>>参考 「太陽の妹」「小さな太陽の娘」「木の上のたまご姫」「足飾り
     [その後のシンデレラ〜偽の花嫁型]【蛇婿〜偽の花嫁型】[偽の花嫁]【金のなる木

 

三つのシトロン  イタリア 『ペンタメローネ』五日目第九話

 トッレルンガの王様には息子が一人おありでしたが、目に入れても痛くないほどの可愛がりようで、この息子に全ての望みをかけておいででした。王様は、息子が早く良き伴侶を得て、ご自分がおじい様と呼ばれる日が来るのを心待ちにしておられましたが、王子にはまるでそんな気がありません。父王の涙も、家臣の懇願も、賢者たちの忠告も無駄なことで、王子の意固地な心を動かすことはできないのでした。

 しかし、たった一時間が百年間なかったことを起こすのはよくあることです。ある日の食事中、王子はクリームチーズを半分に切ろうとして、自分の指を切ってしまいました。というのも、カラスが飛び回っているのに気を取られたからです。血が二滴チーズの上にしたたりました。これがとても美しい色のコントラストを作り出したものですから、突然に、王子はこのような白と赤の色を備えた花嫁を持ちたいという願望に取り憑かれました。

 これは、意固地な若者への愛の女神の罰か、父の嘆きを見かねた天の思し召しだったのかもしれません。王子は王様に向かって言いました。

「父上、もしこの色を備えた妻が得られなければ、私はおしまいです。今まで女が欲しいと思ったことはありませんでした。しかし、今や私の血と同じ色をした女に恋焦がれるのです。ですから、私に元気で生きていて欲しいとお望みなら、世界中を旅する費用をご用立てください。このクリームチーズとそっくり同じ色をした美女を探してみたいのです。もしこのお許しがいただけないのでしたら、私の命は尽き、冥土へ参ることになるでしょう」

 王様は、この正気とも思えぬ決心を聞かれますと、耳に家が崩れ落ちるような轟音を聞いた気になられ、唖然として立ち尽くされました。顔色を赤くしたり白くしたりを繰り返し、ようやく口を開きました。

「我が息子よ、我が魂の核、我が老齢の支えよ。どうしたのだ、気でも変になったのか。そなたは今まで妻など絶対要らぬと言っていたのに、今ではわしの命を絶つほどの妄想に取り憑かれておる。自分の炉端と我が家を捨てるような気にどうしたらなれるのだ。旅人というものが、どんな危険や困難にさらされるのか、そなたには分かっていない。息子よ、どうかその狂気を捨ててくれ。目を覚ますのだ。わしの命が破壊され、この家や王国が滅び去るのを見たいわけではないだろう」

 しかし、どんな言葉も、誰の声も、王子の耳をすり抜けるだけでした。不幸な王様は、我が息子が鐘楼にとまったカラスさながらだと見て取ると、クラウン金貨の山と二、三人の家来を与え、息子の旅立ちを許可しました。しかし、心のうちでは心臓が引き裂かれるようでしたから、バルコニーに上って、激しく泣きじゃくりながら、我が子の姿が見えなくなるまで見送っておられたものです。

 

 王子は馬に乗って森を抜け、野を横切り、山を越え、谷を渡り、平原や丘を通過し、多くの国を見て多くの人に会いました。この間ずっと、願望の女性を探していたことは言うまでもありません。四ヶ月が過ぎたころ、王子はフランスの海岸にやってきました。そこで足が痛み出した家来たちを病院に残して、一人ジェノヴァの沿岸航行船に乗り、ジブラルタル海峡まで行きました。そこからもっと大きな船に乗り換え、西インド諸島まで旅しました。そうして通った全ての場所で、王子は心に刻んだ美しい姿を探しました。

 多くの航海の後、船はある島に錨を下ろしました。王子が上陸してみると、全身しわだらけで恐ろしい顔をした、とても年取ったお婆さんに出会いました。王子がここに来たわけを話すと、お婆さんはとても驚きました。そんな気まぐれと奇妙な願望を満たすために、これほどの苦労をするなんて、というわけです。

「お若いの、すぐにここから逃げるんだ。わしの三人の息子は人食いだから、もしもお前を見つけたら、たちまち鍋とフライパンで料理されてしまうだろうよ。さあ、野ウサギみたいにお逃げ。だけど、そんなに遠くに行かないうちにいいことがあるよ」

 これを聞くと、王子はぞっとして「さよなら」と言うのもそこそこに逃げ出し、走りに走って別の国にやってきました。ここで更に醜いお婆さんに出会い、同じ一部始終を語りました。このお婆さんも言いました。

「すぐにここから逃げるんだ。わしの娘の鬼女たちに食われたくなかったらな。さあ走れ、日が暮れるぞ。だが、ほんの少し行くだけでいいことがあるぞ」

 王子は再びお尻に火がついたように駆け出し、走りに走って、別のお婆さんに出会いました。このハリネズミのように毛むくじゃらのお婆さんは、車輪の上に座り、手にはケーキと甘いお菓子の沢山入ったかごを下げていました。お婆さんはかごの中のお菓子を何頭かのロバに与えていたのですが、そのうちロバたちは川岸を跳ね始め、何羽かの白鳥を蹴飛ばしていました。

 王子は丁寧に一千回もお辞儀をし、自分のこれまでの来歴を物語りました。お婆さんは優しい言葉で王子を慰め、思わず指を舐めたくなるようなご馳走を出してくれました。食事が済むと、お婆さんは、木からもいだばかりのように見える三つのシトロン(レモン)と見事なナイフをくれながら言いました。

「さあ、これを持ってイタリアへお帰り。お前の仕事は終わり、探していたものは見つかったのだよ。帰る途中、故郷が近づいたら、最初に見つけた泉のほとりでこのシトロンを一つ切りなさい。美しい妖精が出てきて「何か飲み物を」と言うはずです。お前はすぐに水をやらねばなりません。さもないと妖精は水銀のように消えてしまいます。たとえ、最初と二番目のに水をやりそこなったとしても、三番目の妖精にはよくよく気をつけて、素早く水をやるのだよ。そうすればお前から逃げ出すこともなく、お前は心に願ったとおりの花嫁を得ることができるのだから」

 王子は歓喜して、お婆さんの手に百回もキスしました。それからお別れの挨拶をして海岸に引き返すと、船に乗り、我らが海たる地中海に戻ってきました。一千もの嵐と危険に遭った後、王子は自分の国まであと一日という港に着きました。ここで上陸して、美しい小さな森にやってきました。木の枝葉がうまく日光をさえぎり、牧場のような場所を作り出しています。王子は泉の傍で馬を下りて草のじゅうたんに座ると、おもむろにナイフの鞘をはらい、最初のシトロンを切りました。するとどうでしょう。中から、クリームのように美しくイチゴのように赤い、目の覚めるような乙女が現れ、「何か飲み物をください」と言うではありませんか。

 王子はポカンと口を開け、ただ見とれているばかりでした。とても水を汲むどころではありません。乙女はたちまち消えうせてしまいました。

 王子はひどくショックを受けました。熱望してやっと手に入れたものが、一瞬で消えてしまったのです。二番目のシトロンを切ったときにも同じことが起こり、王子は同じ打撃をこうむりました。両の目から涙が泉のように溢れました。

「ああ情けない。二度までも、手がしびれ全身が麻痺したように、妖精を取り逃がしてしまった。猟犬のように走らねばならないとき、石のように座っていただなんて。なんてヘマをしたのだ。さぁ、根性を出せよ、ろくでなしめ。三は幸運の数、今度こそ最後のチャンスだからな。このナイフに従って妖精が私のものになるか、私が運命に従って死ぬかのどちらかだ」

 王子は三つ目のシトロンにナイフを入れました。すると妖精が出てきて言いました。

「何か飲み物をください」

 王子は稲妻のように走り、水を持ってきて妖精に与えました。するとどうでしょう、目の前に素晴らしく美味しそうな美女が立っているではありませんか。誰も見たことのない美しさ、最も美しいものより美しく、最も上品なものより上品としか言えません。まるで神々が彼女を飾り立てて祝福しているかのよう。どんな人でも、彼女を見れば恋の欲望のとりこになるでしょう。

 王子は、しばらくこの果実から生まれた乙女に見とれ、「これは現実なのか」と呟いたりしていましたが、やがてこれがまごうことなき現実だと分かると、妖精を抱きしめ、何百回もキスをし、少しつねったりもして、一千回もの愛の言葉を交わしあいました。でも、ついに王子が言いました。

「我が魂よ、私はお前の姿に相応しい服も着せず、妃の位に相応しい供も連れさせずに父の国に連れて行くわけにはいかない。しばらく、この樫の木に登って、あの空洞うろの中で私の帰りを待っていてくれ」

 それから地面につばを吐き、これが乾かないうちに服とお供を用意して戻ってくるからと約束して、心から名残を惜しみながら去っていきました。

 

 ところで、ちょうどこの時、一人の黒人の奴隷女が、女主人の言いつけでこの泉に水汲みにやってきていたのです。奴隷女は水に映った妖精の姿を見て、てっきり自分自身だと思い込み、驚いて叫びました。

「まぁ、可愛そうなルチア。こんなに綺麗なお前が、水汲みなんかをやらされるなんて!」

 言うが早いか、奴隷女は持っていた水瓶をめちゃめちゃに壊してしまいました。そして帰ると、女主人が手ぶらで帰ってきた理由を問いただしました。奴隷女は答えました。

「泉には行きましたが、水瓶が勝手に石の上に落ちてしまったんです」

 女主人はぐっと怒りをこらえ、今度は立派な水桶を渡して、もう一度水汲みに行かせました。奴隷女が泉を覗くと、また美しい姿が水に映っています。ほーっ、と大きなため息をついて、奴隷女は言いました。

「あたしは、もう奴隷なんかじゃないわ。ガチョウみたいに水かきのついた足でバシャバシャやってるなんて、まっぴらよ。こんなに綺麗なあたしが、どうして水桶なんて持って泉に来なけりゃならないの」

 奴隷女は水桶を投げつけて粉々に壊してしまいました。そして女主人のところに帰ると、小声で不機嫌そうに言ったものです。

「ロバが通りかかって水桶を蹴っ飛ばしたので、壊れてしまったんです」

 今度こそ女主人は黙っていませんでした。ほうきの柄でしたたか打ちすえたものですから、奴隷女はそれから何日も体が痛んだほどです。女主人は、今度は皮の袋を渡して言いました。

「さあ、急いでお行き、踵が肩に届くほど一生懸命走るんだ。このロクデナシのバッタ足女め。もうお前の嘘になんて騙されないよ。もしこの袋いっぱいに水を入れてこなかったら、叩き潰してゼリーにして、性根を入れ替えてやるからね!」

 奴隷女は、女主人が激怒したのを見て初めて恐怖を感じましたから、ウサギのように駆け出しました。しかし、皮袋に水を満たしていますと、またもあの美しい顔が映っています。奴隷女はこれを見て叫びました。

「このあたしが水を汲むですって。あたしはこれから運と結婚相手を探すのよ。何の因果か知らないけれど、こんな美人の私があんな性悪女に使われるなんて、冗談じゃないわ」

 それから、奴隷女は頭に挿した大きなピンを抜き取ると、皮袋にむちゃくちゃに突き立てました。すると、袋の水は無数の噴水となってピューッとほとばしり出ました。

 これを見た妖精は、あまりのおかしさに、思わず声を立てて笑ってしまいました。顔を上げて木の中の隠れ家を見つけた奴隷女はひとりごちました。

「ははぁ、あたしがおかみさんにぶたれたのは、こいつのせいだったのね。まぁいいわ、今に見てなさい」

 それから、大声で妖精に話しかけました。

「そんなところで何をしているの、綺麗なお嬢様」

 妖精は礼儀作法の権化みたいな娘で、とても純真でしたから、自分の身に起こったことのすべてを細大漏らさずに話しました。つまり、王子様に出会ったことから、今は自分たちの婚礼のため、彼が服と供を連れて戻ってくるのを今か今かと待っているのだということまでを。奴隷女は内心ほくそえみながらこの話を聞いて、うまく立ち回ればこの幸運を横取りできるぞと思いました。

「カレを待っているなら、あたしもそこに行って、あんたの髪を梳いてやって、もっと綺麗にしてあげましょうか」

「まぁ、それは願ってもないことよ」

 妖精は手をさし伸ばし、奴隷女はその手につかまって木に登りました。そして妖精の髪を梳くようなふりをして、いきなり頭に大きなピンを突き立てました。妖精は頭を刺し貫かれたのを感じると、「ハト、ハト」と叫び、一羽のハトに姿を変えて飛び去りました。

 奴隷女はまとっていたボロを脱ぐと、それをまとめて一マイルも向こうに投げ捨てました。そして、素裸になって木の中に納まりますと、まるでエメラルドの家に黒曜石の彫像が座ったように見えました。

 すぐに、王子が立派な馬車行列を従えて戻ってきました。ところが、白いミルク鍋を置いていったところに黒いキャビアがあるのです。王子はわけが分からず、混乱して呟きました。

「私が幸せな記録を書こうと思っていた真っ白い紙に黒いインクの染みをつけたのは誰だ? 幸せを見出そうと洗ったばかりの白い家に黒い喪中の布を掛けたのは誰だ? 私を豊かにしてくれるはずの銀山が、こんな黒い試金石に変わっているのは何故なのだ」

 王子が狼狽しているのを見て、狡猾な奴隷女は言いました。

「王子様、驚かないでくださいまし。あたしは魔法を掛けられて、黒いムーア人にされてしまったんです。一年間は黒いけれど、次の一年には白くなりますわ」

 どうにも仕方がないものですから、哀れな王子は諦めて、この苦い薬を飲み込みました。彼は奴隷女を新しい衣装で包んで飾り立ててやり、意気消沈し、怒りで仏頂面をしながら、自分の国へ引き上げて行きました。この花嫁を出迎えた王様と王妃様の心境たるや、死刑の判決を聞いた死刑囚もかくあらんと思えるほどでした。白いハトを求めて全世界を回り、けれど真っ黒な奴隷女を持ち帰っただけの息子の馬鹿さ加減がはっきり証明された、と両親は思いましたが、それ以上はどうすることもできず、この花嫁と花婿に王位を譲られ、王冠を載せておやりになったのです。

 

 さて、目を見張るばかりの祝宴の準備が進められ、料理人たちが忙しそうにガチョウの羽をむしったり、仔豚を屠殺したり、山羊の皮をはいだり、骨付き肉にソースを掛けたり、鍋のスープのあくをとったり、ミートボールを作ったり、鶏のお腹に詰め物をしたりして、一千もの豪華なお膳を作っておりますと、一羽の美しいハトが調理場の窓辺に飛んできて、こんな歌を歌いました。

ねえ、コックさん、調理場のコックさん、

教えてちょうだい、お願いよ、

王子様とムーア人の黒いお妃は、今日は何をしているの。

 はじめ料理人は気にも留めませんでしたが、ハトが同じ歌を何度も繰り返すものですから、とうとう宴会係のところに走っていき、この不思議を伝えました。お妃はこの歌を聞くや否や、すぐにハトを捕らえて切り刻めと命じました。料理人はこの性悪な女狐の言いつけに従い、なんとかハトを捕らえて、熱湯につけて羽をむしると、湯と羽はバルコニーから地面に投げ捨てました。

 それから三日も経たないうちに、そこから立派なシトロンの木が生えてきて、日一日とすごい速さで大きくなりました。

 ある日、ちょうどその前の窓際に立った若い王様が、その木に気づきました。以前そんなところにシトロンの木などありませんでしたから、王様は料理人を呼んで、いったい誰がこの木を植えたのかと尋ねられました。料理長が一部始終を話しますと、王様はこれにはきっと深い因縁があるに違いないと思い始められ、なんびともこの木に触ってはならぬ、もしこれに背けば死刑に処す、そして細心の注意を払って大切に育てるよう命令されました。

 数日のうちにこの木に美しいシトロンが実を結び始めました。それは、あのお婆さんがくれたシトロンにそっくりでした。実が熟すると、王様は早速それを集めさせ、水の入った大きなコップを持って一部屋に閉じこもりました。そこで、片時も肌身離さず持っていた、あのお婆さんのナイフで、このシトロンを切ったのです。

 結果はこの前とそっくり同じでした。最初と二番目の妖精はあっという間に消えうせました。しかし、三番目の果実を切り、出てきた乙女に水を与えますと、あの木に残してきたのとそっくり同じ妖精が目の前に立ったのです。妖精はすぐに、黒い奴隷女に騙されたことを打ち明けました。

 真実を知った時の王様の歓喜の一部でさえ、誰にも言い表すことはできないでしょう。王様は両腕にしっかりと妖精を抱きしめ、その後で王妃に相応しい衣装をまとわせて宝石で飾り立てると、手を引いて広間の中央に出られました。そこには、婚礼の祝宴のために、全延臣、全貴族が勢ぞろいしています。

 王様は、集まった人たち一人一人に尋ねられました。

「このような美しい貴婦人に危害を加えた者には、どういう罰を与えるのが相応しいと思うか?」

 ある者は絞首刑が相応しいと答え、またある者は石投げの刑が相応でしょうと言い、更にある者は腹に大槌を打てばいい、スカモニアの下剤を飲ませればいい、首に石臼を乗せればいい、といった具合に、めいめいがそれぞれの刑罰を提案しました。ついに王様が王妃を呼び、同じ質問をしますと、哀れな王妃は答えました。

「そんな奴は火あぶりにして、灰をお城のてっぺんから撒き散らしてやればいいと思いますわ」

 そこで王様が言いました。

「お前は自分のペンで自分の運命を書き記し、自分で自分の足を切り落としたのだ。お前ほどの悪行をなした者はいないのだぞ、この黒犬め。ここにいるのが、お前が頭にピンを突き立てた乙女であることが分からぬのか。さあ、どう答える。悪事をなす者は相応の報いを覚悟せねばならぬ。お前も、自分でまいた種は自分で刈り取らねばならぬのだ」

 王様は奴隷女を引っ立てて大きな薪の山に乗せ、火あぶりにして、その灰を城のてっぺんから風に撒き散らすように命じられました。

 かくして、

茨の種を蒔く者は裸足で歩いてはならない

 という諺に偽りのないことが証明されたのです。



参考文献
『ペンタメローネ[五日物語]』 バジーレ著、杉山洋子・三宅忠明訳 大修館書店 1995.

※この系統の話としては、西欧の文献上では最古のものである。乙女が再びシトロンの果実に再生してそこから出てくる展開は、いかにも植物的な再生で、分かりやすくすっきりしている。

 シトロンをくれる老婆は、登場の仕方はスラヴのババ・ヤガー(山姥)そのものではあるが、車輪の上に座っていたり、もっといわくありげな感じである。何故なら、車輪は"運命"や"世界"を象徴するものだからだ。その上に座る彼女は、世界を支配する大母神なのだろう。甘いお菓子で宥められるロバたちは冥界そのもの、あるいは冥界の関守や獄卒であり、ロバに蹴られる白鳥は死者の魂なのだろう。王子は冥界を旅して花嫁を得てきたわけである。



参考--> 「小さい野鴨」「若返りのリンゴと命の水



三つの金のオレンジ  スペイン

 昔、小さな王子が泉に石を投げて遊んでいました。そこにラ・モーラというムーア人の女が水汲みにやって来て王子を叱り付けました。けれど王子は石投げを止めず、ついにラ・モーラの水瓶を割ってしまいました。腹を立てた女は王子に言いました。

お前がやがて若者になった時、三つの金のオレンジを見つけるまでは 心安らぐことがないように!

 ラ・モーラは魔力を持った女でした。

 成長すると、王子はラ・モーラの言葉が気になって仕方なくなりました。それでとうとう、三つの金のオレンジを求めて旅に出たのです。

 城から乗って出た白馬はすぐにびっこをひいて使い物にならなくなり、王子は歩いて旅を続けました。長い長い旅の後、黒い山羊を連れた老人に行き会いました。

「どこへ行きなさる? キリスト教徒よ。なにせ、お前さんがここを通るのははじめてじゃからな」

「私は三つの金のオレンジを探しています。もしや、そのありかをご存知ではありませんか?」

「もっと先へ行くがよい。教えてもらえるじゃろう」

 そこで王子が先へ進むと、すぐに、黒い馬を引いた僧侶に出会いました。

「どこへ行きなさる? キリスト教徒よ。なにせ、お前さんがここを通るのははじめてだからな」

「私は三つの金のオレンジを探しています。もしや、そのありかをご存知ではありませんか?」

「お前さんにこの石をやろう。ここから三百歩 歩いたところで、できるだけ遠くへ投げるがよい。石の落ちたところでみつかるはずだ」

 王子が僧に教えられた通りに三百歩進むと、広い谷間に出ました。石を投げると、石は谷川の中に落ちて消えました。しかし、王子は諦めませんでした。服を脱いで川に飛び込みました。

 川の底は美しい庭になっていました。中央に噴水があり、その脇に一本のオレンジの木が植わっていました。枝いっぱいに白い花が咲いて芳香を漂わせていましたが、中に一枝だけ、金色の実が三つ実ったものがありました。

 王子はその枝を折り取りました。――と、足を滑らせて噴水に落ちました。たちまち王子は川の中に戻っていて、岸に這い上がりました。

 

 三つの金のオレンジの実った枝を持って、王子は帰途に就きました。けれど、途中で喉が渇いて死にそうな気分になり、オレンジを一つ食べることにして剣で割りました。途端にオレンジが叫びました。

水を、水を! 水をください!

でないと死んでしまう

 けれども、王子は水を持っていませんでした。それで、そのオレンジは死にました。

 王子は歩きに歩き、一軒の宿屋に着きました。王子はそこで食べ物の他に水を一びん、ぶどう酒を一本買いました。それから宿屋を後にして、また長い旅を続け、涼しい木陰を作っているトネリコの木の下で休み、二つ目のオレンジを割りました。

水を、水を! 水をください!

でないと死んでしまう

 王子は水をかけようとしましたが、間違えてぶどう酒をかけてしまいました。それで、そのオレンジも死にました。

 王子は少し休憩した後、沈んだ気持ちで出発しました。やがて谷間に至り、深い川の流れに突き当りました。王子は川岸に腰を下ろし、三つ目のオレンジを割りました。するとオレンジが叫びました。

水を、水を! 水をください!

でないと死んでしまう

 王子はオレンジを川の水に浸しました。たちまち水の面が泡立ったかと思うと、泡の中から太陽よりも美しい少女が現れました。王子は一目でこの少女に心奪われました。そして少女を連れて旅を続け、最初に着いた村で結婚しました。

 

 二人がこの村で暮らして一年ほどが過ぎ、二人の間には可愛い男の子も産まれていました。そして息子を見るにつけ、王子は自分の父のことを思い出さずにはいられなくなりました。それでとうとう城に帰ることにして、妻と息子を連れて帰還の旅に出ました。

 旅の果てに、夫婦は父の城のある町に着きました。町の門のすぐ側に泉があり、その縁にはカシの木が立っています。王子は妻に言いました。

「この泉のところで待っていておくれ。これから私は父のもとへ行き、我々が結婚したことを告げてこよう。その間そなたの身に間違いのないよう、子供を抱いてこのカシの木の一番下の枝に座っておいで。そうすれば葉の陰に隠れていられるから」

 そして妻はカシの木に登って葉陰に隠れ、王子は城に向かいました。

 王子のいないわずかの隙に、一人の女が泉に水を飲みにやってきました。かつて幼い王子に呪いの言葉をかけた、ラ・モーラでした。ラ・モーラはコップを持っていなかったので、直接水面に口をつけて飲もうとしました。すると、水面にオレンジ娘の美しい顔が映って見えました。

「なんてまぁ、私ったら奇麗だこと!」

 もっとかがみ込んでみると、水に映った顔は今まで見たこともないような美しさです。

「なんて、私ったら奇麗だこと!」

 けれど、三度目にかがみ込んだ時、ラ・モーラはそれが自分の顔ではなく、木の枝に座った女の顔だというのに気付きました。そして無性に悔しくなりました。しかしそれを隠して、猫撫で声で言いました。

「おきれいなお姫様、降りておいでなさい。赤ちゃんを落としたら大変ですよ」

 オレンジ娘は本当に落とすかもしれないと心配になって木から下りてきました。ラ・モーラは赤ん坊やオレンジ娘を散々誉めそやし、おだて、髪の毛がほつれていると言って、直してやるふりをしました。そしていきなり、オレンジ娘の頭に一本のピンを突き刺しました。たちまちオレンジ娘は一羽の鳩になって飛び去りました。ラ・モーラはオレンジ娘そっくりに変身すると、赤ん坊を抱いて木の枝に座りました。

 まもなく、王子が金の馬車に乗って大勢の家来を引き連れて戻ってきました。王子は、偽の妻を木から下ろした時、どこかがいつもと違うような気がしました。

「私には、お前が何だか別人のように見える」

「顔が日に焼けただけでございます」と女は答えました。「旅を終えれば、すぐに元通りになりますわ。さあ、お父様の元に参りましょう」

 こうして王子と偽の妻は城に入り、やがて王が死んで王子が王位を継ぐと、偽の妻は王妃となったのです。

 

 さて、ある朝のこと。城の庭師が働いていると、一羽の鳩がやって来て桜の木の枝に止まり、庭師に尋ねました。

王様の庭師さん

「なんだい? 鳩の娘さん」

王様は、花嫁のラ・モーラと何をなさっておいでなの

「お二人は食べたり飲んだり、ゆっくりくつろいだりなさっておいでだよ」

では、赤ちゃんはどうしているの? どうぞ聞かせて

「赤ん坊は眠ったり泣いたりしているよ」

ああ、ああ、母親を恋しがって泣いているのだわ。

だってその子の母親は、赤ん坊の世話もできないで

丘の上を飛びまわっては泣いているのだもの

 そして鳩は去り、それから毎日やって来ては同じことを聞くようになりました。とうとう庭師はこのことを王様に申し上げました。若い王は、その鳩を捕まえて幼い王子のペットにするようにと命じました。王妃は鳩は果物を食い荒らすから、と殺そうとしましたが、王は許さず、鳩を息子のところに持っていきました。

 小さな王子はその日一日鳩と遊びましたが、夕方になって、鳩が始終足で頭を引っかいているのに気付きました。いかにも頭が気になるようなので王子は鳩の頭を手で探り、ピンが刺さっているのを見つけました。王子がピンを抜くと、鳩は突然、美しい女性に変わりました。王子は驚いて泣き出しましたが、女性は言いました。

「泣くのはおよし、坊や。お母様ですよ」

 そして王子を抱き上げて、いくつもいくつもキスをしました。

 その時 王が部屋に入ってきました。王は一目で本当の妻が分かりました。王は妃をしっかり抱きしめました。そこで妃は、泉のところで待っている間にラ・モーラに魔法をかけられたことを話しました。

 王はラ・モーラを捕らえようと、すぐに兵隊を送りました。これを見るや、ラ・モーラは己を真っ黒いカラスに変え、山を越えて飛んでいきました。けれどもラ・モーラは自分を元に戻す呪文を知りませんでした。ラ・モーラはそのままカラスになってしまいました。

 一方、若い王と妃は、小さな王子と共に末永く幸せに暮らしました。



参考文献
『世界むかし話3 ネコのしっぽ』 木村則子訳 ほるぷ出版 1979.

※後半にかなり強く西欧型の[偽の花嫁]が入っている。

 結末、ラ・モーラが黒い鳥になって飛び去るのが面白い。日本の「瓜子姫」によく似た展開になるものがある。



参考--> 「足飾り」「森の三人の小人



ミルクと血のような娘  アルバニア

 王子は、毎日 自分でスープを作っていた。パンを切っていた時、指を切って、赤い血が白い皿に滴った。それを見て、王子は《ミルクのように新鮮で血色がいい》という名の娘を探すために旅立った。

 旅の途中、老人に出会った。王子は知らぬことだが、この老人は主イエズスだった。

「どこへ行きなさる」

「《ミルクのように新鮮で血色がいい》という名の娘を探しに」

 すると老人は、王子に三つの胡桃くるみをくれた。

「大きな水溜まりを探して、その側でこの胡桃を一つ割るといい。すると娘が出てきて、「水!」と叫ぶだろうから、水をやるのじゃ。もし水が足りなくて失敗したら、もっと大きな水溜まりを探すんじゃな」

 王子はその通りやってみて、二度まで失敗した。三度目に成功し、《ミルクのように新鮮で血色がいい》という名の美しい娘を得た。

 王子は娘を木の上に乗せて隠して、父王を迎えに城に戻っていった。

 さて、この木の下には井戸があり、そこに腹黒い娘がやって来て井戸を覗いた。

「あら、私ってなんて奇麗なんだろう! 人にはブスだって言われるけどさ」

 すると、水に映った奇麗な顔が笑い、木の上から笑い声がした。自分の顔だと思った奇麗な顔は、木の上に座った娘のものだった。

 王子が迎えに来るのを待っているのだ、と聞いた腹黒い娘は、内心でひどく妬んだ。それに、娘に笑われたのも悔しかった。それで親切なふりをして、

「あら、おでこに虱が付いているわよ。取ってあげるから降りてらっしゃいよ」

 と言った。娘が降りてくると、腹黒い娘は娘のおでこに釘を刺した。途端に娘は鳩に変わって飛び去っていき、腹黒い娘は代わって木の上に座った。

 やがて王子が王を連れて戻って来たが、娘がひどく醜いのに驚いた。

「息子よ、お前の妻はこんなに醜いのか?」

「ここに残して行った時は美しかったのです」

 王子は途方に暮れたが、醜くなったから結婚しないと言うわけにもいかない。二人は結婚した。

 妃となった腹黒い娘は、醜い顔を見られたくないのでいつもベッドに入ったきりだった。それでも、城の窓に毎日 鳩がやってきているのを知ると、捕まえて料理するように命じた。妃は鳩料理を食べ、骨を窓から捨てた。

 すると、そこから一本の木が生えた。その大きな事と言ったら、城よりも背が高いほどだった。妃はその木を切り倒せと命じた。ところが、木に斧を打ち込むと、木はこう叫ぶのだった。

ゆっくりと、ゆっくりとだよ

痛いじゃない!

ゆっくりと、ゆっくりとだよ

痛いじゃないの!

 通りがかった老婆が、倒された木から作られた薪を二本、譲ってもらった。それをかまどのところに置いておいたが、それ以来、出かけている間に家事ができているようになった。そしてとうとうある日、薪から出て来た娘を見つけた。

「いつも家の仕事をしてくれていたのは、お前だね?」

「私です、私です。《ミルクのように新鮮で血色がいい》です!」

 娘はこれまでのことを話した。それで、老婆は王子を食事に招待した。やってきた王子は、娘を見て驚き怪しんだ。

 食事が済むと王子は言った。

「ここではいつも、食後にどなたにも昔話を語ってもらうことになっているのです」

「では」と、娘は自分のこれまでの過去を語った。

 こうして王子は《ミルクのように新鮮で血色がいい》娘を取り戻して本当の妃にし、偽者の妃は城から放り出された。



参考文献
『世界の民話 アルバニア・クロアチア』 小沢俊夫/飯豊道男編訳 株式会社ぎょうせい 1978.



 

たまご姫  ドイツ

 王子がたまご姫の噂を聞いて探し回っていた。すると、ニワトコの木の上に二個の卵を見つけた。

 一個目の卵を割ると、たまごの薄皮をまとった美しい姫が現れて水を欲しがったが、水がなかったのでそのまま死んでしまった。二つ目を割る時は注意して、水を与えると、この姫は死なずに王子の恋人になった。

 王子はたまご姫を木の上に隠して、いったん城に帰った。この木の下には泉があって、ジプシーの母娘が水を汲みにやってきた。ジプシー娘は美しかったが、色黒だった。ところが、水を見ると、色の白い奇麗な顔が映っている。娘はてっきり自分の顔かと思って喜んだが、母親が木の上にたまご姫がいることに気付いた。母娘はたまご姫を泉に投げ込んだ。すると姫は金の魚に変わり、ジプシー娘が姫の代わりに木の枝に座った。迎えに来た王子は流石に怪しんだが、娘は「待っている間に日に焼けた」と言って、王子の妻となった。

 しばらくして、妃は「あの泉にいる金の魚が食べたい」と言った。魚は捕まえられ、料理されて、骨やひれはゴミために捨てられた。すると、ゴミためから金の葉の付いた木が生えた。これを切り倒して家具にした。

 貧乏な老婆が、この時飛び散った木の屑を広い、乾かそうと思って家の余熱かまどの下に突っ込んでおいた。すると、それから毎日、留守の間に家が奇麗に片付くようになった。

 こっそり見ていると、木屑の中から美しい娘が出て来て、家を片づけているのだった。老婆は娘を捕まえ、養女にした。娘は喜んだけれど、ただ、「どうか、私を水汲みにだけは行かせないで」と懇願した。

 そのうち老婆が病気になって寝込んでしまい、仕方なく娘は水汲みに行った。その姿を王子が見かけて衝撃を受けた。王子は娘に声をかけ、水を飲ませてもらい、後を付けて、老婆の家に辿り着いた。娘はやってきた王子を見て言った。

「今日は分かったのね。あの時、馬車に乗せたのが一体誰だったのか、あなたは分かっていなかったでしょう?」

 こうしてたまご姫は城に迎えられ、老婆も引き取られて幸せに暮らした。ジプシー娘は火刑になった。



参考文献
『世界の民話 ドイツ・スイス』 小沢俊夫編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※果実ではなく、木の上の卵から生まれる、という点で、次の「ブルブル」共々、少し変わっている例である。



参考--> 「木の上のたまご姫」「三つの卵」「赫奕姫



ブルブル  パンジャブ地方

 果樹園のマンゴーをブルブルナイチンゲールが毎日全部食べてしまい、代わりに卵を生んだ。けれど、鷲がやって来てその卵を全部食べてしまうのだった。

 果樹園の持ち主である王がその様子を見て怒り、一個だけ無事な卵を見つけて持ち帰った。やがてこの小さな卵から美しい娘が孵り、体をぶるぶるっと揺さ振ると、たちまち普通の大きさになった。

 娘は美しい声で歌い、王に愛されて、やがて結婚した。二人の間には息子が一人生まれた。

 さて、王には複数の妻達がいた。他の妻達はブルブルに嫉妬して、様々な方法で彼女を害しようとするのだが、うまくいかなかった。何故なら、ブルブルの身に着けた下着は魔力のあるマンゴーの葉で出来ていたからだ。

 ところがある日、風呂に入った後で、ブルブルはマンゴーの葉の下着を着け忘れてしまった。そこで他の妻達は、ブルブルが眠っている間にその息子を殺し、血をブルブルの唇に塗った。

 王は、ブルブルが王子を食い殺したと思い、ブルブルを処刑した。

 ブルブルの死体は野にうち捨てられたが、それがマンゴーの木に変わった。髪はジャスミンの茂みになってかぐわしい花が咲き、目は小さな湖に、口はバラの花に、心臓と肝臓は二羽のブルブルナイチンゲールになって、この美しい庭園で毎朝唄うのだった。

王妃は息子を悼んで泣き

息子は玉座に登らない

王妃の顔は血だらけだが

王妃のやったことではない

 さて、王は怒りのあまりブルブルを処刑させたものの、彼女を深く愛していたので、心痛のあまり城を出て、野をさ迷っていた。さ迷ううちにあの庭園を見つけ、そこで休んだ。そして朝になり、二羽のブルブルが歌うのを聴いた。

王妃は息子を悼んで泣き

息子は玉座に登らない

王妃の顔は血だらけだが

王妃のやったことではない

 二羽の小鳥は王の側に舞い下り、喋った。

「ブルブルを愛しているのなら、一撃で私たちの首を落としなさい」

 王は鳥たちの首を切り落とした。途端に、美しい王妃のブルブルがそこに立っていた。

 二人は二度と城に帰らず、その庭園に城を建てて暮らした。



参考文献
『世界の民話 パンジャブ』 小沢俊夫/関楠生編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※花嫁のすり替わりのモチーフがなく、[その後のシンデレラ〜濡れ衣型]の型に近くなっている。



参考--> 「赫奕姫」「三つの卵」「鷲の育て子



バタウン  パンジャブ地方

 貧乏な夫婦が荒野でなすバタウンを見つけ、持ち帰って植木鉢で育てた。すると一夜で沢山の実がついて、毎日の食事に困らなかった。

 ある時、大きな実が一つだけなって、他の実が実らなかった。取って切ろうとすると、中から声がする。

気を付けて、深く切り過ぎないで

さもないと眠っている私が死んでしまう

 手でそっと割ると、中に小さな女の子がいた。女の子はダイヤのネックレスを着けていた。

「私は、なすの国から来たバタウンです。食べ物と水をください、服をください。私はずっとここにいたいんです」

 夫婦には子がなかったので、喜んで娘にした。

 バタウンは毎日 首のダイヤを回してなすの国に行き、食料を持ってきて両親に与えた。けれど、それ以外は普通の子供と変わらなかった。

 やがて成長したバタウンは、ものすごい美女になった。その評判は国中に広まった。

 この噂は王妃の耳にも届き、嫉妬した王妃はバタウンを王宮に呼び、自分の侍女にした。手許で殺してしまおうと思ったのだ。けれど、どんな方法を用いてもバタウンを殺すことは出来なかった。とうとう王妃は尋ねた。

「お前の不死身の秘密はどこなの?」

「あなたのご長男の肝臓の中ですわ、王妃様」

 王妃は自分の長男を殺した。けれどバタウンは死ななかった。

 これが繰り返され、王妃はとうとう自分の七人の息子の全員を殺してしまった。

 そのうち、バタウンは病気になった。けれど言った。

「私は死にません。誰かに心臓を突き刺されない限りは。私の心臓は、お城の庭の隅の池の金の魚の中です」

 これを聞いて、王妃は金の魚を全部殺し、ついに心臓を見つけて針で突いた。バタウンは首のダイヤを三回 回し、ダイヤのネックレスを首に巻いた鳥になって飛び去った。

 

 さて、王妃に「七人の王子は病気になって死にました」と教えられていた王は、沈んで、気晴らしに狩りに出かけた。すると白い牝鹿を見つけ、追いかけて捕まえた。牝鹿が言った。

私に触らないで

私に触らないで

だってあなたは邪悪な王妃の夫ですもの

「お前は誰だ」

「私はなすから生まれ、王妃の侍女になったバタウンです。王妃は私を殺そうとし、その為に七人の王子を殺しました。私も王妃に心臓を突かれ、今はこうして獣になっているのです」

 これを聞くと、王は強い憎悪と怒りに囚われた。王は王妃の散歩道に落とし穴を掘って、中に煮え湯を入れ、王妃を殺した。

 王妃が死ぬと、バタウンは人間の姿に戻った。王はその美しさを見て心打たれた。そして二人は結婚し、沢山の息子を得て幸せに暮らした。



参考文献
『世界の民話 パンジャブ』 小沢俊夫/関楠生編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※魔性の女だな、なす女…。王妃は彼女のために身を持ち崩したとしか思えません。

 体の外に心臓(魂)を隠している、というのは【心臓のない巨人】のモチーフ。魔物もしくは魔法使いがいて、ある少年の兄や父を石に変えてしまう。少年は魔物の許へ行き、魔物の妻とねんごろになるか魔物の召使になって信用を得、うまく魔物の心臓の隠し場所を探る。魔物の心臓は遠く離れた場所の小鳥もしくは小鳥の卵の中にある。少年はそれを探し当てて砕き、魔物は死ぬ。なんだか魔物が哀れな話だ。信頼していた者に裏切られて殺される話だから。

 くるくる回して力を出すダイヤは、メーテルリンクの『青い鳥』に似たようなアイテムがあった気がするのだが…。

 ところで、《なすの国》って…ナンヤソレ



参考--> 【瓜子姫】「小さな太陽の娘」「二人の兄弟の話



ペポカボチャ姫  ユダヤ人

 あるところに、息子を一人だけ持った王夫婦がいた。息子が十八歳になると、夫妻は彼を呼んで言った。

「そろそろ身を固めてもいいころだ」

 息子は答えた。

「花嫁を探していただけるのなら、喜んで結婚いたします」

 そこで王は国中の最も美しい乙女たちを集めたが、その誰も王子の気には入らなかった。次に、王は息子の花嫁を見つけ出した者には充分な褒賞を与える、とお触れを出した。すると、一人の老婆が王宮にやってきて言った。

「王様、私には全世界に二人といない変わった娘がおります。

 王子様には朝早く起きていただき、ナイフと水筒を持って王様の庭園に行っていただきます。そこで、一本のつるにペポカボチャ(ズッキーニ)が三つ付いているのを目にされるでしょう。ナイフでその一つを取ると、そこからこの世で最も美しい王女が現れますので、彼女に水をあげますと、すぐに王子様の花嫁になることを承知いたします」

 王は老婆に感謝し、彼女を庭園の中の小屋に住まわせた。その小屋は、王の厨房の側にあった。次いで、王は息子を呼び出し、花嫁を得るためにすべきことを伝えた。

 翌朝、王子は早く起きて水筒とナイフを持って庭園に行き、一つのつるに三つのペポカボチャが生っているのを見た。ナイフでその一つを切ると、昇る太陽のように美しい王女が、素裸でペポカボチャから出てきて訴えた。

「何か飲むものを、飲むものを、飲むものを!」

 ところが、王子が水筒から水を汲むより前に、王女は消えてしまった。そこで王子は、二つ目のペポカボチャを切り落とした。するとまた、美しい裸の王女が出てきた。

「ああ、何か飲むものを、飲むものを、飲むものを!」

 今度もまた、王子が水を与える前に、王女は消えてしまった。王子は三つ目のペポカボチャを切り落とした。するとそこから、世界に二人といない、この上もなく美しい王女が素裸で出てきて訴えた。

「ああ、何か飲むものを、飲むものを、飲むものを!」

 王子は急いで水筒の口を王女の唇に当てた。彼女はそれをいっぱい飲むと、どこにも逃げたり隠れたりしなかった。

 王子は服を脱ぐとそれで王女を包み、木の枝の上に置いた。王子は急いで王のもとへ行って、花嫁を見つけた、と報告した。その間、王女は枝の上に座り続けて待っていた。

 その枝は、井戸の上に覆いかぶさっていた。その井戸に、一人のジプシーの女が水汲みにやってきて、中を覗いて感嘆した。

「おやまぁ、なんて私は美しいの!」

 すると、木の上から王女が言った。

「あなたに災いあれ! あなたが美しいですって? 美しいのはこの私よ」

 ジプシーの女が上を見ると、王女が木の枝に座っていた。そこで王女を引き摺り下ろすと着ているものを剥ぎ取って井戸に投げ込み、それが済むと、王女の服を着て枝に座った。

 さて、喜びいっぱいの王と王妃が駆けつけてきたが、枝にジプシーの女が座っているのを見ると、息子に同情して、彼には何も言わなかった。二人は服を持ってこさせて女に着せ、王宮に連れて行った。ジプシーの女は呪文を唱えて王子を惑わし、自分が美しい王女であることを王子に信じ込ませた。結婚式の準備が始まった。

 そんなある日、王の料理人が井戸から水を汲むと、引き上げた水桶の中に黄金の魚が一匹泳いでいた。彼はそれを持ち帰って料理したが、うろこは外に捨てた。そのうろこは庭園の小屋に住む老婆に拾われ、老婆はうろこを一つ一つ丁寧に縫い合わせて小さな黄金の靴を作ると、寝る前に小屋の壁にかけた。

 朝になると、びっくりするようなことが起きていた。小屋はきれいに掃除され、パンも焼かれて朝食の支度が整っていたからである。老婆は亜麻布を織り始めたが、織り疲れてうたた寝して目を覚ますと、布は織りあがっていた。

 いったい誰が手伝ってくれているのか、老婆は知りたいと思った。そこで一晩中起きて確かめることにし、ベッドに横たわると眠ったふりをした。夜も深まったころ、この世で最も美しい王女が壁にかけた黄金の靴から出てくるのを見た。王女は暖炉を燃やして部屋を暖めたり、パンを焼いたり、小屋の中を掃除したりした。

 老婆はこっそりベッドから起き上がると、忍び足で壁の黄金の靴を取り、火の中に投げ入れた。王女はこれを見ると騒いだが、小さな靴は焼けてしまい、王女は老婆のもとに留まった。

 それからしばらくして、王女は老婆に訴えた。

「私、退屈でたまらないの。何かお仕事をください」

 そこで老婆は王のもとへ行って訴えた。

「私は退屈しております。何かお仕事をいただけないでしょうか」

 王は老婆に布切れを与え、それでテーブルクロスを作るように申し付けた。老婆は布切れを持ち帰ると王女に与え、王女はそれで庭園をあしらったテーブルクロスを作ったが、その庭園の中に自分の顔を描いた。

 老婆がテーブルクロスを王のもとへ持っていくと、王は大変気に入り、王子とその妻の披露宴のテーブルに使った。大勢の人たちが飲んだり食べたりして楽しいひと時を過ごしているとき、王子はテーブルクロスに王女の顔が描かれているのに気が付いた。

「誰がこのテーブルクロスを作ったんです?」と、王子は訊ねた。

「厨房近くに住み着いている老婆じゃ」

 王の答えを聞くと、王子はすぐに老婆を連れてくるように願い出た。やってきた老婆に王子は訊ねた。

「このテーブルクロスを作ったのはあなたですか?」

「いいえ」と、老婆は答えた。「私ではなく、黄金の靴の王女です」

 王子は老婆に王女を連れてくるように命じた。老婆が王女の手を引いて連れてくると、王子はすぐに、この世に二人といない自分の美しい婚約者であることを認めた。王子は彼女を抱きしめて涙を流し、何度も口付けをした。偽者の花嫁は王宮から追い出された。

 王子と王女は結婚し、今日まで幸せに暮らしている。



参考文献
『イディッシュの民話』 ビアトリス・S・ヴァインライヒ編、秦剛平訳 青土社 1995.

※少し話が混乱している。最初に王子に果実から生まれる乙女について教える老婆と、後半で転生した乙女を養女にする老婆が同一人物になっている。どちらも乙女の母であることに違いはなく、観念的には同一存在でいいのだが、物語的には最初の老婆は女神で最後の老婆は人間のはず……なのだけれど。

 魚のうろこ(死骸)で作った靴から転生した乙女が出てくる展開は珍しい。どことなく、[魚とシンデレラ]を思わせる。

 ペポカボチャがどの種類のそれを指すのかは分からないが、ペポカボチャの一種のズッキーニは、見た目がキュウリに似ており、【瓜子姫】との類縁をより感じさせる。【瓜子姫】は川を流れ下ってきた瓜から生まれるパターンがよく知られているが、畑に生った瓜やキュウリから生まれるパターンも存在するからだ。

 ……にしても、性格悪いぞペポカボチャ姫。ジプシー女が勘違いしたからって呪いますか、いきなり……。プライドが天より高いのね。



参考--> 「瓜姫物語」「隠元豆の娘


仙女と魔女  中国 チベット族

 昔、遥か遠い国に、一人の王子がいた。

 ある日、王子が遠見台に立って辺りを見ていると、水桶を負った老婆がよろけながら歩いているのが見えた。王子は行って、老婆を助けて水を汲んだ。老婆が言った。

「お優しい王子様。あなたによいことを教えてさしあげましょう。美しい仙女、澤瑪ツォーマ姫の居場所を。

 ここから月の出る方向にどこまでも行くと、大きな森がございます。そこの橘の木に、卵ほどの大きさの金色の実が生っています。それをもいでおいでなさい。けれど、決して途中で皮を剥いてはいけませんよ」

 王子は白い馬に乗り、遥か月の源に向かって旅立った。行くが行くが行って大きな森に入り、老婆の言った通りの実を見つけて、それをもぎ取った。

 途端に木が揺れて大風が吹き、王子は木から落ちて気を失った。

 やがて気を取り戻すと、王子は橘の実を持って城に戻った。十日経って城が見え始めると、王子は待ち切れず、橘の皮を剥いた。すると光が溢れ出て、例えようもなく美しい娘がそこに座っていた。彼女こそが澤瑪姫だった。禁を破った王子を責めるように風が四方から吹いたが、王子は馬に鞭を当てて走り抜け、城に連れ帰って結婚した。

 王妃になった澤瑪姫の侍女選びが行われた。不思議なことに、中に澤瑪姫にとても似た感じの娘がいた。この娘が侍女に選ばれ、二人はまるで姉妹のように仲良くなった。

 ある時、王子がうたた寝をしている間に、侍女が言った。

「王妃様より私の方が奇麗ですわ。比べてみましょう」

 二人は湖に行って水鏡に顔を映したが、澤瑪姫の方が美しかった。

「服や飾りのせいですわ。取り替えてみましょう」

 二人は服を取り替え、侍女は「よく見てごらんなさいませ」と言って澤瑪姫が覗き込んだところを、後ろから突き落として溺死させた。そして何食わぬ顔で城に戻って、王妃に成りすましてしまった。

 数日後、湖の真ん中に金色の蓮の花が咲いた。この珍しく美しい花のことを、馬方が王子に報せた。けれど、王子が見に行っても何もない。こんなことが三日続き、馬方が言った。

「王子を恐れているのでしょう。私の服を着てみては」

 王子は馬方の服を着て湖に行った。すると、本当に金色の花がある。王子は神に祈り、ついに金色の蓮の花を摘み取った。

 王子は花を城に持ちかえって金の瓶にさしたが、これを見て、偽の王妃――魔女は怒った。その花が澤瑪姫の化身だと知っていたからである。彼女は、王子が狩りに出かけて留守の間に、この花を山奥で焼いた。

 二、三日後、魔女は気になってならず、もう一度 花を焼いたところに行ってみた。すると灰が胡桃の木に変わっていて、実がたわわに実っていた。彼女は王子に頼み、その実を全て貧民に与えてしまった。

 宮殿の後ろに貧しい母と息子が住んでいて、遅くなってからこの話を聞いた。それで息子が急いで出かけてみたが、胡桃は既に取られ尽くして一つもなくなってしまっていた。がっかりしたが、よく見ると岩に青い実が一つ挟まっている。持ち帰って母に与えたが、母は息子にやろうと思って、食べずに窓辺に置いておいた。

 翌日、息子が出かけ、母が昼に水汲みに出た隙に、食事の仕度が整えられていた。母子は怪しみ、翌日でかけたふりをして見張った。すると、窓辺の胡桃が割れて澤瑪姫が出て来た。母は姫を捕らえて話を聞き、姫はこの家の養女になって暮らした。

 ある日、姫は屋根の上に円根を干せと命じられ、気の進まないままにやっていると、風に籠を吹き飛ばされて思わず声を上げた。それを、たまたま物見台に出ていた魔女が見た。彼女はすぐに部下に命じ、縋る母を蹴倒して姫を草原に連れさらい、火に投げ込んだ。そして灰と骨を草原に撒き散らした。

 

 撒き散らされた骨と灰に沿って地面が盛り上がり、宮殿が出来上がった。九階建てで、金に桂の木が浮き彫りにされていた。

 その頃、王子は妻の別人のように変わってしまったのにうんざりして、あちこちをさまよっていた。馬方を連れて草原に来ると、見た事もない立派な宮殿が建っている。入口には獰猛なチベット犬が番をしていたが、不思議なことに、王子が近付くと大人しく通してくれた。王子は宮殿の中をどんどん登っていったが、まるで人気はなかった。

 最後の九階に登ると美しい仙女がいた。彼女は王子を見ると何か言いたげにしたが、うな垂れた。

「私をご存知ですか?」

「お前は……我が妻の澤瑪姫だ。だが、何故ここに……?」

 澤瑪姫はこれまでのことを話した。聞き終わると、王子はすぐに城に帰って魔女を罰そうとした。だが、姫はそれを止めた。

「魔女の最期の日は来ました。ですから、わざわざお戻りにならなくてもいいのです」

 けれど、馬方は心配になって、これを城に報せた。魔女は怒って、夫を取り戻そうと宮殿に乗り込んできた。ところが九階に登った途端、予め掘られてあった穴に落ちて死んだ。

 王子と澤瑪姫は魔女の死骸を燃やし、この宮殿で仲良く暮らした。



参考文献
『中国の民話〈上、下〉』 村松一弥編 毎日新聞社 1972.

※かなりアジア風の[偽の花嫁]の匂いが強くなっているが、冒頭できちんと老婆の水汲みがあり、橘(オレンジ)を取りに行っている。ただ、他の類話では水汲みの老婆の邪魔をするか嘲笑ったことから呪いとしてオレンジ娘の話を聞かされるのに、ここでは親切にしたお礼として聞かされる。

 岩に挟まった胡桃の実を拾って持ち帰るのは、冥界に陥っていた娘を現界に連れ戻す比喩である。冥界はしばしば開閉する岩門の向こうや割れる山の中にあるとされ、民話では、仮死状態の比喩として「割れた山・地割れに挟まれて身動きできない」という状況が現れる。



関連--> [その後のシンデレラ〜偽の花嫁型]【蛇婿〜偽の花嫁型




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