昔、あるところに
母親は大切な娘を取られてしまって、気も狂わんばかりになって心配しました。
「俺はどうでもして、じょうを捜ねて来んばならん」
そう言って、焼飯を負ぶってどこというあてもなく山を捜し回りました。野っくり山くり捜ねているうちに日が暮れて、ちょうど向こうにあった小さなお堂に行って言いました。
「あんまりお笑止だども、今夜泊めてもろわれまいかいの」
お堂の中から
「着る物も食べるものもないけど、なじょにも(どうぞ)泊まっておくんなさい」
お堂の中に入ると、母親は疲れていたのですぐ横になったのですが、庵女様が自分の衣を脱いで掛けてくれました。そうしてから庵女様は語りました。
「お前さんの捜ねている娘さんは、川向こうの鬼屋敷にさらわれて来ているが、川には
あくる朝、さわさわ鳴る音にたまげて、母親は目を覚ましました。そこらは一面の
「庵女様、ありがとうござります」
母親はお礼を言うて、教えられたとおり川の
それからじょうは大急ぎで母親に夕飯を食べさせ、「鬼に見つけられると大ごとだすけ」と言うて、石の
「どうも人間臭い」
そう言いながら鼻をくんくん鳴らしました。娘が「そんなことは知らん」と言うと、「そんなら庭の花を見てこよう」と言いました。
庭には不思議な花があって、家の中にいる人間の数だけ咲くようになっていました。それが今日は三つ咲いているので、鬼は
「お前はどこかに人を隠したんだろう」と言うて、今にも掴みかかろうとするので、娘はどうしようばと思案していましたが、ふと思いついて
「俺が身持ちになったすけに、花が三つになったのだろう」と言いました。
すると怒っていた鬼が急に逆立ちせんばかりに喜んで、嬉しさのあまり大声を出して家来どもを呼び集め、「さあ家来ども、酒を持ってこい、太鼓を持ってこい、川の番付も叩いてしまえ」と言うて、跳び回りました。家来どもも喜んで「酒だ太鼓だ、それ大犬小犬叩き殺せ」と、大騒ぎを始めました。
やがて鬼どもは酒に酔い潰れて、寝転んでしまいました。大将の鬼が「
木の櫃に寝ていた鬼は喉が渇いていたので、「嬶、水くれや」と何遍もなって(怒鳴って)みたが、返事がないので七枚の蓋を押し破って出てみると、娘がいない。どこを探しても影も形も見えないので、「この餓鬼は逃げやがったな」と言うて、家来どもを呼び起こしました。そして乗り物蔵へ行ってみると舟がないので、みんな川へ出てみました。すると、母子の舟はもう遠くの方へ消えようとしていました。
そこで、鬼は家来どもに「川の水を飲み干してしまえ」と言いつけました。大勢の鬼どもは合点だとばかり、川に首を突っ込んで、がぶがぶと飲みはじめました。すると川の水は減って、それにつれて母子の舟はだんだん後戻りしてきました。今にも鬼の手が届くほどになったので、舟の中の母子はもう助からないと諦めていると、そこへまた庵女様が現れて、「お前さんたちグズグズせんで、早よ大事なところを鬼に見せてやりなされ」と言うて、庵女様も一緒になって、三人が着物の裾をまくりました。
さあ、それを見た鬼どもはげらげら笑うわ笑うわ、転がって笑ってその拍子に飲んだ水をすっかり吐き出してしまいました。それで舟はまた遠くへ離れていって、母子は危ない命を助かりました。
これはまったく庵女様のお陰だと厚くお礼を言うと、庵女様は
「俺は野中の一本石塔だが、毎年 俺の傍らに石塔を一つあて立てておくんなさい。何よりもそれを楽しみにしていますけに」と言って、消えてしまいました。
母子は無事に家へ帰ることができて、それからはいつまでも庵女様の恩を忘れずに、毎年一本ずつ石塔を建ててあげたということです。
参考文献
『桃太郎・舌きり雀・花さか爺 ―日本の昔ばなし(U)―』 関敬吾編 岩波版ほるぷ図書館文庫 1975.
どこかのお妃が自分の子供を黄金の揺り籠に入れて海に流した。子供は沈まずにどこかの島に流れ着いたが、そこに住んでいたのは人食い鬼ばかりだった。揺り籠が流れ着いたとき、ちょうど人食い鬼のおかみさんが海岸に立っていて、籠の中の子供がなんとも美しいのを見ると気に入り、育てあげて自分の息子の花嫁にしようと決意した。けれども亭主に見つかれば食べられてしまうので、隠して育てるのに随分と骨を折った。
女の子はいよいよ年頃に育って結婚の日が迫ったが、人食い鬼の息子が大嫌いだったので海岸に座って一日中泣き通していた。そこに若い王子が泳いできた。女の子と王子は愛し合い、結婚の約束をした。そこに人食い鬼のおかみさんが来て、自分の息子の婚約者が他の男と親しげにしているのを見て、激怒して王子をわしづかみにし、「私の息子の結婚式の時に焼き肉にしてやる」と言った。
さて、王子と女の子と人食い鬼の三人の子供は一つの部屋で寝ることになった。夜になると人食い鬼の亭主は人肉を食べたくなって、おかみさんに「婚礼まで待てん、いいからすぐに王子をよこせ」と言った。女の子は壁越しにそれを聞いて、人食い鬼の子供の一人がかぶっていた黄金の冠を取って王子にかぶせておいた。真っ暗な所に人食い鬼のおかみさんが来て、手探りで冠をかぶっていないのを亭主の所に持っていった。亭主は自分の子供をぺろりと食べてしまった。
女の子は、夜が明ければ全てが分かってしまうと考え、そっと起き出すと、千里靴と魔法の杖と《どんな質問にも答える豆》の入っているお菓子を持ち出し、王子と一緒に逃げ出した。千里靴を履いているので一足ごとに一マイル、飛ぶように進んだ。
逃げながら、時々、二人は豆に訊いた。
「豆よ、《お前はそこにいる》の?」
『はい、おりますとも。ですが急がなければ駄目ですよ。人食い鬼のおかみさんがもう一足の千里靴を履いて追っかけて来てますからね』
それを聞くと、女の子は魔法の杖を取って、自分は白鳥に、王子は池に変えた。そこに人食い鬼のおかみさんが来て、白鳥を岸へおびき寄せようとしたが上手くいかないので、腹を立てて帰って行った。
女の子と王子は先へ急いだ。
「豆よ、《お前はそこにいる》の?」
『はい、おりますとも。ですが、おかみさんがまたやって来ましたよ。人食い鬼が「お前はどうしてそんなに馬鹿なんだ、騙されやがって」と言ったものですから』
それを聞くと、女の子は魔法の杖を取って、自分も王子も砂煙に変えた。人食い鬼のおかみさんはその中を通り抜けられず、すごすごと帰って行った。女の子と王子は再び先へ急いだ。
「豆よ、《お前はそこにいる》の?」
『はい、おりますとも。ですが、おかみさんがまたやって来るのが見えますよ。恐ろしい大股です』
女の子は魔法の杖を取って、自分を薔薇の木に、王子を蜂に変えた。人食い鬼のおかみさんは来るには来たものの、こんなものに化けられたのでは見分けることができず、家へ戻って行った。
それはよかったのだが、女の子と王子は元の姿に戻ることができなかった。恐ろしさのあまり、魔法の杖を手の届かないところに投げてしまったからだ。けれども、このとき二人はもうだいぶ進んでいて、女の子が変わった薔薇が生えているのは、彼女の実の母親であるお妃の花園の中だった。蜂は薔薇の花にとまっていて、薔薇を折り取ろうとする者があると、誰であろうと構わずに針で刺した。
そんなある日、お妃が花園に来て、この薔薇のあまりの美しさに驚いて摘み取ろうとした。すぐに蜂にチクリと刺されて手を放したのだが、それでも少し薔薇を傷つけた。すると茎から血が流れ出したではないか。お妃はこれは魔法をかけられた人間だと気づき、魔女を呼んで魔法を解かせた。そして現れたのが自分の娘だと分かったので大いに喜び、婚礼の宴を盛大に開いた。
参考文献
『完訳 グリム童話集2』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
※この話は決定版には収録されていない。
「海の王と賢いワシリーサ」の主人公が王子の方ではなく王女になっているバージョン、といった感じだ。
王妃がどうして自分の娘を海に流したのか説明されていないが、ギリシアの民話「太陽神と結婚した娘」を読むと何となく補完できるかもしれない。黄金の揺り籠が流れ着いた島は太陽の沈む世界の果て、冥界であり、人食い鬼の一家は太陽神の一族が原型なのだろう。子供は神に捧げられたのだ。「太陽神と結婚した娘」の主人公は太陽神と結婚させられたことを喜ぶが、こちらでは断固拒否して逃げてしまう。
参考--> 「ペトロシネッラ」
※子供が出来て嬉しいからって番犬を叩き殺すなよ…。大犬小犬は地獄の番犬だろうが、居眠りしてるか叩き殺されてるかで全く活躍しなかった。こんなのも珍しい。
鬼から逃げる際の呪的逃走には、《性の呪力》を用いている。「鬼の子小綱」では娘一人だったが、この話では娘と母親と、何と庵女様までもが着物の裾をまくって御開帳だ。ライオンですら雌ライオンのお尻の匂いを嗅ぐとニヘラと笑う。女たちの開け広げな性の姿を見た鬼たちは、冷酷な死の力を失って、笑いださずにはいられない。--> 参考<童子と人食い鬼のあれこれ〜笑う鬼>
鬼が眠る際に櫃(容器の中)に入るのは[牛方山姥]と同じだが、どうしてそんなことをするのかと奇妙にも思える。しかしこれは、「鬼とは霊魂である」と考えれば納得できるのではないだろうか。秋田では年末にナマハゲなる鬼が各家を訪れるという有名な行事があるが、ナマハゲとは冥界から訪れる祖霊である。そして一説によれば、夏の間ナマハゲは木の洞の中に宿っているという。霊魂はうつぼ…空洞の中に宿るものなのだ。だから冥王である人食い鬼たちは箱の中に入りたがるのではないだろうか。「天稚彦の草子」では、大蛇であり天の鬼の息子である天稚彦は、初夜を過ごす際に妻を唐櫃の中に誘っている。
参考--> 「猿にさらわれた娘」「鬼の子小綱」「梵天国」