの亀に言うことには、

「お前、命ある者の中でも鶴は千年亀は万年とて、命の長い者だ。すぐにここで命を絶つことは可哀想だから、助けてやろう。常々この恩を覚えておけよ」とて、この亀を元の海に返した。

 こうして浦島太郎は、その日は日が暮れたので帰った。また次の日に浦の方へ出て、釣りをしようと思って見れば、遥かの海上に小船が一艘浮かんでいる。怪しんで佇んで見ていると、美しい女房(娘)がただ一人波に揺られていて、次第に太郎が立っている所へ漂い着いた。浦島太郎が、

「あなたはどんな人なのですか。このように恐ろしい海上に、ただ一人乗って入っておいでとは」と言うと、女房が言うには、

「そうです。さる場所に行くのに都合のいい船に乗っていたのですが、たまたま波風が荒くなり、人が数多あまた海の中へ跳ね落ちたのを、見識のある者がいて、女を乗せたせいだと、わらわをこのはし船に乗せて切り放しました。悲しく思い、鬼の島へ行くのかと、行く先も分からないでいたこの時、今、人に会うことが出来ました。この世ならぬご縁でこそございましょう。してみれば、残酷な虎狼が与えたような境遇も、あなたと会うためだったのです」

と、さめざめと泣くのだった。浦島太郎も、流石に岩や木ではないので切なく思い、綱を取って引き寄せてやった。

 さて、女房が言うには

「ああどうか、わらわを生国へ送ってくださる旅をしてください。ここで見捨てられては、わらわは何処へなりとも彷徨うしかありませぬ。見捨てられてしまうのなら、海の上で思い悩んでいた時と変わりありません」

と、かき口説いてさめざめと泣くので、浦島太郎も気の毒に思い、一緒に船に乗って沖の方へ漕ぎ出した。かの女房の教えに従って、遥か十日あまりの船路を送り、彼女の故郷へと着いたのだった。

 さて船から上がり、どんな所だろうかと思うと、しろがね築地ついじ(土塀)を巡らせて金のいらか(屋根瓦)を並べ、門を建て。どんな天上の住まいも、これにはどうやったら勝てるだろうか。この女房の住む所の素晴らしさは言葉も及べず、かえってあれこれ言うのは愚かなほどである。

 さて女房が言うには、「同じ樹の陰に休み、同じ河の水を汲むことも、みんな前世の縁でございます。まして遥かな波路をはるばると送ってくださったこと、ひとえに前世の縁なのですから、何を悩むことがありましょう。わらわと夫婦の契りを結んで、同じ場所で明かし暮らしましょう」と、真摯に語る。浦島太郎は「ともかくも仰せに従おう」と言った。

 さて偕老同穴(夫婦が年老いるまで一緒に暮らし同じ墓に入ること)の語らいも浅からず、天にあれば比翼の鳥、地にあれば連理の枝となろうと、互いに鴛鴦えんおう(おしどり)の契りも浅からずに明かし暮らした。

 さて女房が言うことに、

「ここは竜宮城と申すところです。こちらに、四方に四季の風景を表してあります。お入りなさい、見せてさしあげましょう」とて、引き連れて出かけた。

 まず東の戸を開けて見てみると、春の景色と思われ、梅や桜が咲き乱れて、柳の糸も春風になびき、かすみのうちのうぐいすも軒近く、いずれの梢も花溢れる。

 南の方を見てみると、夏の景色と見えて、春の庭と隔てる垣には卯の花が咲き、池の蓮には露が乗って、みぎわに涼しげにさざなみを寄せて数多あまたの水鳥が遊んでいる。木々の梢も繁り、空に響く蝉の声、夕立過ぎの雲間から声を通すほととぎすが、鳴いて夏を知らせている。

 西は秋と見えて、四万よもの梢も紅葉して、ませ(竹垣)の内側の白菊、霧立ち込める野辺の末。真萩が露を分け分けて、もの凄い鹿のに、秋だとだけ知らされる。

 さてまた北を眺めれば、冬の景色と見えて、四方よもの梢も冬枯れて、枯葉に置いた初霜、ただ白妙しろたえの山々。雪に埋もれる谷の戸には、心細く昇る炭窯の煙。そのしずわざがいやに目立ち、冬と知らせる気色である。

 かくして、面白いことで心を慰め、栄華に誇って明け暮らし、年月を経るうちに、三年過ぎるのはあっという間のことであった。浦島太郎は言った。

「私に三十日の暇をくれ。故郷ふるさと父母ちちははを見捨て、ちょっとのつもりで出てきて三年経ってしまった。父母のことを心配に思うので、会って安心したいんだ」

 女房が言うには、

「三年の間は、鴛鴦のふすまの下に比翼の契りをなし、片時さえ離れないでいよう、そうあろうと心を尽くしてまいりましたのに、今別れれば、またいつの世にか逢えるのでしょうか。二世の縁(夫婦は現世と来世で出逢う縁がある)と申しますが、たとえこの世では夢幻ゆめまぼろしの契りでありましょうとも、必ず来世においては、一つ蓮の縁で生まれてきてください」

とて、さめざめと泣いた。また女房が言うには、

「今は何を包み隠しましょう。私はこの竜宮城の亀でございますが、えじまが磯であなたに命を助けられました。そのご恩に報いようとて、このように夫婦となったのでございます。また、これは私の形見と思ってください」

とて、左の脇より美しき箱を一つ取り出し、「決してこの箱を開けないでください」とて渡した。

 会者定離えしゃじょうりの習いとて、会う者には必ず別れがあると知りながら、別れ難くてこのように女房は歌を詠んだ。

 日数えて 重ねし夜半よは旅衣たびごろも 立ち(裁ち)別れつつ いつかきて(着て/来て)みん

 浦島返歌。

 別れゆく うわの空なる唐衣からごろも 契り深くは 又もきて(着て/来て)みん

 さて浦島太郎は、互いに名残を惜しみつつ、このようにあるべきことであれば、形見の箱を取り持って、故郷ふるさとへと帰った。忘れることの出来ないこれまでのこと、この先のことを考え続けて遥かな波路を帰ったわけで、浦島太郎はこんな様子だった。

 かりそめに 契りし人の面影を 忘れもやらぬ 身をいかがせん

 さて浦島は、故郷へ帰ってみれば、人跡は絶え果てて、虎伏す野辺となっている。浦島はこれを見て、これはどうしたことだろうと思い、その辺りの傍らを見ると柴の庵(粗末な小屋)があった。戸口に立って「もしもし」と言うと、中から八十ばかりの老人が出てきて「どなたですか」と言う。

「この辺りに浦島の家はありませんか」

 浦島がそう言うと、老人は言った。

「どんな人であれば浦島の行方を尋ねるのでしょう。不思議なことですな。その浦島とやらいう人が住んでいたのは、はや七百年前のことと伝え聞いております」

 太郎は大いに驚き、これはどうしたことだとて、身の上をありのままに語ったところ、老人も不思議なことだと思い、涙を流して言うことには、

「あそこに見えております古い塚、古い石塔こそ、その人の墓所と申し伝えてございます」とて、指をさして教えた。

 太郎は泣く泣く、草深く露しげき野辺を掻き分け、古い塚に参って涙を流した。このように。

 かりそめに 出でにし跡を来て見れば 虎伏す野辺となるぞ悲しき

 さて浦島太郎は、一本の松の木陰に寄りかかって立ち、呆然としていた。太郎は考えた。亀が与えた形見の箱、「決して開けないでください」と言ったけれども、今はそれが何だと言うのだ、開けて見てやろうと思い、見てしまったことこそ悔しいことであった。この箱を開けてみると、中から紫の雲煙が三筋立ち昇った。これを見ると、二十四、五の年齢も、たちまちに変わり果ててしまった。

 さて、浦島は鶴になって、虚空に飛び上がった。そもそも、この浦島の年齢を、亀が取り計らって箱の中に畳み入れていたのである。だからこそ七百年の年齢で命を保っていたのだ。開けて見るなと言ったのを開けたことこそが、こうなった原因であった。

 君に逢う は浦島が玉手箱 あけ(明け/開け)て悔しき我が涙かな
(君に逢う夜は浦島の玉手箱のよう。[夜が明けて/箱を開けて]しまうと悔しくて泣けてくる。)

と、歌にも詠まれているほどだ。

 命ある者は、いずれも情愛を知らないということがない。ましてや人間の身で、恩を受けながら恩を知らずにいることは木石にも等しい。愛情深い夫婦は二世の契り(来世でも夫婦になる)と言うが、まことに尊いことであろう。浦島は鶴になり、蓬莱の山で遊び愛を交わす。亀は甲羅に三つの祝福を備え、万代よろずよを経るのだとか。だからこそ目出度い時の印にも、鶴亀を使うと言われる。

 人には優しくなさい。情のある人には幸せな結末が待っていることを伝えたのだ。

 その後、浦島太郎は丹後たんごの国に浦島の明神としてあらわれ、衆生を救済した。亀も同じところに神として顕れ、夫婦の明神となられた。お目出度い事例である。



参考文献
『御伽草子〈下〉』 市古貞次校注 岩波文庫 1985.

※…つくづく、この草子の作者さんは「さて」が好きだなぁ。さてさて、とはいえ使い過ぎかも。(自分もよく使うので、何か身につまされた)

 

 太郎が竜宮で四季の庭を見るくだりは、「うぐいすの浄土」にあるような、季節の情景が入っている不思議な部屋や倉を思い起こされる。実際、巌谷小波の「浦島太郎」だったか、竜宮で四つの倉を見て四季の景色を見ることになっていた。春から順番に楽しく見ていき、最後に冬の倉を覗いたとき、雪深き枯野の中に老いた両親が立っている姿を見て、太郎はハッと現世のことを思い出し、故郷に帰りたくなるという流れだ。私はこのシーンが大好きで、けれどもこれは伝承にはない、巌谷小波の創作部分なのだろうと思っていた。

 ところが、ドイツの「天まで届いた木」という民話を読んでいると、よく似たシーンがあったので驚いた。

 その話の主人公、ヘルムは、天に届く木を登って異界へ入り、魔法をかけられた王女を救って結婚して、二人で異界の美しい城で幸せに暮らす。城には沢山部屋があってどれも自由に見ていいが、妻は一つだけ「この部屋には入ってはならない。さもないと私もあなたも不幸になる」と戒める。ヘルムは好奇心を抑えられずに鍵を開けて部屋の中に入る。中には何もないが、窓があり、そこから人間界の様子が見え、自分の両親の家も遠く見えた。たちまちヘルムは郷愁に囚われ、そんな夫の様子から全てを悟った妻は夫の帰還の手はずを整える。唯一つ、人間界の人には「私が美しい女であることを話してはならない」という条件を付けて…という流れである。

天まで届いた木」には【浦島太郎】話群の特質の一つである『超時間の経過』はないのだが、類話の「魔法の木」にはそれがある。もしかしたらこれらは根で繋がっていて、「見るなの部屋の中で両親の姿を垣間見る」というモチーフを語る浦島伝承が日本にもあり、巌谷小波はそれを取り入れていたのだろうか。



浦島太郎  日本 福井県

 浦島太郎は継子だった。ある日、継母と一緒に住吉大社に参詣したが、大変な人出で継母とはぐれてしまった。迷ううちに海辺にきたが、見ると、子供たちがよってたかって亀の子をおもちゃにしている。可哀想に思って「坊等、亀の子をそんなに苛めんと放してやれ」と言ったが、「この亀はお父っつぁんが売りに行けば金になる。放されんわい」と言って聞かない。

「そんならうらが買ってやるで放せ」「お前みたいなもんに金があるかい」「金は無いがこの着物を脱いでやるで、我慢せい」

 太郎は自分の着ていた着物を脱いで渡した。子供たちは「着物はお父っつぁんに売りに行ってもらうと金になるさかい」と、喜んで去った。

「もう二度と子供にちやまい(捕まえ)られるなや」

 そう言って、太郎は亀の子を海に放した。

 それから、見れば子供たちの忘れていった釣竿があったので、魚釣りを始めた。するとさっきの亀が大きな亀になって波間に現れて、しきりに礼をする。太郎が「もういい もういい、礼なんかせんでもいいで、もう二度と浜の側へ来るな」と言うと、亀は海中に消える。だがしばらくするとまた現れてしきりに礼をする。これが三度繰り返された。

 次に現れたとき、亀は美しい乙女の姿になっていた。そして自分の背中に負ぶされと言う。太郎は最初は断ったが、結局、折角だからと負ぶさった。するととてもいい気持ちになって、いつのまにか眠ってしまった。

 目がさめると、太郎は竜宮に着いていた。例の乙女が現れて、「今日は危ないところをよう助けてくんなった」と言った。彼女は竜宮の姫、乙姫なのだった。

「私も百年に一度、住吉にまいるんにゃけど、大蛇の姿では参れんので亀になって詣るんにゃが、今日は運悪う子供にちやまい(捕まえ)られて、命の のぅなるところやった」

 それから、太郎は色々なご馳走でもてなされて、六日経った。すると、太郎は六日前に別れたままの母が心配しているだろうと気になりだして、「母 心配してるとならんで、帰るわい」と言った。

「竜宮の一日は娑婆(現世)の百年に当たるんやで、今ごろ帰っても親も誰もおらんさかい帰りなさんな」

 それでも帰ると言うと、乙姫は「そんならお土産に、竜宮の珠を少しと、りゅうがんせい(龍眼睛?)ちゅうもんをあげるさかい」と言う。

「竜宮の珠はもっとあげたいけど、これは竜宮を照らす宝やで、みんなあげると竜宮が真っ暗になってしまうんにゃ。そいで少しだけ削ってこの箱の中へ入れといたで、決して箱を開けなんな。とても精分が強いもんやで箱を開けるとすぐたってしまうさかい。箱のここに小さい穴があるで、何でも欲しいもんがあったら手を三つ叩きねぇ。この穴から何でも出てくるで。

 龍眼睛は、これを耳に当てると鳥や獣の言葉が聞こえるもんや」

 太郎は箱をもらって、また乙姫におんぶした。するといい気持ちになって、気づくと元の浜辺にいた。

 見ると、木の枝で二羽の鳥がさえずりあっている。そうそう、と思って龍眼睛を耳に当ててみると、こんなことを話しているのだった。

「浦島太郎ちゅう男が八百年目に帰ってきたな」「うん、今ごろ帰っても家も親も無いのにな」

 

 太郎がしばらく歩いていくと、遠くでひそひそと話す声が聞こえた。龍眼睛を耳に当てると、《王様の病気はなかなか治らんな》《うん、治らんはずや。道鏡が四本柱の下に蛙と蛇とナメクジを埋めて祈祷しているんにゃ》《そりゃ大変や、そんなこと人に言うな》と言っている。

 それから故郷に帰ってみると、家屋敷が無い。人に「浦島ちゅう人を知らんか」と尋ねても、誰も知らないと言う。お寺の過去帳で調べると、八百年前に死んだことになっているという。「うらがその浦島や」と言うと、浦島太郎の幽霊が出た、と騒ぎになった。太郎は「幽霊でないわい」と竜宮に行った話をし、箱から金や綺麗な着物を出して人々に配った。

 この話が評判になり、とうとう役人がやってきた。「切支丹伴天連に違いない」と引っ立てようとするので、「切支丹でも伴天連でもないわい」と、役人たちにも金や着物を出してやった。それでも役人は疑いを捨てず、無理やり箱を開けてしまった。すると中から煙が立ち昇って、それ以降は太郎がいくら手を叩いても何も出てこなくなってしまった。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※この話は混乱している…。最初の「太郎は継子だった」というのに何の意味も無いし、後半の聴耳のエピソードも中途半端に終わっている。なんじゃこりゃ。

 一応、熊本県の類話にその顛末が出ている。竜宮でもらった《くのつ》という小鳥の力で王様の病気の原因を知った鏡とぎは、城に行って蛙と蛇を掘り出して船に乗せて流す。すると王様は全快し、鏡とぎはその後継者になる。



竜宮女房  日本 沖縄 宮古伊良部町

 昔、ある島の漁師がハマグリやアワビ、エビなどを捕っていると、足に女の人の使う入髪いりがんが引っ掛かって来ました。その入髪を袋に入れて帰ろうとすると、砂の上にうずくまって泣いている、とてもきれいな女の人に出会いました。

「どうして泣いているのですか?」と、漁師が尋ねると、女の人は

「大切な入髪を落としたので、それで悲しくて泣いているのです」と答えました。

 漁師は先程の拾った入髪のことを思い出しました。

「あなたのなくした入髪はこれですか」

「ああ、それは私の入髪です。ありがとうございます。お礼に何でも欲しいものをおっしゃってください」

「いいえ、私には特に欲しいものはありません。そうだ、それなら私のお嫁さんになってください」

 実はその女の人は龍宮の神様でしたが、漁師にそう言われて仕方なくお嫁さんになりました。

 夫婦になった夜、漁師が少し眠って目を覚ますと女の人の姿がみえません。二日、三日、そして一年経っても女の人は帰ってきませんでした。漁師は夜も昼も海に船を出して探しましたが、それでも見つけることができなかったのです。

 ある日、漁師が海に出て舟を漕いでいると、どこからともなく「お父さん、お父さん」という声が聞こえてきました。

「私には妻も子供もいないのに誰がお父さんと呼ぶのだろう」と舟を止めてあたりを見回すと、三人の女の子が舟の先につかまって、「お父さんお父さん、私達もその舟に乗せてください」と言っています。「どうしてこの私をお父さんと呼ぶのかね」と漁師が言うと、年上の女の子が「龍宮のお母さんがお父さんを連れてくるように言ったからです」と答えました。漁師が喜んでいると、女の子は

「お父さん、龍宮に行ったら、帰る時にお母さんがお土産を二つ用意しています。玉手箱を出したら、それはいらないと言って下さい。そうするとお母さんは床にある瓢箪と柱に立ててある杖を出すと思います。それをお土産に貰ってください」と教えてくれました。

 龍宮に案内された漁師は沢山の御馳走を食べ、楽しく遊んでいるうちに二、三日が過ぎました。漁師が帰ろうとすると、妻は漁師の着物の袖をひっぱって、「もっとここに居て下さい」と頼みました。しかし漁師が

「一度、家や村の人たちがどうしているか見て、また帰ってきます」と言うと、妻はお土産の玉手箱を出したので、漁師は「いや、それはいらない」と言いました。

「それなら何を貰いたいですか」

「床にある瓢箪と柱の傍らに置かれている杖が欲しい」

 妻は漁師の望み通りに瓢箪と杖をお土産にあげました。漁師が帰る時、子供達が送ってくれ、その途中で子供達がお土産に使い方を教えてくれました。

「村に帰ったら村はもう無くなっています。この杖を回して欲しいものを言うと何でも願いはかなえられます。また、この瓢箪には水が入っていて、これを飲むと長生きできます」と言いました。

 島に帰ってみると、村の様子はすっかり変わっていました。漁師が黙って立っていると、年寄りがやって来ました。そこで、その村の年寄りにいなくなった漁師のことを聞いてみました。

「ああ、あそこにあった家の漁師のことならもう今から二百年も前の話だよ。漁師が舟を出して漁に出かけたまま帰ってこなかったそうだよ。舟も漁師も見つけることはできなかったから、多分 舟と一緒に沈んでしまったのだろう」

 それを聞いて漁師は「そうか、もうあれから二百年も経っているのか」と驚きました。

 漁師は自分の家のあった所へくると、杖を回して「確かにこの辺に自分の家があったはずだ。家が欲しい。家を出してくれ」と言いました。すると、昔の漁師の家が出てきました。

 漁師はそれから、家の中で瓢箪の水を飲み、仕事もしないで暮らしました。そんな漁師を見て、

「水だけ飲んで仕事もしないで生きられるとは、やっぱり化け物だ」

と思って、誰も漁師の事を相手にしませんでした。

 それで漁師は村にも住みにくくなり、家を出ていこうとしたとき、その途中で倒れて瓢箪を割ってしまい、その後はどこへ行ったか分からなくなってしまったということです。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※[浦島太郎]と[竜宮女房]の中間の感じ。出だしは【白鳥乙女】風。最後に男の行方がわからなくなってしまう辺りが中国系の類話と似ている。



参考--> [竜宮女房]「エイ女房



洞庭湖の竜女  中国

 昔、洞庭湖が嵐になった時、若い漁夫が小舟から救いを求めて手を振る一人の乙女を見つけた。波が荒くてなかなか近づけないでいるうち、舟は転覆して乙女は水に落ちた。漁夫は夢中で自分も水に飛び込み、乙女を助けた。すると乙女が言った。

「ありがとうございました。実は、私はこの洞庭湖の竜女です。人間の姿でいるときには泳ぐことが出来ません。お礼に竜宮城へいらしてください」

「けれど、私はただの人間です。湖の底の竜宮にどうして行くことができましょう」

「心配いりません。この《分水珠》を差し上げましょう」

 漁夫が珠を受け取ると、竜女は金色の魚になって水中に姿を消してしまった。

 後日、漁夫がその珠を持って湖に行くと、さっと水が二つに分かれて竜宮城への道が現れた。例の竜女や竜王、湖の生き物たちに歓待され、ついには竜女と結婚して幸せに暮らした。

 楽しい日々が続いたが、漁夫はふと、故郷の母親を思い出した。そして故郷に帰りたいと言うと、竜女は「人間の世界に戻れば、二度とここには戻れませんよ」と何度も引き止めたが、漁夫の心が変わらないのを見ると、

「私に会いたくなったら、いつでもこの箱に向かって私の名を呼びなさい。でも、この手箱を開けてはいけませんよ」と宝の手箱を渡して言った。

 漁夫が故郷に帰ってきてみると、村の様子はすっかり変わり、自分の家は無く、村人たちも知らない顔ばかり。漁夫が混乱して「誰か教えてください、私の家は? 母は?」と訴えていると、皆が怪訝な顔をする中で、一人の年寄りがこう言った。

「子供の頃に聞いた話だが、この辺りに、たった一人で帰らぬせがれを待つ婆様が住んでいたということだ。もう、とうの昔に亡くなったということじゃがな」

 漁夫は動転した。そうだ、竜女に仔細を聞こうと、思わず 手箱を開けてしまった。すると、ひとすじの白い煙が立ち上り、若かった漁夫は白髪の老人に変わり、よろよろと二、三歩歩いたものの、湖のほとりにばったりと倒れて死んだ。

 しかし、漁夫の目は死後も閉じられることがなく、悲しげに洞庭湖を見つめ続けていた。すると、突然に湖の水が満ちた。それは竜女が悲しみのあまり長いため息をついたためだった。

 このように、洞庭湖の水位が変化するのは、竜女が長いため息をつくからなのである。

 

参考文献
『月をかじる犬 中国の民話』 君島久子著 筑摩書房 1984.

※「浦島太郎」そっくりな中国の民話として知られている。

 一人小舟に乗る乙女(実は竜女)を救ったことで竜宮に招かれる筋立ては、『御伽草子』版の「浦島太郎」と同じである。

 洞庭湖の竜女を助け、その縁で結婚する話というと、中国の古い伝奇小説『柳毅伝』を思い出す。この話では、竜女と結婚した男は最後には竜宮に再び迎え入れられ、竜の眷属となって楽しく暮らしたことになっている。

 

 ところで、夫婦の別れの際に竜女が手箱を渡し、恋しくなったら使うように言い残すのは、日本の富士山のかぐや姫伝説を思い出さされる。



鯉を放ち龍女を得る  韓国

 昔、一人の漁夫が老母と二人で暮らしていた。彼は朝早くから漁をし、それを売って母を養っていた。

 ある日のこと、一匹も魚が釣れなかったので諦めて帰ろうとしたが、最後にもう一度だけ釣り針を投げてみた。すると、黄色味を帯びた大きな鯉がかかった。しかし、鯉は口をパクパクさせて泣いている様に見えたので、漁夫は可哀想に思い、海に放してやった。

 あくる日、いつものように海岸に出ると、突然、一人の見知らぬ青い衣の童子が現れて頭を下げた。

「どなたですか」

「私は龍王の使者でございます。昨日あなたが我が王の姫君を救うてくださいましたので、龍王はその御礼をしたいと、是非あなたを龍宮まで迎えて来いとの仰せでした」

「しかし私は人間です。どうして海の中へ入ることが出来ましょう」

「ご心配には及びませぬ」

 使者が海に向かって何やら呪文を唱えると、海は真っ二つに割れて、その間に坦々たる大路が現れた。使者に連れられて龍宮に至ると、龍王は足袋裸足のまま飛び出て漁夫を迎え、漁夫のために盛大な宴会を三日三晩張られた。そして「貴君は娘の恩人です。どうか娘をもらってください」と申し出た。

 漁夫は龍女と結婚して、幾月の間かは全てを忘れて楽しく暮らしたが、ある日、家に残してきた母のことを思い出し、「家にちょっと帰りたい」と妻に懇願した。龍女は再三これを留めたが、ついにやむを得ずこれを許した。そして、別れに際して一つの宝箱を漁夫に渡しながら、

「龍宮へ帰るまでは、決してこれを開いてみてはなりませぬ。この箱は、これに向かって呪文を唱えると、海が割れて龍宮から陸までの道を作ってくれるものです。けれども一度開いたら最後、何の役にも立たなくなります」

と、何度も何度も繰り返して言って聞かせ、その呪文を教えてくれた。

 漁夫は龍宮から出て海に向かい、箱に向かって教えられたとおりに呪文を唱えた。すると、本当に海が割れて、陸まで続く大きな道が現れた。漁夫はこの道を通って陸に着いたが、その時、この箱の中に何が入っているのか見たくて堪らなくなった。何度かはこらえたが、ついに彼はその蓋を開けた。すると、箱からは ただぼうっと薄い煙のようなものが立っただけで、中には何もなかった。

 このために、漁夫は龍宮へは帰れなくなったのだという。

 

参考文献
『朝鮮の民話』 孫晋泰著 岩崎美術社 1966.

※慶尚道地方においては、この話は普遍的なのだそうだ。超時間の経過はないものの、その他の筋立ては完全に[浦島太郎]である。

 ……ところで、この話でとても気になることが一つあるのだが……。鯉は、海では獲れないものだと思うぞ、普通。

 中国には、金色の鯉を助けてやって龍宮に招待される話が数多いのだが、それと、日本の「浦島」系の海の漁師が龍宮へ行く話とが混じり合ってしまっている感じだ。

 開けてしまうと役に立たなくなってしまうマジックアイテムとしての玉手箱は、福井県の「浦島太郎」と同じである。



仙女の屋敷  中国 『幽明録』『神仙記』

 漢の永平年間、エン県に劉晨りゅうしんという男がいた。友人の阮肇げんちょうと共に薬草を探して天台山に分け入ったが、道に迷ってしまった。

 二人は十三日の間山をさまよい、桃の実を食べ谷川の水を飲んだ。すると、川上から杯に入ったゴマ飯が流れてきた。二人は喜び、「近くに人がいるに違いない」と言い合った。

 それから山を一つ越えると、大きな川のほとりに二人の女がいて、にこにこしながら劉晨と阮肇の名を呼び、「おいでを待っていました」と言う。驚き怪しみながら二人の女に導かれていくと、大勢の侍女のいる大きな屋敷に案内された。そしてご馳走や音楽や踊りで大変にもてなされた。

 男たちは夢見心地で毎日を楽しく過ごしたが、半年も経つと、故郷が恋しくてそっとため息をつくようになった。二人の女はそれを見ると、「故郷が恋しいんですね。浮世の罪障がまだ尽きていないから仕方ありませんわ」と言い、詳しく帰り道を教えてくれた。

 男たちは故郷に帰りついたが、様子がすっかり変わっていて見知った顔もない。人に聞けば、なんと彼らが薬草を取りに山に入ってから、人間の七代の時間が経っているという。

「こんなに様子が変わってしまっては仕方がない、あの女達のところに帰ろう」

 二人は再び天台山に入ったが、どうしたわけか二度とあの屋敷をみつけることができなかった。

 やがて太康八年になると、二人の男の行方もわからなくなってしまったという。



参考文献
『中国神話伝説集』 松村武雄編 現代教養文庫 1976.

※川上から椀が流れてきて人のいることを知り、出会った乙女と婚姻するくだりは、日本神話のスサノオとクシナダヒメを思わせる。



参考--> 「袋の中の鳥



ギンガモール  フランス

 ギンガモールはブルターニュの騎士である。彼は王の甥で、王には子が無かったため可愛がられ、いずれは王位を継ぐことを嘱望されていた。

 ある日、王の留守中に、王妃がギンガモールを誘惑した。ギンガモールは分別があったので、それを拒絶した。恨んだ王妃は、ギンガモールが白いイノシシを狩りに行くように仕向けた。このイノシシを狩に行った十人もの騎士が帰ってきていない。死にに行くのと同じことだった。

 事情を知らない王は嘆いてとめたが、ギンガモールはむしろ決然と狩りに出ていった。角笛を吹き、王の猟犬を放ってイノシシを追ううち、奇妙に美しくこの世ならぬ原に出た。更に進んで川を渡ると、やがて素晴らしい宮殿が現れた。しかし、この宮殿に人の気配は無かった。イノシシを追って更に行くと、花盛りのオリーヴの木があり、その下に泉が湧いていた。泉の中の石は金と銀である。泉には二人の美女が水浴びをしていて、どうやら侍女が女主人の足を洗っているようだった。

 ギンガモールは、置いてあった美女たちの服を木のうろに隠した。彼女たちを逃がさず、じっくり話がしたいと思ったのだ。けれど美女たちにはお見通しで、主人らしい女が「ギンガモールどの、そんな悪さをしては騎士の間に戻れませんよ」とからかった。「恐れずこちらへいらっしゃい。私のところに泊まりなさい。何も獲物は見つけられなかったにせよ、一日働いたのですから」

「ありがとうございます。でも、イノシシも、それを追っていった猟犬も見失ってしまったので、ここで泊まるわけにはいきません」

「この世のどんなものも、私の助けなくては見つけることはできません。馬鹿な見栄は捨てて私と一緒にいらっしゃい。そうすれば、三日後にはイノシシも捕まえてあげるし、犬も返してあげます」

 ギンガモールは女と一緒に馬に乗って例の宮殿に向かったが、その道中で愛を囁き、女はそれに応えた。彼らが宮殿に着くと、三百人の騎士がそれぞれの恋人を連れて迎えに現れた。

 様々な立派な若者がいて、思い思いにすごしている。ギンガモールは、その中にイノシシを追っていって帰らなかった十人の騎士がいるのに気づいた。彼らは喜んでギンガモールに挨拶してきた。

 ご馳走と音楽と歌のもてなしが二日続いた。三日目になると、ギンガモールはイノシシと犬をもらって一度国へ帰ろうと思った。この不思議な体験を伯父に話し、それからまたこの恋人の元に戻ってこよう、と。ギンガモールが暇乞いをすると、女は言った。

「イノシシと犬は差し上げますが、帰らないでください。あなたがここに来てから、現世では三百年が経ってしまったのです。伯父さんもその臣下もみんな死んでいます。いいですか、あなたに何かを答えられるほど長生きした人は、誰もいないのですよ」

「そんなこと、にわかには信じられない。もしもそうなら、きっとすぐここに帰ってきますよ」

 ギンガモールの決意が堅いのを知ると、女はこう忠告した。

「ここから現世に帰る途中、川を渡ります。川を渡ってからは、ここに戻ってくるまで決して何も口にしないでください。どんなにお腹がすいても喉が乾いても、食べたり飲んだりしないでください。さもないと、どんなひどい目に遭っても知りませんよ」

 こうして、ギンガモールは女に川岸まで見送られ、馬と共に船に乗って帰路に就いた。イノシシは大きすぎるので頭だけを持った。

 ギンガモールは午前いっぱい馬を走らせたが、森を抜けることはできなかった。やがて炭焼きの男と出会ったので、伯父である王はどこにいるかと尋ねた。

「知らないね。その王様は死んでから三百年にはなる。家来もみんな死んでるし、宮殿も無くなってから大分になるよ。時々、その王様と甥の話をする老人どもがいる。甥は武勲がある騎士だったが、この森に狩りに出かけたきり戻らなかったそうだ」

 ギンガモールの胸は悲しみでいっぱいになった。そこで炭焼きに自らの体験を話し、イノシシの頭を渡した。

「どうかこの話を人々に伝えてくれ」

 ギンガモールは女の元へ帰ろうとしたが、時刻は午後三時を過ぎ、空腹でたまらなくなった。道端に野生のリンゴの木があり、大きな実が沢山生っていた。ギンガモールは近づいて三個もぎ取り、恋人の忠告も忘れてそれを味わった。

 途端に、ギンガモールは老人になった。力が抜けて座っていられず、馬から落ちた。けれど、身動きすらできなかった。

 あの炭焼きがやってきて、ギンガモールに何が起こったかを悟った。けれど助ける術は無い。とても夕刻まで生き長らえまいと思えた。

 そのとき、彼方から二人の乙女が馬を駆って現れた。乙女たちは約束を破ったギンガモールを大変になじった。そして二人でそっと彼を抱えると、馬に乗せ、船で川を渡って去っていった。

 炭焼きはこの話を人々に触れて回った。誓って本当のことだと言い、イノシシの頭を今の王に献上した。この頭は祭の際に人々に見せられ、王はこの話を長く語り伝えることを命じた。



参考文献
『中世ヨーロッパの説話 東と西の出会い』 松原秀一著 中公文庫

※《不倫を拒絶したために女に讒言される》《神の獣を追ううちに異界へ》《異界と現世を隔てる川》《水浴びする乙女の衣を隠す(天人女房)》《その世界の食べ物を食べると、帰れなくなる》といったおなじみのモチーフが現れている。ただ、普通は異界(冥界)の食べ物を口にすると現世に戻れなくなるものなのに、逆に現世の食べ物を口にすると異界に戻れないことになっている点が面白い。

 リンゴを食べると死に瀕するのは、「オジエ・ル・ダノワのロマンス」と同じ。女神が自分の夫に選んだ男に生命の果実を与え、異界(冥界)に連れ去る……英雄の死のイメージの変形であろう。

 英雄たちが集って楽しく暮らしている異界の城は、ギリシアのエリュシオンやケルトのアヴァロン、北欧のヴァルハラと同一のイメージである。



参考 --> 「白猫



フェヴァルの息子ブランの航海  イギリス アイルランド

 フェヴァル王の息子ブランが丘を歩いていると、心地よい音楽が聞こえ、つい うとうととまどろんだ。目覚めると、手には白い花の咲き誇る銀のリンゴの枝が握られていた。この枝を持って城に帰ると、大勢の客の真ん中に美しい乙女が忽然と現れ、「冬もなく貧しさもなく悲しみのないところ、苦悩も悲嘆も死も無く、病気も衰弱も無いところ、海神マナナーンの金の馬が岸辺を駆け、楽しい遊びが飽くことなく続けられているエヴナの国で一緒に暮らしましょう」と唄って誘った。そこには何千という様々に着飾った美女がいるという。

 乙女が唄い終わると、ブランの手にあった銀の枝はひとりでに彼女の手に戻り、乙女の姿は掻き消えた。

 あくる日、二十七人の仲間と船に乗り、海に乗り出したブランは、航海の途中で馬車に乗った海神マナナーンに出会った。マナナーンは杖を振って海を花咲く野に変え、魚を羊の群れに、鮭を牛に変えた。次に、住民たちが絶え間なく笑い続けている島の側を通りかかった。ブランは仲間の一人をこの島に送ったが、途端に仲間も笑い始め、どんなに呼んでも応答しなかった。仕方なく彼をそこに置いて先に進んだ。

 まもなく一行は不思議で美しく、豊かな島に着いたが、そこには女性しか住んでいなかった。船着場には女たちが居並んでおり、女王が「ようこそ、フェバルの息子ブランよ」と呼びかけた。ブランがためらっていると、女王は糸毬を彼に投げつけ、毬はぴったりとブランの手に貼り付いた。女王が糸を手繰ると、そのまま船は島に引き寄せられてしまったのである。

 ブランと一行は上陸し、大きな館に招き入れられた。そこには二十七の大きなベッドが用意されており、皿に盛られたご馳走はいくら食べてもなくならなかった。そこで彼等は悦楽の日々を送った。

 だが、(ブランの感覚では一年ほど経ってから、)仲間の一人、コールブランの息子ネフターンが帰りたいと言い出し、故郷アイルランドに帰ることにした。女王は必ず後悔しますよ、と言って止めたが、ブランの意思は変わらなかった。そこで女王は「喜びの島」に置き去りにした仲間を連れ帰ること、そしてアイルランドに帰っても決して陸地に足を触れないことを言い聞かせた。

 船が港に入ると人々が集まってきた。ブランが名乗ると、「数百年前にブランの航海という話があったことは聞いている」という声が返った。

 ブランは女王の忠告を守って決して船から降りず、人々に自らの体験を語るといずこへとも無く去っていったが、ネフターンだけは矢も盾もたまらず、船から降りた。彼の足が大地に触れたとたん、彼は一握りの灰燼となり、その場に崩れ散った。



参考文献
『ケルトの神話 女神と英雄と妖精と』 井村君江著 ちくま文庫

※航海の末に女だけの島に辿りつく話は数多い。



参考 --> 「オジエ・ル・ダノワのロマンス」[女護が島]



常若の国ティル・ナ・ノグに行ったオシアン  イギリス

 騎士オシアンが騎士団の首領である父や仲間の騎士たちと狩に出かけると、美しい乙女が白馬に乗って現れた。彼女は常若の国ティル・ナ・ノグの王女でニァヴといい、オシアンと結婚するために来たと言った。常若の国は西海の彼方にあり、金銀宝玉にあふれ、木の実はたわわに生り、緑の枝に百花が乱れ咲き、蜂蜜と酒も絶えず、病も老いも死も無く、楽しい宴と美しい音楽が続く国だという。オシアンがニァヴと結婚すれば、その地の王になるというのだ。

 オシアンはニァヴに魅了され、彼女と共に行くことを承知した。もう二度と会えない、と嘆く父や仲間に「またすぐに帰ってきます」と約束し、白馬にまたがってニァヴと共に西に駆けた。白馬は野も山も越え、海に着くと波の上を飛翔した。霧に覆われた海の上では、様々な不思議な幻を見た。島々や町、白い塔。角の無い小鹿を赤耳の白い猟犬が追い、手に黄金のリンゴを持った乙女が茶色い馬に乗って現れた。と思えば、黄色いマントを翻した騎士が剣を片手に白馬で駆けて行く。やがてフォモール族の王宮にさしかかったので、巨人を倒して囚われていた妖精の女王を救い出した。

 霧が晴れると、ついに緑輝く常若の国が現れた。王と王妃に迎えられ、素晴らしい祝宴が何日も続いた。三年が経つのは瞬く間のことだった。

 オシアンは父や仲間が恋しくなり、一度帰ろうと思い立った。そしてニァヴにそれを告げると、彼女は言った。

「私はあなたの願いを退けることはできません。けれど私の心は悲しみでいっぱいです。もうあなたにお会いできないかもしれませんから」

 オシアンは「おかしな事を言うな」と思い、「すぐに戻るから」と約束したが、彼女の顔は暗かった。

「エリンはもう、あなたがお出かけになったときのようではないのです。あなたの父上フィンも、フィアナの騎士団もとうの昔に去り、今では聖人や僧侶であふれているのです。どうか私の言うことをよく聞いてくださいまし。この白馬が道をよく知っています。けれど、白馬から降りてはいけません。白馬から降りてあなたの足が土に触れたなら、もう二度と私のところには帰れないのです。どうかこのことだけは忘れないでくださいまし」

 オシアンは決して馬から降りないと約束し、常若の国を後にして懐かしい故郷に帰った。ところが、目にする光景の何もかもが変わっていることに彼は気づいた。知る辺の姿は見えず、家もない。しかも丘も湖も小さくなったように感じられ、あろうことか、出会った人間さえも小人のように小さかったのだ。

 小さな人は、オシアンの姿を興味深げに眺めた。オシアンが「フィンとフィアナ騎士団のことを知っているか」と尋ねると、「ずっと昔にフィンという英雄がいたことは、色々な本に書いてあるから知っていますよ」と答えた。

「なんでも、その息子さんのオシアンという方は、若い妖精の娘と常若の国へ行ってしまったということです。父親や友人が悲しんで探しましたが、とうとう帰ってこなかったということですよ」

 オシアンは衝撃を受け、父の館のあったアレンの丘目指して馬を駆った。しかし、そこには潅木や雑草に埋もれた廃墟があるばかりだった。それでも知る辺を探して走り回ったが、出会うのは小さい人ばかりだった。

 ちょうどアズモルの谷に差し掛かったとき、大勢の小さい人たちが大きな板石(類話によっては、石の水槽)を動かそうとしているのに出会った。自分の息子オスカーが生きていたなら片手で持ち上げただろうに、と思って、オシアンは馬の上から身をかがめて片手で岩を持ち、下敷きになりそうな小さい人を助けてやった。途端に、力のかかった金のあぶみが切れ、オシアンは馬から転落した。

 オシアンの両足が土に触れると、彼の全身から力が抜け、皺だらけの老人に変わった。白馬はいなないて風のように駆け去り、二度と戻らなかった。



参考文献
『ケルトの神話 女神と英雄と妖精と』 井村君江著 ちくま文庫 1990.

※オシアン(オシーン)はフィンと鹿に変えられた妖精サヴァとの間に生まれた息子。父親のフィンは知恵の鮭を食べ、様々な武勲を成し遂げた、ケルト神話に名高い英雄である。オシアン自身は吟遊詩人として有名だった。ギリシア神話のオルペウスと同じで、唄い楽器を奏でる者は死者と交霊出来るシャーマンでもある。それゆえ、彼は常若の国――冥界へ下っていき、また戻ってくることが出来たのだ。

 この話には異伝が数多く存在するそうだ。

 ある話では、オシアンの前に現れたニァヴは豚の顔をした醜い女だった。それは、彼女の父である常若の国の王が、娘婿に王座を奪われるという予言を聞いて、娘が誰とも結婚できないよう呪いをかけたためである。ただし、フィンの息子オシアンと結婚すれば呪いは解けることになっており、よってニァヴはオシアンに求婚に現れたのだ。オシアンが承知したので、ニァヴは美しい姿に変わった。これは「炭焼き小五郎」の前半によく似ている。

 また別の話では、オシアンはフィアナ騎士団の仲間たちと浜辺で一頭の鹿を捕らえようとしていて、そのまま鹿に海の底に連れ去られたのだという。ここでの常若の国は、まさに竜宮である。彼はそこで一年過ごしたと思ったが、実は一千年が過ぎ去っていた。自分の家の跡に着いたオシアンは、かつて使っていた石の水桶を見るうち、感慨のあまり、常若の国の人々の忠告を忘れて馬から下りた。途端に、老いさらばえて地に倒れ伏したという。

 老人になったオシアンがどうなったか、についても様々な説がある。古い伝承では灰になって崩れ去ったり小さく縮んで煙か霧のように掻き消えてしまうそうだが、後の時代の話になると、老人になっても三百年生き続けたり、また常若の国に帰って幸せに暮らしたりしている。



参考--> 「天の水汲瓢



天の水汲瓢ツルバク   朝鮮

 昔、若いきこりが母親と二人で住んでいた。きこりはもう三十にもなるのに嫁も無く、毎日朝から晩まで山へ行って木を伐り、それを売って貧しい暮らしをしていた。

 ある日のこと、いつもどおりに山で木を伐っていると、どこからか一頭の鹿が駆けてきた。追われているらしく、息を弾ませながら「どうか助けてください」ときこりに言う。きこりは鹿を積み上げた枝の下に隠してやり、何食わぬ顔で仕事を続けた。しばらくすると、一人の狩人が息せき切って駆けてきて、きこりに尋ねた。

「鹿がこっちへ来たろう。お前さん見なかったかね」「来たよ。けんどあっちの道を逃げていったよ」

 狩人は、きこりの指差した方の道に駆けていった。狩人がいなくなったのを見届けると、きこりは鹿を枝の下から出してやった。鹿は何度も何度も頭を下げて、こう言った。

「私はこの山の神です。今日は鹿の姿で遊びに出たところを狩人に見つかって、危ないところでしたが、そなたのおかげで命拾いをしました。お返しに、何か願い事があればかなえてあげましょう。何でも言ってごらんなさい」

 きこりはしばらく考えて答えた。

「別に欲しいものもありませんが、まだ嫁がございませんので、綺麗な嫁さんができれば何よりでございますが」

 鹿はうなずいて、

「そうですか。それでは、よいことを教えてあげましょう。この山をどこまでも登って行きなさい。すると大きな池があります。その池では、ちょうど今ごろ、天女たちが舞い降りて水浴びをしているはずです。彼女たちの脱いだ着物が池のほとりに置いてあるから、一番若い天女の着物をそっと隠してしまいなさい。天女たちは水浴びを終えると天に帰りますが、着物が無いと飛べないので、その若い天女は帰れなくなります。それを連れ帰ってお嫁さんにしなさい。

 だが、決して隠した着物を天女に見せてはなりませんよ。着物を見ると、きっとすぐにそれを着て逃げ帰りますから。

 でも、子供が四人まで生まれれば大丈夫です。三人までは、一人ずつ両腕に、もう一人を股にはさんで飛んでいけますが、四人ではどうにもなりませんからね。母親というものは、一人でも子供を残しては行けないものですからね」

と教えた。そして先ほど来た道を、また山奥へ消えていった。

 きこりは教えられたとおり山道を登っていった。しばらく行くと話の通り大きな池が見えてきた。その池の中ほどに、美しい天女たちが水浴びをしていた。そして池のほとりの大きな岩の上に、白絹のような美しい着物が幾つも脱いであった。

 きこりは木の間隠れに忍び寄り、一枚の着物を盗み取って岩陰に隠れ、様子を見ていた。すると、水浴びを終えた天女たちは次々と着物を身に着けては飛び立っていったが、一番若い天女は着物が見つからないのでおろおろして探し回っていた。そこできこりは出ていって、「お前の着物は俺が持ってるよ」と言うと天女は驚いて「どうぞ返してください、お願いします」と泣きそうになって頼んだが、きこりは「いやいや、とてもただでは返せない。どうだ、俺の嫁にならんかね。そうすればそのうち着物も返してやろう」と言うので、天女は仕方なくきこりに付いて帰り、彼の妻になった。

 やがて二人の間には子供が三人まで生まれた。一番上の子は成長すると役人試験に合格するほど賢くなった。夫婦の仲はむつまじく、天女は着物のことなど忘れてしまったかのように口に出さなかったし、きこりも安心して、そのことはすっかり忘れてしまっていた。

 ある日、天女はきこりに酒の酌をしながらこう言った。

「私たちも、もう三人の子持ち。はじめは私も天に帰りたくてならなかったけれど、今ではここの暮らしのほうがずっといい。

 ときに、あの時の着物はどうなさいましたか。ちょっとでいいから見せてくださいな。昔の思い出に。ほんのちょっとだけ見たいんです」

 きこりはほろ酔いでいい気分な上、妻の言うことも信じきっていたので、ついつい、隠しておいた着物を出して見せた。すると天女は、あっという間にそれを着たかと思うと、二人の子供を両脇に抱え、もう一人を股にはさんで、天井を破って天へ飛び去っていってしまった。

 きこりはまた母親と二人きりになってしまった。毎日山に入って木を伐りながらも、たびたび妻や子のことを思いだし、斧を放り出して地べたに座り込んでは、ため息ばかりついていた。

 ある日、そこへいつかの鹿が現れた。

「そんなに嘆かなくてもいいのです。もう一度、あの池に行ってごらんなさい。あんなことがあってから、天女たちは池に降りてくるのをやめて、天から水汲瓢ツルバクを下ろして池の水を汲み上げて、天上で水浴びをするようになりました。天から水汲瓢が下りてきたら、引き上げられるときに中の水を捨てて、代わりにそなたが乗りなさい。そうすれば天に引き上げられて、妻にも子にも会うことができます」

 そう教えられて、きこりはその通りにして、水汲瓢に乗って天に昇ることができた。天上で、あまりの美しさに驚いて辺りを見まわしていると、天女たちがやってきて「人間の匂いがする」と騒ぎ、きこりを見つけて「あなたはどなた」と尋ねた。きこりが一部始終を話すと、天女たちは彼を天の神のところに連れていった。そこには妻と子供がいた。妻の天女は、天の神の娘だったのだ。

 天上では毎日が何不自由無く過ぎた。きこりは美しい着物をまとい、おいしいものを食べ、何の心配も無く暮らしていたが、ある日、ふと母のことを思い出した。たった一人残されてどんな思いでいるだろうと思うと急に矢も盾もたまらなくなって

「どうだろう。一度帰っておふくろに会ってきたいが」と妻に言った。すると妻は

「どうか、それだけはおやめください。もし地上へいらっしゃれば、二度とここへはお戻りになれないかもしれません」と、繰り返し止めようとした。しかしきこりはどうしても聞かず、

「きっとすぐに戻るから。本当だよ」と、すがるように頼むので、とうとう妻もしぶしぶながら承知した。

「それでは、天の龍馬を一頭あげますから、これに乗っておいでなさい。ほんのひとときで地上に着きますから。でも、一足でも土をお踏みになったら、もう決してここへは戻れなくなりますからね。決して馬から降りないで、どんなことでも馬の上で済ませるようにしてくださいね。決して決して土をお踏みになってはいけませんよ」

 妻は繰り返し繰り返しそう言った。

 きこりは天の龍馬にまたがって、瞬く間に母の家に着いた。二人は久々に会った嬉しさにあれこれと語り合ったが、きこりがいざ帰ろうという段になると、母は慌てて引き止めて

「お前に食べさせようと思って、大好物のかぼちゃのおかゆをこしらえたんだよ。せっかくだから一杯だけでも食べておいきよ」と言った。きこりも、それでは、と思って馬に乗ったまま待っていた。

 やがて、母親がかゆを鉢に入れて持ってきた。きこりはそれを馬の上から受け取った。ところが、出来立てのかゆを入れた鉢は焼けるように熱かったので、きこりは思わず鉢を取り落としてしまった。鉢は馬の背中に落ち、馬は熱さに驚いて跳ね上がったので、その拍子にきこりは馬から転げ落ちた。きこりの足が土に触れたとたん、天の龍馬は一声高いいななきを残して、空の彼方へ飛び去ってしまった。

 こうして、二度と天上へ戻れなくなってしまったきこりは、毎日外へ出ては天を仰いで泣き、嘆きつづけた。そしてとうとう死んでしまった。

 死んだきこりの魂は、雄鶏になった。今でも雄鶏がよく屋根に登って首を伸ばし、天を仰いで鳴くのは、きこりの魂が天を恋しがっているからだと言う。



参考文献
いまは昔むかしは今1 瓜と龍蛇』 網野善彦/大西廣/佐竹昭広編 福音館書店 1989.

※朝鮮半島(韓半島)の天人女房として名高い話。

 水汲瓢は、ひょうたんで作った水桶のこと。ひょうたんと水の関係は深い。

 きこりの好物がひょうたん〜瓜の一種である《かぼちゃ》のかゆだというのも示唆的である。というのも、日本の類話では、天女を追って天に昇った男は、《瓜を食べることによって》天から落とされ、二度と戻れなくなってしまうのである。瓜〜水は、異界と現世を分断する。あの世とこの世を隔てる三途の川のように。

 この話では男は鶏になって天に向かって鳴くが、日本の話ではより《水》に関連深く、カエルになって天に向かって鳴くことがある。

 一度異界に行った男が現世に戻るとき、異界の妻から「現世の土に触れてはならない、触れれば会えなくなる」という禁忌を課すくだりは、実はイギリスの伝説にしばしば見られる。特に、ケルトの英雄オシアンの物語の結末部は、この話のそれに非常によく似ている。

 

 関係無いけど、子供を両脇と股にはさんで天井を突き破って逃げていく天女はとても天界の姫とは思えない。パワフル過ぎだよ母ちゃん……。(股にはさんだ子、途中で落とさなくてよかったね!)



参考--> 「常若の国に行ったオシアン」「金の担桶」「ベトナムの七夕伝説2



魔法の木  ドイツ

 昔、豚飼いの十八歳の若者がいて、毎日毎日豚を追ったりドングリを食べさせたりして暮していた。ある日、豚を追って深い森の奥へ入ると、だしぬけに、梢が雲に届く高い高い木が現れた。

「なんてまぁ高い木だろ? 一度、あの梢から世界を見渡してみたいもんだな」

 若者は豚をほったらかして木に登り始めた。その木には四本の枝があったが、一晩たってもその最初の枝にさえ辿りつけなかった。翌日の夕方、若者は大きな村に着いた。村は二番目の枝の真ん中に開かれていた。若者の姿を見た百姓が、驚いて尋ねた。

「お前さんはどこから来たんだ?」

「下から登って来たんですよ」

「それじゃあ、ずいぶん遠かっただろう。おいらのところに住みなよ、下男にしてやるだで」

「じゃあ、木はここで終わりですか?」

「いや、てっぺんまではまだ随分あるだよ」

「そんならここに残ってるわけにゃいきません。僕は梢まで行かなくちゃならないんです。でも、食べ物をくれませんか。お腹がすいて疲れちまったんで、そうだ、一晩泊めていただいて、明日また登ることにします」

 みなは若者に食べ物や飲み物をやり、若者は彼らの許で眠った。そして朝になると別れを告げて、また木を登って行った。

 太陽が空高く昇った頃、大きな城に着いた。城の窓からは美しい姫が外を眺めていて、若者を見るとひどく喜んで、愛想よく呼びかけた。

「いらっしゃい。私と一緒に遊ばないこと?」

「この高い木はここで終わりなんですか?」若者は尋ねた。

「いいえ。でも、ここから先へは行けなくてよ。私のところに留まりなさいな」

「どうしてあなたはこんな高いところに一人でいるんです」

「私は王の娘なんです。ところが、悪い魔法使いに呪われて、こんなところで生き死にしなければなりませんの」

「もうちっと低いところに魔法をかけてくれればよかったのにねぇ。でも、多分僕が助けてあげられますよ。それに、しばらくあなたのところで暇を潰しても、別に差し支えはないでしょうよ」

 そこで若者は城に入ったが、姫が綺麗で愛想がよかったため、一時間ごとにだんだんと好きになっていき、二日目も三日目もそこで過ごして、しまいには日を数えるのもよしてしまった。二人は食べ物や飲み物の心配をすることもなかった。望めばなんでも目の前に現れてきたからだ。悪い魔法使いとやらは影も形も見せなかった。そんな風で、しまいに若者は、魔法にかけられたお姫様と木の上で暮らすのもそう悪くないぞ、と考えたほどだった。

 ただ、一つだけ気に入らないことがあった。姫が、ある部屋にだけは入ることを禁じたからだ。

「あの部屋に入ったら、あなたも私も不幸になるだけですよ」

 しばらくの間は若者も姫の言葉に従っていたが、やがて好奇心を抑えきれなくなった。そこである日、姫が食後の一眠りをしている隙に、姫の鍵束を取って色々試し、ついに禁じられた部屋を開けてしまった。

 部屋の中には、真っ黒なカラスが一羽、三本の釘で壁に打ち付けられていた――一本は首、二本は両方の羽を貫いていたのである。

「来てくれてありがとう。私は喉が乾いて死にそうなんです。ここのテーブルの上にあるコップの水を、少し飲ませてください。でないと私は死んでしまいます」

 若者は少しためらったが、コップから水をほんのひとたらし飲ませてやった。すると、カラスの首を貫いていた釘が抜け落ちた。

「これはどうしたことだ?」「何でもないですよ。喉が乾いて仕方がないから、もう一口飲ませてください」

 もう一度くちばしに水をたらしてやると、右の羽を止めていた釘が抜け落ちた。

「これでもう充分だ」「そんなことを言わないで。良い事は全て三度じゃありませんか」

 そこで若者が三度水を飲ませてやると、カラスは自由になって、一声鳴いて窓を飛び出して行った。

 若者は動転してしまい、部屋を飛び出して、このことを姫が気づかなければいいが、と思った。だが姫の元に戻ると、姫は何もかも知っていて、青ざめて震えていた。

「あのカラスが私に魔法をかけた魔法使いだったのに。もうじき私を連れに来るでしょう。あなたにはきっと二度と会えませんわ」

 こう言って姫は泣きに泣いて、いくら若者が慰めても無駄だった。そこで若者は姫に約束した。「たとえ世界の果てまでだろうと、僕はあなたを捜しに行きます」と。

 はたして、それからしばらく経った朝、若者が目を覚ますと、姫の姿は消えうせていた。彼は三日三晩姫が帰るのを待ってみてから、城を出て再び旅に出た。

 また木を高く高く登って行くと、一筋の光も差さない暗い森に出た。なおも三日登って行くと、薄明かりが差し始め、更に三日行くと、一軒の小さな狩猟小屋に着いた。中に入ると、懐かしい姫がベッドで眠っていた。

「何故ここまでいらっしゃったの?」と、姫は叫んだ。

「だって、あなたを一人、魔法使いの手に残してはおけないじゃないですか。さぁ、一緒に逃げましょう」

 二人は手に手を取って大きな森を抜けて走った。とうとう姫は疲れ果て、樫の木の下で若者の膝に頭を乗せて眠りに落ちた。そうやって眠っている姫を見ながら姫を取り戻した喜びを噛み締めているうちに、若者は姫の首に小さい袋が紐で結び付けてあるのに気づいた。中にはきれいな石が一つ入っていた。若者はこの石がすっかり気に入って、日に当ててよく見ようとしたところ、例のカラスが石を盗ってしまった。若者はカラスを追ったが見失ってしまい、眠っている姫のところに戻ろうとしたが、道に迷って戻れなかった。

 迷い果ててどうしようもなくなった時、一人の若い立派な紳士と行き会った。姫が眠っている例の樫の木について尋ねたが、「そんな木はこの森には何千本とあるから、二度と見つかるまいね。僕と一緒に行こう。悪いようにはならないよ。時が経てばいい知恵も浮かぶさ」と言われ、そのまま紳士に付いて行った。

 紳士は若者を白塗りの美しい家に連れて行った。そこには十一人の若い職人がいて、ご馳走を並べたテーブルについて楽しくやっていた。紳士が言った。

「これで数に不足はなくなった。十二人そろったからね。さぁ、一年中 僕のこの家で楽しみたまえ。ただし、一年の終わりには君たちに三つの謎を解いてもらうよ。解けた者には決して空にならない財布をあげる。しかし、解けなかった者は死なねばならないのだよ」

 それを聞くと十一人は大喜びして「旦那様、万歳!」と叫んだが、十二人目の若者は黙って考えた――死ぬんなら死ぬまでだ。僕にはもう生きる気力もない。だけど、その謎を解いたら、もしや僕のお姫様にまた会えるんじゃないかな。

 それから、十一人は飲めや歌えの暮らしを続けたが、若者はいつも黙って姫の事を考えていた。

 

 一方、目を覚ました姫は、若者も袋の中の石も消えて、自分が深い森の中に取り残されているのを知った。またあの魔法使いの仕業だ、と思い、神にお任せして森の中を歩き回り、まだ密かに身に着けていた宝物で一軒の宿屋を建てると、

「病人や助けのない悲しい人達は、誰でも無料で世話をいたします」

と書いた看板を木にぶら下げた。もしかすると、あの若者がいつか病気になってやってくるかもしれないと思ったのだった。

 

 その間に、森の家では一年が過ぎた。若者が謎のことを考えながら樫の木の下で寝転がっていると、三羽のカラスが飛んで来て樫の木にとまった。と同時に声が聞こえてきた。それは森の家の主人の声とそっくりだったが、前に水を飲ましてやったカラスの声のようにも聞こえた。

「明日、俺たちは十一人の職人と、俺からお姫様を奪おうとしたあのやせっぽちの馬鹿な若者を殺すんだ。奴等はもう悲観して、半分死んだようになってるんで、もうじき永遠に俺のものになるだろうよ」

「奴等がお前のものになるってのは、そんなに確かなことかね?」と、二番目のカラスが訊いた。

「明日は連中に三つの謎を出すんだが、一つだって解けやしないさ」

「どういう謎だね?」と、三番目のが訊いた。

「最初のは、あの家は何で建ててあるか。次のは、連中の食事はどこから来るか。第三のは、どうしてあの家では夜になっても暗くならないか、というのさ」

 二番目のカラスは笑って言った。「ハハハ、そいつは決して分かるまいね。だが、わしは知っているよ。あの家は死刑囚の骨で出来てる。食事は悪魔の家の台所から来る。あの明るい光は……」

 三番目のカラスが口を挟んだ。「ありゃお前さんが、あの可哀想な若者から盗んだ石を、天井から吊り下げてあるからさ」

 そして三羽は笑うと、暗くなり始めた空に飛び去った。

 あくる日、十一人がまたもや食べたり飲んだりしていると、あの紳士がやってきて、「さぁ若者たち、並んだ並んだ。これから謎をかけるから答えるんだぞ」と言った。十一人は元気よく並び、あの若者は最後に並んだ。

「この家は何で出来てるかな?」と紳士は訊いた。

「へえ、れんがでです」と一番目が答えた。

「切石でです」と、二番目が答えた。「粘土と材木」と三番目が答えた。

 こうして例の若者の番になると、彼は言った。「死刑になった奴等の骨です」

「お前は当たったぞ。じゃ、次だ。どこから君たちの食事は来るんだ?」

「食堂から取るんです」と、十一人は一緒に叫んだ。しかし若者は言った。「悪魔の台所からです」

「お前が当たったぞ」と、紳士は言った。「じゃ、三番目の謎だ――夜になっても昼間のように明るいこの家の明かりは、どこから来るんだ?」

「ランプがついてるんです」と、十一人は一緒に叫んだ。十二番目の若者は言った。「あなたがカラスになって僕から盗んだあの石が、天井にぶら下げてあるからです」

「当たった、当たった。これがお前にやる決して空にならない財布だ」

 こう言って紳士は若者に財布を与えたが、他の十一人は謎が解けなかったので、悪魔の手に落ちたのだ。

 その間に若者は急いで天井から石を取ると、なおも高く木を登って行った。しかし、姫に再会する望みはいよいよ薄くなった。

 

 今はもう惨めに疲れ果てて道をたどっているうち、彼は一軒の宿屋の前に出た。看板を見ると、病人や疲れ果てた者は無料で世話をする、と書いてある。彼が宿屋に入ると、すぐに姫の前に連れて行かれた。しかし、なにしろ二人とも年をとって変わっていたため、お互いに相手がわからなかった。

 やがて一室をあてがわれて、女中が灯りをつけようとしたとき、男は「灯りは要らないんだよ」と、ポケットからあの石を出した。たちまち部屋は昼間のように明るくなった。

 女中の報告を聞いて姫がやってきた。どうやってその石を手に入れたのかと話しているうちに、二人の顔を石が照らしたので、二人は互いに相手が誰だか判った。

 

 男が姫の看護で健康を取り戻すと、二人は男の故郷に帰る事にした。そうして木を降りて行ったが、地上に着くと、辺り一帯がすっかり変わって、前は草原だったところに石の大都会が出来ていた。知っている人には一人も遭わない。家族の者も全て死んでしまったのだ。

 その時になって、やっと二人は、自分たちがもう白髪の老人になっていることに気がついた。そして、まもなく二人は倒れて塵になってしまい、人々には彼らがどこから来たかさえ判らなかった。



参考文献
『新編 世界むかし話集(2) ドイツ・スイス編』 山室静編著 現代教養文庫 1976.

※色んな要素が入り混じっている。天梯樹(ジャックと豆の木――ユグドラシル)、層状世界観、見るなの座敷、聴耳、難題婿。変形してしまっているが、姫の袋の中の石は、本来、姫自身の魂だったはずである。

 なにより面白いのは、最後に《乙姫》もまた、《太郎》と一緒に一度に年老いて塵となって消えている点だ。



参考--> 「天まで届く木」「天まで届いた木」「もの言う馬」「開かずの蔵



不死の国   ロシア オセット族

 遠い昔、山のふもとの村にある男が暮らしていた。男は満ち足りた人生を過ごし、少しも不足を感じたことが無かったので、老境に差し掛かったとき「死にたくない」という思いに取り憑かれた。男は「必ずや不死の国を見つけよう」と心に決めて旅立ったが、不死の国がどこにあるのかまるで見当も付かなかった。

 ずんずん歩き続け、どれほどかの時の後、男は黒海の岸辺に立ち止まって途方に暮れた。

「俺は自分でも どの道をどう行くべきなのか知らない。そこへまた、この海が俺の旅を妨げる。どうしたらいいんだ、橋も無いのに。いつこの海を越えられるんだ?」

 途端に、男の前に見知らぬ男が現れて言った。

「橋は俺が架けてやろう。それを渡って向こうへ行け」

 見ると、本当に海に橋が架かっている。男はそれを渡って海を越えた。

 それからまた ずんずん進んでいると、遠くから光が射しているのに気がついた。男はこの光を目指して、長い道のりの末に辿り着いた。光は大きな城から射していたのだ。城から一人の娘が出てきて、男を祝福した。

「あなたの道が真っ直ぐありますように、良きお人よ!」

「どの道を真っ直ぐ行けばいいのか……どう行って いつ着くのか自分でも分からないのに?」

「一体何をお探しなの?」

「何を、だって? 不死の国をだ。もしその場所が分かるのなら教えてくれ、俺を助けてくれ!」

「少し城に寄ってお休みなさいな。疲れを取ってから その話をしましょう」

 男は娘に付いて城に入った。娘は男に大変良くしてくれて、男を若返らせた。そこで二人は気持ちが通じ合い、夫婦になった。

 それから、男は年をとること無く百年を過ごした。だが、もう百年が過ぎたとき、男は故郷の人々が恋しくなってきた。けれども娘は男を引き止めた。

「どこにもいかないで、ここにいて! あなたが恋しがっている人たちは、もう とうに生きてはいないわ」

 そこで男は娘と共に もう百年暮らしたが、またも心騒いできた。故郷の景色や人々の姿が思い出される。娘は今度も男を引き止めることが出来た。更に百年が過ぎたが、男は若いままで年をとることが無かった。

 とうとう男は、どうしても故郷へ、懐かしい人々のもとへ帰らねば、と娘にきっぱり言った。

「俺は次第に恋しくなってたまらない。若さも永遠の命も、俺をもう熱くしないんだ」

 娘は長いこと彼を引き止めた。でも心を変えられなかった。男がもう自分のところに留まらないのをはっきり知ると、娘は男に二つのリンゴを与えて言った。

「あなたの会いたい人は誰も居はしません。きっと人の世はあなたを苦しめるでしょう。そうしたらリンゴを一つ食べなさい。もっと辛くなったら、残り一つのリンゴを食べるのです」

 男は娘を捨て、故郷の村へ、懐かしい人々への戻り道に向かった。どれほどの時を旅に費やしたのか分からなかった。が、ついに男は故郷の村に着いた。見れば村は無く、誰の姿も無い。激しい胸の痛みが男をとらえた。そこで男はリンゴを一つ食べ、一瞬で、白いひげが膝まで伸びた老人になった。

 男の村だったところに一人の老婆が生き残っていた。男は老婆を見つけ出し、近づいて村人たちのことを尋ねた。

「おお、おお!」

 老婆は声を上げた。

「ここには、とうの昔から、人など住んではおりませんわい!」

 再び男は胸の痛みにとらわれ、二つ目のリンゴを食べた。たちまち、男は死んだ。

 これが不死の国だ。この世に永遠のものなど何もありはしない!



参考文献
『ロシアの民話〈I、II〉』 ヴィクトル・ガツァーク編、渡辺節子訳 恒文社 1979-1983.

※オセット人はスキタイ人の末裔といわれる、コーサカスの少数民族。

 オセット人の他の伝承には日本神話内の【浦島太郎】の類話「海幸・山幸」を思わせるものもあるのだが、この話でも、男が黒海のほとりで途方に暮れたとき唐突に現われて橋を架けてくれる謎の男は、「海幸・山幸」で、海辺で泣いていた山幸彦に船を与えて海神の宮への道を示す、塩椎神シオつチのカミを思わせる。

 

 この話を読むと、謎めいて見えていた「海の果ての竜宮」や「玉手箱」に秘められた意味は、取るに足りないクイズのように思えてくる。"亀"や"釣り"の要素は出てこないが、それ以外は完全に日本の【浦島太郎】と同じ構造だ。

(なお、同じオセット人の『ナルト叙事詩』には、海の底の異界から嫁入りしてきた姫の物語も語られている。彼女は、そのままでは地上の暑さに耐えられないために日中は亀の甲羅を背負って過ごし、夜になるとそれを脱いで美しい姿を現したという。だが悪戯者が甲羅を燃やしてしまったため地上に留まれなくなり、海底へ帰っていったと。)

 

 日本の『浦島太郎』は不死の国――蓬莱で永遠に生きることを、どちらかと言えば礼賛しているのだが、この話ではそれを否定している。永遠に生きるのは楽しいことではない、という思想は、例えば「兵士と死神」でも現われていることだ。より高度に成熟した思想を感じさせる。




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