>>参考 [二人兄弟〜竜退治型]
     <眠り姫のあれこれ〜初夜権と純潔の刀>「物言う鳥

 

二人兄弟〜基本型

 子の無い夫婦が神秘的な方法で双子の(ような)男児を得る。双子は英雄である。何らかの理由で兄弟は別れることになる。別れ際、兄弟Aは「これに異変が起こったら俺が死んだと思ってくれ」と言って武器または植物を生命の指標として残していく。別の地に去ったAは妻を得るが、その後謀殺される。生命の指標で兄弟の異変を知った兄弟Bが駆けつけて、彼を生き返らせる。

 その他、《自分の妻を凌辱したと思い込んだ兄弟AがBを殺すが、その後誤解だったと知って後悔する》《女の裏切り・謀計によって殺される》といったモチーフが混入することが多い。

 

魔法の牝鹿  イタリア 『ペンタメローネ』一日目第九話

 昔、ルンガペルゴーラにジャンノーネという王がいた。王には子供がなく、子宝を願って熱心に神に祈り、神の祝福を得るために巡礼者たちには殊更に慈悲深く接していた。しかし、いくら経っても子供は授からず、優しい心は暗く歪んで、とうとう城に引きこもって扉を閉ざし、近づく者があれば弓でも引きかねない有り様になっていた。

 そんなある時、長い白ひげを生やした賢者がこの国を通りかかった。賢者が王を訪ねて一夜の宿を乞うと、王は苦々しげな顔をして冷たく言った。

「もしここより他にお前の泊まるところがないと申すなら、暗闇で床につくがよい。女神ベルタが糸を紡いだ古き良き時代は終わったのだ。仔猫は目を開け、もはや母猫を必要としていない」

「何故そんなに変わってしまわれたのですか」

「わしは子宝を願うあまり、訪ねてくる全ての者をもてなし、財産も使い果たした。そして、今やそれが全くの徒労であったことを知ったのだ。だからわしはもう手を打つのをやめ、錨を上げることにしたのだ」

「それだけのことでしたら、どうぞご安心ください。今すぐにでも奥方を身ごもらせて差し上げましょう。もし私の言葉に偽りがありましたら、この両目を差し上げます」

「それが上手くいくというなら、お前にこの国の半分を与えてやろう」

「ではよくお聞きください。間違いなく奥方に接木をなさりたいなら、海の竜の心臓を手に入れ、それを処女に料理させるのです。大鍋から立ちのぼる香気を嗅いだだけで、奥方は九ヶ月の臨月となられましょう」

「何故そんなことが。わしにはどうにも飲み込めない」

「ご不審はごもっともです。でも、古いお話にもございましょう。女神ジューノ(ギリシア神話の女王神ヘラ)はオレニアンの原に咲く花をまたいで懐妊し、見事に赤子を産み落としました」

「もしその話が事実なら、直ちに竜の心臓を探させよう。一刻も無駄にしたくない」

 かくして、百人の漁師たちがありとあらゆる漁具を装備して海に送り出された。彼らは八方手分けして探し回り、ついに一匹の竜を捕まえた。そして心臓を取り出し、王に届けたのだ。王は早速その心臓の調理を一人の美しい乙女に命じた。乙女は一室に閉じこもり、心臓を火にかけて煮始めた。煮物の香りが立ちのぼると、この娘が身ごもって腹が膨らんだだけではなく、部屋中の家具や道具類さえみんな膨らみ始めた。

 お妃が煮えた心臓を一口味わうや否や、直ちに腹が膨らんで、四日後には玉のような男の子を産み落とした。同時に、乙女も同じように美しい男児を産んだ。それどころか、膨らんでいた部屋中の家具や道具類も、大きなベッドは小さなベッドを、大きな箱は小さな箱を、大きな椅子は小さな椅子を、大きな机は小さな机を、それになんと"おまる"まで、ちっちゃなつるつるのおまるを産んだのは、これぞ見るに楽しい光景だった。

 お妃の産んだフォンツォ王子と乙女の産んだカンネローロは、まるで瓜二つで、とても見分けが付くものではなかった。そのうえ、すこぶる仲良しで、片時も離れてはいられない様子に、お妃が、我が子はこの母よりも召使い女の息子の方が好きなのではないかと、妬ましさを感じるほどだった。そして、お妃は我が身に刺さったこの嫉妬のトゲをどうやって取り除けばいいのか、その方法が分からなかったのだ。

 ある日、王子は狩りに行こうと考えて、友と二人で自室の暖炉に火を起こし、弾丸用の鉛を溶かし始めた。そこで足りないものに気付いて王子が部屋を出ると、ちょうどその時、お妃が息子の様子を見に部屋に入ってきて、あのにっくきカンネローロが一人でいるのを目の当たりにした。この若者を亡き者にするのは今だとばかりに、お妃は煮えたぎる鉛の鍋を持ち上げ、カンネローロめがけて投げつけた。若者は身をかがめたが、額に鉛を受け、ひどい火傷を負った。お妃は更に掛けようとしたが、ちょうどそこへ王子が戻ってきたので、ただ様子を見に来ただけだといったフリをして、形ばかり王子を二、三度撫でてから出て行った。

 カンネローロは、帽子を引き下ろして額の火傷を隠し、今起こったことを友に悟られまいとした。ひどい火傷を負いながら、それをおくびにも出さなかったのだ。そして鉛を丸めて弾丸を作ってしまうと、王子に国を出る許可を求めた。そんな素振りは今までただの一度も見せなかったから、王子はびっくりし、一体どうしてそんな気になったのかと尋ねた。カンネローロは答えて言った。

「どうかこれ以上知ろうとはなさいますな、王子様。どうしても行かねばならぬのだとだけご承知ください。たとえ離れておりましても、私の心の歓びが誰なのか、天は知っておられます。私の魂がこの胸から引き裂かれ、呼吸がこの身を、血が血管を見捨てていることも。しかし、行かねばならないのです。ではどうかごきげんよう。さらばです」

 二人はひしと抱き合った。そしてカンネローロは泣きながら自室に戻り、鎧をまとい剣を吊るした。この剣は、竜の心臓が煮られた時、部屋にあった剣から生まれたものだった。それから厩に行って馬を引き出し、今まさにあぶみに足を掛けようとしたとき、フォンツォ王子が涙ながらに入ってきて、どうしても自分を捨てていくというのなら、友を失う辛さをせめて和らげてくれるよう、何か友情の証となる形見を残していってくれと頼んだ。カンネローロは短刀を抜いて地面に突き立てた。すると、みるみるそこに美しい泉が湧き出した。

「ご覧下さい、私の思い出に残していくには、これが一番かと思います。この泉の様子を見れば、私の様子も分かります。こんこんと水が湧き出ている間は、私も同様につつがなく、もしこの水が濁れば、それは私の身に何か災難が降りかかったしるし。そして、もし泉の水がすっかり干上がるようなことがありましたら、それは私の生命の炎が燃え尽きたというしるしなのです」

 それからカンネローロは剣を抜き、これも地面に突き立てた。すると、そこには銀梅花ミルテの木が生い茂った。

「この枝が緑である限り、私も壮健であるとご承知ください。しかし、もしこれが萎れましたら、私が運命の女神の好意を受けていない証です。そして万が一、この枝がすっかり枯れるようなことがありましたら、その時はどうぞこのカンネローロのために鎮魂の歌を歌ってやって下さい」

 二人はここでもう一度ひしと抱き合い、ついにカンネローロは旅立っていった。

 カンネローロはどんどん旅を続け、例えば御者とのいさかい、宿の亭主とのもめごと、税の取り立て役人との殺傷沙汰、悪路や追いはぎの危険など、ここでは語りつくせない冒険を重ねた後、ついにヴィニャフィオリータの町に着いた。ここでは壮麗な馬上試合の勝ち抜き戦が行われることになっており、優勝者はなんと王女との結婚だというのだった。カンネローロはこの勝ち抜き戦への出場を申し込み、大変勇敢に戦って、国中から集まった野心満々の騎士たちをことごとく打ち負かしてしまった。そこで王様の娘、フェニツィア姫が与えられ、婚礼の宴が盛大に執り行われる運びとなった。

 何ヶ月かの間、新婚の夫婦は平和に楽しく過ごした。けれども、そのうちカンネローロは町を出て狩りに行きたい、と考えるようになった。王様は胸騒ぎを覚えて、次のように娘婿をいさめた。

「邪眼に打たれて盲目になるような真似はよすのじゃ、我が息子よ。この辺りの森には たいそう邪悪な鬼がいる。奴は今日はライオン、明日は牡鹿やロバにと自由に姿を変えることが出来る。ありとあらゆる手を使って出会った人間を罠にかけ、自分の洞窟に引きずり込んで食ってしまう。だから、危うきには近づくでない。でなければ、残るのはズタズタに引き裂かれた服だけ、などということになるからの」

 カンネローロは、もとより恐れなどというものは母親のお腹の中に置き忘れてきたような気性をしていたので、義父の忠告など気にもかけず、あくる朝、太陽が光の箒で夜のススを掃き出すと同時に、狩り行きに出発した。

 カンネローロが森に入ると、遠くからそれを窺っていた鬼は、自分の姿を美しい牝鹿に変えた。カンネローロは早速それを追って、あちらこちらと引き回された挙句、いつしか森の中心へ誘い込まれていた。ここで鬼が天が落ちたかのような雷雨を起こしたので、カンネローロは目の前にあった洞窟の中に、これ幸いと逃げ込んだ。

 けれども、そここそが鬼の洞窟だったのだ。

 カンネローロは洞窟の中に散らばっていた木切れを集めて火を焚いた。そうして衣服を乾かしていると、例の牝鹿が入り口に現れて、哀れっぽい口調でこう言った。

「おお、騎士の方。私も少し火に当たらせてくださいまし。寒さで息も絶えそうです」

 カンネローロは元々心の優しい若者だったので、「いいとも、さあここにおいで」と答えた。

「行きたいのは山々ですが、まだ殺されたくはありません」

「怖れることはない。私を信じなさい」

「それなら、犬どもを縛ってください。私に危害を加えないように。それから馬もつないでください。足蹴にされてはたまりません」

 そこでカンネローロは犬を縛り、馬に足かせをはめた。

「結構です。それで幾分安心しました。でも、あなたの剣を縛ってくださらなければ、祖父の魂に誓って、入るわけには参りません」

 カンネローロは牝鹿を手なずけたい一心で、言われるままに自分の剣を包んでしまった。カンネローロがすっかり無防備になったのを見ると、鬼はたちまち正体を現し、若者を引っつかんで洞窟の奥にある竪穴に投げ込んだ。その上に大きな石を乗せ、食べる時が来るまで閉じ込めておくことにしたのだ。

 

 さて、話は変わってフォンツォ王子の方はといえば、親友の安否を知るために、毎朝毎晩 泉と銀梅花を見るのを欠かしたことはなかった。そして銀梅花が萎れ、泉の水が濁っているのを見ると、両親の許しも求めず、鎧兜に身を固め、馬にうちまたがり、二匹の魔力を持った犬を従えると、勇躍、世の荒波目指して旅立っていった。

 昨日は東、今日は西といった具合に馬をどんどん進め、ついにヴィニャフィオリータの町にやって来た。時あたかも、カンネローロを失ったと思って町中が悲嘆に暮れていたのだが、そこにフォンツォ王子が姿を現し、あまりにカンネローロとそっくりなものだから、宮廷中が彼を王様の義理の息子だと思い込んでしまった。そこで、我も我もとフェニツィア妃の許に駆けつけ、吉報の褒美を求める始末となった。

 フェニツィア妃は階段を駆け下り、フォンツォ王子の胸に飛び込んだ。

「おお、我が夫よ、我が心よ。一体今までどこにいらしていたのですか」

 これを聞いて、フォンツォ王子はカンネローロがこの国に足を踏み入れ、再び行方知れずになったことを知った。そこで妃に巧みに問いかけて、その返事から友の居場所を突き止めようと考えた。その結果、カンネローロは狩りに出かけたこと、森には人間に対して残忍極まりない鬼がおり、それに出会っていれば大変だと心配していたことなどを聞き出した。友の行方知れずは、その鬼の仕業に違いない。フォンツォ王子はそう確信したものの、それを口に出すことはなく、夜になると黙って床に就いた。

 その晩、フォンツォ王子は純潔の女神ダイアナに誓いを立てたかのごとく、フェニツィア妃との間に抜き身の剣を置いて、決して彼女に触れなかった。そうして、太陽が闇を一掃する黄金の丸薬を空に撒き散らすまで、まんじりともしないで過ごした。

 あくる朝、ベッドを飛び出したフォンツォ王子は、フェニィツィア妃が泣いて頼んでも、王様がどんなに止めても、一切耳を貸さずに馬に飛び乗り、二匹の魔法の犬を従えて森へ入って行った。そこでは、カンネローロに起こったのとそっくり同じことがフォンツォ王子の身にも起こった。王子は雨に追われて洞窟に入り、中にカンネローロの犬と馬と剣がしっかりと縛られているのを目の当たりにした。

 やがて牝鹿が現れて犬と馬と剣を縛ってくれと頼んだが、その手は食わぬとばかり、二匹の犬をけしかけた。犬どもは牝鹿を引き裂いた。それからフォンツォ王子は友を探し、竪穴から聞こえてくる声を頼りに石を持ち上げ、カンネローロを始め、鬼がそこに閉じ込めておいた大勢の人々を引き上げて救い出した。みんなは歓喜して一人一人抱き合い、家へと帰っていった。

 カンネローロとフォンツォ王子が並んで城に戻ると、フェニツィア妃はどちらが自分の夫なのか見分けがつかなかった。そこでカンネローロが帽子を取り、額の傷を見せてやっと夫だと分かったのだ。そして、夫婦はひしと抱き合った。

 フォンツォ王子は友の宮廷に一ヶ月滞在し、楽しく過ごしていたが、やがて望郷の念が湧き、我が家に帰りたくなった。カンネローロは手紙をフォンツォ王子に託して、母親をこちらに呼んだ。そして、それ以降は二度と、犬や狩りなどの冒険に心を奪われることはなかった。

学ぶために痛い目に遭うのは不幸なことだ

という格言が身に染みたからなのだろう。



参考文献
『ペンタメローネ[五日物語]』 バジーレ著、杉山洋子・三宅忠明訳 大修館書店

※『ペンタメローネ』にはもう一本「二人兄弟」系の話(一日目七話「商人の二人息子」)が入っているが、そちらは「竜退治」の要素が合成されたものになっている。(家を出た二人兄弟の一方が、竜に生贄にされかけていた姫を救い出して彼女と結婚する。)

 現在知られている西欧の「二人兄弟」の多くが「竜退治」の要素を含むが、この二つの要素を一つの話に合成した最初のものこそが『ペンタメローネ』の「商人の二人息子」だ、という説がある。

 

『グリム童話』にも「二人兄弟」系の話が二話入っているが(「二人兄弟」(KHM60)、「黄金の子供」(KHM85))、うち「二人兄弟」の方は竜退治型で、異常誕生の要素が欠けている。

 竜退治要素のない、「黄金の子供」の概要を以下に記す。

黄金の子供  ドイツ 『グリム童話』(KHM85)

 貧乏な漁師の網に金色の魚がかかる。魚は口をきき、見逃してくれたら食べ物がいくらでも出てくる戸棚の付いた御殿をあげる、と言う。ただし、この御殿を誰から貰ったのかは誰にも言ってはいけないよ、と。しかし妻がしつこく尋ねるので話してしまい、御殿は消えうせる。暫くするとまた同じことが起きる。三度目、またも網にかかった魚は、「私はあなたに捕えられる運命らしい、私を六つ切りにして、二切れずつあなたの妻と馬に食べさせ、残り二切れは地面に埋めなさい。そうすればあなたは幸せになる」と言う。その通りにすると、妻は全身金色の双子の男児を産み、馬は全身金色の子馬を二頭産み、地面からは金色の百合が二本生え出た。

 子供達は成長すると「世間に出たい」と言う。父が「お前達の安否が分からなくなる」と嘆くと、「金色の百合を見れば分かる」と教える。そして金の馬に乗って出かけたが、宿屋に入ったところ、全身金色の彼らは好奇の視線にさらされ、声をあげて笑われた。双子の弟は恥ずかしくなって父の家に帰ったが、兄は旅を続けた。

 森に入ろうとすると、人々が「そんな金色の姿では追いはぎに襲われる」と忠告する。若者は熊の毛皮を何枚も重ね着して醜い姿になり、森を無事に通り抜ける。

 森を抜けた先の村で若者はある娘と恋に落ちて結婚する。娘の父親は醜い熊の皮を着た男を勝手に婿にしたことを怒るが、朝早く部屋を覗くと金色の若者だったので、満足して文句を言わなくなる。

 若者は素晴らしい牡鹿の夢を見て、妻の反対を押し切って森へ狩りに出かける。夢の通りに牡鹿が現れ、追う内に森の中の老いた魔女の家に辿り着く。魔女に牡鹿の行方について訊いていた時、魔女の飼い犬に吠え掛かられたので「撃ち殺すぞ」と怒鳴ると、「私の可愛いワンちゃんを殺すってのかい!」と怒った魔女に石に変えられてしまう。

 一方、実家で兄の金の百合が倒れたのを見た弟は、兄を救うために森へ駆けつける。弟は魔女を脅し、魔女は仕方なく指で石に触って兄を元に戻す。二人は抱き合って喜び、それから、兄は妻の許へ、弟は父の待つ実家へ帰還する。実家に戻ると、父が「お前が兄を救ったのが分かったよ、倒れていた金の百合が起き上がったからな」と言った。


参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.



参考--> 「アラタフとモンゴンフ」「ラーマーヤナ」 



ナルト叙事詩:ゼラゼと双子の兄弟  コーカサス オセット族

※オセット族は古代にユーラシアの草原で活躍したイラン系の騎馬民族で、現在は北コーカサス地方の中央部に居住する。彼らがナルトという半神的英雄の叙事詩を口承で伝えたものが、『ナルト叙事詩』である。以下はその一部、ナルトたちの中でも最も有力なエクセルエッカテ家の起源を物語る部分の要約である。

 ナルトの果樹園に一本のリンゴの木があり、その黄金の実には全ての傷と病を癒す効能がある。一日に一個だけしか実らず、昼に結実して夕方に食べ頃になるのだが、夜の間に必ず盗まれてしまうのだった。ナルトたちは果樹園の周囲に高い柵を巡らせて毎晩交代で不寝番を行ったが、常にいつの間にか眠ってしまい、盗難を防ぐことはおろか、犯人の姿を見ることさえできなかった。

 やがてウォルヘグの双子の息子、エクサル(エフサ)とエクセルテグ(エフセルテグ)の番になった。この兄弟は共に天下無双の剛勇の持ち主で、ことに弓に関しては、飛ぶ鳥を落とすほどの名手であった。しかしながら、弟のエクセルテグの方が兄よりも一段勝っていた。

 果樹園につくとエクセルテグは兄を寝かせ、一人で不寝番をはじめた。夜明け間近に、不思議に光り輝く三羽の鳩が飛来してきてリンゴを食べようとした。エクセルテグがすかさず矢を放つと一羽に当たったが、血を滴らせながらも三羽共に飛び去った。

 エクセルテグは兄を起こして一部始終を話し、飛び散った鳩の血を集めて大事に包み、帯に挟んだ。

 夜が明けると兄弟は血の跡を辿っていったが、それは海に消えていた。エクセルテグは一人で海の底まで追うことにし、兄には「海面が赤い泡で覆われたら諦めてくれ、しかし白い泡で覆われたらきっと生きて戻るから一年間ここで待っていてくれ」と言い残した。

 エクセルテグが海底に降り立ってみると、そこには螺鈿の壁・青ガラスの床・天井には明けの明星が輝く眩い館があった。それは海王ドンベッテュルと、その眷属のドンベッテュルテたちの住居であった。

 中に入ってみると広間があり、ドンベッテュルの七人の息子たちが座り、その上座に彼らの姉妹の、輝くばかりに美しい二人の娘が座っていた。挨拶をしてから「どうしてそんなに悲しげなのか」と尋ねたところ、七人の息子たちはこう説明した。彼らの三人の姉妹が夜毎にナルトの果樹園を荒らしに行っていたこと。けれど昨夜、姉妹の一人・ゼラゼがナルトのエクサルとエクセルテグの矢に傷つけられ、今まさに瀕死であること。彼らはこう語り、「あの兄弟が互いの剣で殺し合えばいい」と呪うのであった。

 エクセルテグが治療の手立てはないのか、また首尾よく治療した者にはどんな報酬が与えられるのかと尋ねると、ゼラゼの傷から流れ出た血を吹きかけてやるしか手はないが、もし傷を癒せた者がいれば彼女を妻として与えようと約束した。そこでエクセルテグは自分こそが彼女を傷つけた当人だと打ち明け、彼女の血を携えて来ているので治療をしようと申し出た。

 病室に案内されてみれば、ゼラゼは姉妹たちよりもいっそう美しい、絶世の美少女であった。エクセルテグは喜んで、持ってきた血を彼女の肌に吹きかけた。たちまち傷は跡形もなく消え去り、ゼラゼはベッドから跳ね起きた。

 こうしてエクセルテグはゼラゼと結婚し、海底の宮殿で夢のように幸せな日々を過ごした。だがある日突然に、海岸に待たせてある兄のことを思い出した。たちまち郷愁に囚われて、すぐに陸に上がって兄を探し、一緒に父の家に帰らなければならないと妻に言うと、彼女は自分も一緒にここを出ると言い、頭から抜いた一本の金髪で自分と夫を二匹の大魚に変身させ、夫婦は揃って地上に帰った。

 海辺には見知らぬ小屋が建っていた。ゼラゼはこの小屋が気に入って中に座り、しばらくここから動きたくないと言ったので、エクセルテグは兄を探しに森に向かった。ところでその小屋は、弟を待つためにエクサルが建てたものだったのだ。エクセルテグと入れ違いに森での狩りからエクサルが戻ると、二滴の水滴のように夫と生き写しの彼を見て、ゼラゼはてっきり夫が戻ったものと思い込んで近寄った。エクサルは見知らぬ美女の馴れ馴れしい態度を見て、すぐに弟が海底から連れ帰った妻だと察し、黙って彼女から離れた。ゼラゼはこれを見て、夫が水界から来た異種族の自分を嫌っているのかと思って憤慨した。やがて夜になったがエクセルテグはまだ戻らない。エクサルは自分の外套を脱いで床に敷き、その上にゼラゼを寝かせて、その上にエクセルテグが残して行った外套を掛けてやった。この優しいふるまいによってゼラゼの心は幾分なごみかけたが、その後でエクサルが二人の間に抜き身の剣を置いたので再び怒り、起き上がって部屋の片隅に行くと、悲憤した様子でうずくまった。

 その時、エクセルテグが小屋に入ってきた。彼は、小屋の中に兄がおり、ゼラゼが悲しみに顔を曇らせてしどけない様子でうずくまっているのを見ると、妻が兄から凌辱されたのだと早合点した。やにわに腰の短剣を抜くと、すぐに兄を刺し殺してしまったのである。

 だがその後でゼラゼから事情を説明されたエクセルテグは、妻に対して一点の非の打ちどころもない振る舞いをした兄を、自分が短慮にも殺してしまったことを知った。彼は絶望し、剣の柄を兄の死体の胸に当ててその上に倒れ伏し、自ら心臓を貫いて、兄と折り重なったまま絶命した。こうして、エクサルとエクセルテグが互いに刺し違えて死ぬようにというドンベッテュルの息子たちの呪詛は実現されたのだった。

 

 ゼラゼは二人の亡骸の前で一晩泣き明かした。夜が明け始め、女の細腕でどうやって墓穴を掘り、どうやって二人をそこに葬ろうかと悩んでいると、唐突に、ワステュルジという乱暴者の精霊が現れた。彼はいつも三本足の悍馬かんばに乗り、猛々しい猟犬を従えて天空を駆け回っているのである。彼はかねてからゼラゼに想いをかけており、欲望を叶える絶好の機会と見て舞い降りてきたのだ。

 ワステュルジは、もし自分と結婚するなら、自分が双子の兄弟を埋葬してやろうと持ちかけた。ゼラゼが承知すると、鞭で地面を叩いた。たちまち地に墓穴が開き、遺体が独りでに中に収まる。次の瞬間にはもう立派な墓石が建ち、周囲には壮麗な白壁が張り巡らされていた。

 埋葬が済んでしまうと、ワステュルジは約束を履行するようにゼラゼに迫ってきた。ゼラゼは汚れた体を洗い清めてくると言って海に入り、そのまま父の海底宮殿に帰ってしまった。期待に胸躍らせながら待っていたワステュルジは、長いこと待ってようやく騙されたことに気付くと、呪詛の言葉を吐きながら馬に乗って立ち去った。

 

 ゼラゼは既にエクセルテグの子を宿していた。母親に「英雄ナルトの子はナルトの村で産むものです」と言われて再び地上に現われ、エクセルテグの家の馬小屋でウリュズメグとヘミュツの双子の男児を産んだ。この子供たちも弓の名手の英雄になった。

 その後、ゼラゼは地上に留まって暮らしていたが、やがて病を得て死期を悟った。死ぬ前に息子たちを枕元に呼び寄せると、こう言い遺した。

「私が死んだら、どうか三晩の間は私の墓をよく見張っていておくれ。私には恐ろしい債権者があり、きっと墓の中まで取り立てにやってくるでしょうから」

 母親が死んで埋葬が済むと、最初の二晩はウリュズメグが番をして何事もなかった。ところが三晩目に、ヘミュツが見張りをしたいと言い出して、ウリュズメグが止めるのも聞かずに墓に行った。ワステュルジはこの機会を待っていたのだった。ヘミュツが墓の前に立っていると、遠くから楽しそうに歌い騒ぐ酒宴の物音が聞こえてきた。また別の方向からは婚礼の祝いの音が聞こえた。

「死に際の人間が遺した戯言に従うなんてまっぴらだ。誰が今更、死んだ母を墓から引き出しに来るものか」

 ヘミュツはそう呟くと、自分も歓楽の仲間入りをするためにその場から立ち去ってしまった。

 ヘミュツが墓から離れると、もう墓室の中が明るくなり、ワステュルジが入り込んでいた。彼がゼラゼの遺体を馬鞭で打つと、彼女は死んだままであったが、まるで生きているかのように生気に満ちて、生前の七倍もの美しさで輝いた。ワステュルジは墓の中でゼラゼの死体を存分に犯し、自分の馬にも交わらせてから立ち去った。

 この二重の死姦によってゼラゼの遺体は妊娠し、一年後、墓の中で一人の女児と一頭の仔馬を産んだ。ウリュズメグが発見して養育したこれらが、絶世の美女サタナと神馬ドゥルドゥルである。



参考文献
『日本神話の源流』 吉田敦彦著 講談社現代新書 1976.
『世界神話事典』 大林太良/伊藤清司/吉田敦彦/松村一男編 角川書店 1994.

※死の眠りについたまま犯されて子を産むゼラゼの状況は、「太陽と月とターリア」や「命の水」等の【眠り姫】話群を思い出させる。ただ、ゼラゼは子を産んでも蘇ることがない。

 サタナは成長すると異父兄で養父であるウリュズメグを強引に説得して近親婚の禁を犯し、彼の妻になった。二人の間にはソスランという男子が産まれる。彼はギリシアのディオニュソス神がそうしたように、冥界に下って亡き母を連れ戻すことに成功した。

 なお、ギリシア神話には馬に変身して群れの中に隠れた地母神デメテルを、やはり馬に変身した海神ポセイドンが追い詰めて犯し、この交わりから冥界女王べルセポネと神馬アリオンが産まれたというものがあり、類似が指摘されている。

 ゼラゼが「英雄ナルトの子はナルトの村で産むもの」と母に言われて地上にやってくるのは、日本神話でトヨタマヒメが「天つ神の子は海原で産むものではない」と言って地上に出産にやってくる描写と同じである。

 

 ゼラゼと交わるワステュルジが、三本足の馬で天空を飛んでくるのは興味深い。英雄の乗る神馬(妖精馬)は、しばしば三本足やびっこ引きなど、不具の馬として語られるからだ。説話では足が不自由=死者と表されていることが多く、一本の足だけが不自由であったり欠けていたりするのは、半分だけ冥界に属する者〜冥界と現界を行き来できる者、即ちシャーマンを暗示しているものと思われる。

 なお、ワステュルジが馬に乗り猟犬を連れ天を駆け巡る様は、北欧の主神オーディンの死の騎行をも思わせる。死者を引き連れ天空を騎行するオーディンは、ここでは冥界の神である。



参考 --> 「楽園の林檎」「海幸・山幸



喜界島の二人兄弟  日本 鹿児島県 喜界島

 男の子二人がいたが、継母に毎日こき使われていた。それでも二人は何の文句も言わずに働いていたが、継母は二人を憎んで夫に讒訴した。

「うちの子供らは、野良仕事にやれば仕事をせずに遊んでばかりいます。こんな怠け者を家に置いても役には立ちませんから、追い出してしまいましょう」

 夫はそれを本気にして、百姓が作物を作らぬとは何たることだ、それでは食べていけないと言って、子供たちを家から出すことにした。いよいよ明日がお別れだという日には、二人にうんとご馳走をした。二人は思うようなご馳走を食べてから、いざさらば、父も母も元気で暮らしてくださいと別れを告げて家を出た。

 家を出ると、二人はこれからどんな人間になろうかと相談した。

「俺は、東の天下様の養子になろう」

と兄が言うと、弟は

「そんなら、俺は西の天下様の養子になろう」

と言った。そうして、互いに持っている弓のつるが切れたら、どこかで一方が死んだものと思おうと言い交わして、北と南に別れた。

 弟は遠い村のばんご屋に奉公した。十年の間一生懸命に働いて、これほど働いたのだから給金は沢山もらえるだろうと思って、主人に「暇を下さい」と言うと、主人は「お前はよく働いてくれたが、実はお前にやる金が無い」と言う。代わりにこれをやろう、と一振りの刀をくれた。弟はがっかりして、その刀を持って店を出て行った。それからどんどん歩いていると、道を牛が塞いでいる。持っていた刀を抜いて牛の鼻先に突き出してみたところが、不思議や、牛はコロリと死んでしまった。弟は「これこそ本当の名剣じゃ、よいものをもらった」と喜び勇んで先へ行った。

 そうこうするうちに、弟は奥山に迷い込んでしまった。あてもなく歩いていると、珍しくも美しい家がある。不思議に思ってほーいほーいと声をかけると、一人の女が出てきた。

「お前は大変なところへ来たものだ。ここは鬼の家で、今に鬼が帰ってくれば、お前は食われるに決まっている」

 しかし弟は怖れずに、「鬼が戻ってきたら、俺が皆殺しにしてやる」と言う。

 そうこうするうちに鬼どもが帰ってきた。弟は今こそと刀を抜いて、来る鬼来る鬼の鼻先に突き出した。それだけのことで鬼は次々に倒れて、見る見る間にみんな死んでしまった。

 弟は先の女を呼び出して言った。

「鬼もこうしてみな打ち殺してしまった。お前は、鬼の宝物のありかを知っているのだろう」

「はい。鬼の一番の宝は床の間に置いてある生き鞭で、それを一振りすれば死んだ人間がすぐに生き返る」

 弟は早速その生き鞭を取り、女にも他の宝物をやって、「お前も早く故郷へ帰るがいい」と言った。

 その時、弓のつるがパチンと切れた。これは大変、兄が死んだ。弟は驚いて、飛ぶようにして東の天下へ行った。行ってみると、ちょうど死んだ兄の葬儀が始まったところであった。弟が兄を棺から引き出して生き鞭を一振りしたところ、兄はたちまち目を開けた。

 それから二人はかねてからの願いどおり、兄は東の天下様の養子になり、弟は西の天下様の養子になって、一生安楽に暮らしたということである。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※かなり形が崩れてしまっていて、「異常誕生」も「女を挟んでの対立」もない。ただ、生命の指標のモチーフはかろうじてある。



二人の兄弟の話  古代エジプト

 兄のアヌビスと弟のバータがおり、弟は息子のように兄の家に身を寄せていた。

 弟は牧畜・酪農・買物など家の全ての仕事を引き受け、貧しい食事をとって家畜小屋で眠っていた。牛達はいつも弟にいい草のある場所を指示し、彼の世話する牛達はよく肥え殖えるのだった。

 土が水の下から現われて畑を耕す時期、畑仕事にかかっていたとき、兄に家から種を取ってくるように命じられて取りに行くと、兄嫁が弟に一緒に寝ようと誘った。弟は激怒して拒んだが、義姉は恥をかかされたと恨み、また夫に告げ口をされないか心配になって、油と塗り薬を塗り付けて灯も点けずに横になり、帰ってきた夫に「あなたの弟に誘われて、拒んだら殴られた」と訴えた。「あの人を殺さないなら私が死ぬ」とも。

 兄は激怒し、家畜小屋の扉の後ろに待ち伏せして、帰ってきた弟を刺し殺そうとした。

 日没後に弟は戻ったが、牛達が注意を促すのでこれに気づき、逃げ出した。兄は追う。弟が太陽神ラー・ハラクテに祈ると、二人の間はワニで一杯の川で隔てられた。

 手を二度打って悔しがる兄に対し、弟は

「太陽神が裁くから朝まで待ってくれ。僕は二度と家には戻らず、アカシアの谷に行く」と言った。

 朝になると二人は対峙して互いを見、弟は真相を述べると、ナイフで自分の性器を切り取って水の中に投げ込んだ。それはなまずが飲みこんだ。

 弟が見る見る衰弱したのを見て兄は泣いたが、川を渡ることは出来なかった。弟は

「僕の心臓をアカシアの花の上に置いておく。万が一松が切り倒されて心臓が地に落ちたとき、六年はかかるかもしれないが、落ちた心臓を探してきれいな水を入れた杯に入れてくれ。そうしたら僕は自分を殺した者に復讐するため生き返る。自分に異常が起きれば、杯についだビールが泡立つのですぐ分かるから」と言って去った。

 兄は家に帰り、妻を殺して犬に与え、弟の喪に服した。

 弟はアカシアの谷に行き、野獣を狩っては夜になるとアカシアの花の上に心臓を置き、その木の下で眠った。やがて立派な城を建てた。

 ある日、国中を見回る九人の神がやってきて、相談して言った。

「ああ、バータ、九神の雄牛よ、お前は兄のアヌビスの妻のおかげで都を出て、こんなところに一人で住んでいるのか? ご覧、兄は妻を殺したよ。これでお前が受けた災難も償われたわけだ」

 ラー・ハラクテ神は非常に同情して、創造神クーヌムに頼み、国中のどんな女より美しく、体の中にあらゆる神の入り込んだ女が彼の伴侶として与えられた。しかし運命を定める七人のハトール(ハトホル)神は口を揃えて「この娘は無惨な死に方をするだろう」と言った。

 バータはひどく女に焦がれ、私は(去勢されているので)お前と同じように女だから、お前を助けられない、だから海には近寄るなと、そして自分の心臓の秘密まですっかり話した。

 ある日、妻はバータが狩りに出ている間にアカシアの木の下に行こうとして、急に海に追われた。海はアカシアに女を捕まえるように言い、髪の一房が取られてエジプトのファラオの洗濯場に運ばれた。髪の香水のような匂いがファラオの服に付き、叱られた洗濯夫達によって発見された髪はファラオに献上された。

 人々はこれはラー・ハラクテ神の娘の髪だと言い、方々に使者が出されたが、アカシアの谷に出された使者だけがバータに殺されたために帰ってこなかった。ただ、一人だけをそれを報告させるために殺さなかった。

 ファラオは多くの兵と戦車と、同時に一人の女にあらゆる装飾品を持たせて送り出した。バータの妻は装飾品に魅入られて女と共にファラオの許に来、ハレムの女王となった。

 ファラオが女にバータの弱点を尋ねると「あのアカシアを切り倒して切り刻んでください!」と女は言い、アカシアは切り倒されて、バータは死んだ。

 

 翌日の朝、兄のアヌビスが手を洗おうと下男にビールを杯につがせて差し出させると、それは泡立ちこぼれ、葡萄酒を出すと腐っていた。

 兄は杖と武器を持ってアカシアの谷に旅立ち、城の寝台で弟が死んでいるのを見て泣いた。そして心臓を探したが、三年の間見つからず、四年目、エジプトへ帰りたいのを抑えて後一日だけ、と捜し続けるうちついにそれを発見した。

 鉢のきれいな水に投げ込むと、夜になって心臓が水を吸い、弟は動きだし、兄が弟の死体に心臓を飲ませると蘇生した。

 甦ったバータは美しい巨大な雄牛に変身し、兄を乗せて歩き出して、太陽の上る頃にファラオの王宮に着いた。ファラオは兄に牛と同じ目方の金銀を与え、雄牛を買いとって、国の誰よりも寵愛した。

 ファラオに献上された雄牛は、ある日料理場に行くと、あの女に自分の正体を明かした。女はファラオに頼んで雄牛を殺してその肝を食べた。雄牛は人々に担がれていく時、王宮の門柱の脇に二滴の血を振り落としたが、そこから一晩で大きな二本のナシの木が生えた。

 数日後、ファラオが女を連れてその木を見に行ったとき、木は自分がバータであることを女に告げた。女はファラオに頼んで木から家具を作らせた。

 木が倒されるとき、その木屑が女の口に入り、女は妊娠して男児を産んだ。ヌビアの王子と呼ばれて可愛がられ、跡継ぎとなった。王が死んで跡を継ぐと、王子は役人達と女を集めて話した。自分がバータの生まれ代わりであることを。そして母である女を罰し、それから三十年のあいだ国を治めて、死んだ後は跡継ぎに兄を据えたのだった。



参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.

※これは古代エジプトのパピルスに書かれていた、とても古い物語だ。

 継子的な位置にいる少年が女の讒言で家を追われること、物言う牛の警告、女の美を示すものが王の手に渡り、王が女を探し出して妃とすること、生命の指標と兄弟の助太刀、死んで牛に変わった男、その牛が殺されて木になる、木の欠片が口に入って妊娠、最後に人々を集めて真相を暴露する結末と、非常に多くの説話と共通する部分を持っている。

 また、体外に隠しておいた魂を妻の裏切りで攻撃されて死ぬ点は【心臓のない巨人】、男性器が魚に呑まれる点はエジプト神話のオシリス伝説、神々の作った最も美しい女が災いを呼ぶ点はギリシア神話のパンドラのモチーフと共通している。

 アカシアの上の心臓は枝の上の卵のようでもあるし、生命の果実のようでもある。木から落ちたそれを甦らせるには水に浸けなければならないというくだりは、まさに[三つの愛のオレンジ]と同一だ。後半部、何度も殺されては次々に転生する展開も、とても似ている。



参考--> 「タロイェラと彼の娘」「髪長姫




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