>>参考 「金の履物」「金樹と銀樹」「双子の兄弟
      【白雪姫

 

いばら姫  ドイツ 『グリム童話』(KHM50)

 昔、王様とお妃様がいました。ふたりは毎日子供を欲しがっていましたが、子供ができませんでした。

 ある日お妃様が水浴びをしていると、一匹のカエルが水から這い上がってきて言いました。

「あなたの望みはかなえられる。あなたは、一年以内に娘を産むでしょう」

 カエルの言った通りになって、お妃様はひとりの女の子を産みました。その娘はあまりに美しかったので、王様は嬉しくてたまらず、盛大な祝宴を催しました。王様はこの祝宴に、親戚や友人や知人だけでなく、賢女たちも招きました。彼女たちが娘に好意を抱いてくれるようにと願ったからです。王国に賢女は13人いました。しかし賢女の食事用の皿は12枚しなかったので、ひとりは招かれず家にいなければなりませんでした。

 祝宴は盛大のかぎりをつくしておこなわれました。祝宴の終わり近くになると、賢女たちは赤ちゃんにそれぞれすばらしい素質をさずけました。一番目の女からは徳が、二番目からは美が、三番目からは富が、以下同様にこの世で望まれるあらゆる素質がさずけられました。十一番目の女が予言を終えたちょうどそのとき、突然十三番目の女が祝宴の場に入ってきました。彼女は招かれなかった復讐をしたかったのです。誰にも挨拶せず、誰も見ることすらせず、女は大きな声で言いました。

「王の娘は十五才で糸繰車のつむ(糸巻き)の針に刺され、倒れて死ぬであろう!」

 女はこれだけ言って、きびすを返して広間を去りました。みんな愕然としていました。そのとき、まだ予言を終えてない十二番目の女が歩み出ました。彼女は先の邪悪な呪いを消すことはできませんでしたが、弱めることはできたので、こう言いました。

「王女様は亡くなられるのではなく、百年の深い眠りに落ちるのです」

 愛する娘を不幸から守ってやりたいと思った王様は、国中の全ての糸繰車を焼却すべしとの命令を出しました。

 

 さて、王の娘にさずけられた賢女たちの言葉はすべて実現しました。王女には美しく、優しく、賢く、礼儀正しかったので、この子を見ると誰でも好きにならないではいられませんでした。

 娘がちょうど十五才になった日のこと。王様とお妃様は城を留守にして、娘がひとりぼっちで城に取り残されていました。そこでこの子は、城内あらゆるところを歩き回り、気のおもむくままに部屋から部屋を訪れ、とうとう古い塔のあるところにやって来ました。女の子は狭いらせん階段を上って、小さな扉の前にたどりつきました。扉の錠にはさびた鍵がささっていました。女の子がそれを回すと、扉がはねるように開きました。そこは小さな部屋で、糸巻き棒を持ったひとりの老婆が、せっせと亜麻を紡いでいました。

「こんにちは、おばあさん。そこで何してるの」と王女は言いました。

「糸紡ぎじゃよ」

「ぴょんぴょん動いてる、その面白そうなものはなあに」

 そう女の子は言って、糸巻き棒を手にして自分も糸紡ぎをしようとしました。しかし糸巻きに触れたとたん、呪いが実現して、針で指を刺してしまいました。女の子は刺されたと感じた瞬間に、そこにあった寝台の上に倒れて、深い眠りにおちいりました。そしてこの眠りは城じゅうに広まりました。ちょうどそのとき城に帰ってきて広間に足を踏み入れたばかりの王様とお妃様は眠りはじめ、城の家来たちもいっしょに眠りはじめました。馬たちも馬屋で眠りはじめ、犬たちは庭で、鳩たちは屋根で、蠅たちは壁で眠りはじめ、そしてまたかまどでゆらゆら燃えていた火も静まって眠りにつき、ステーキを焼くジュージューという音が停まり、調理場ではドジなことをした弟子の髪の毛をつかんだコックは手を放して眠りこみました。風はやみ、城の前の木の葉はすべて動かなくなりました。一方、城の周囲ではいばらが伸びてしげみになりはじめました。いばらのしげみは年ごとに高くなり、ついには城全体をおおい隠して成長を続けたので、城はまったく見えなくなり、屋根の上の旗でさえ見えなくなりました。

 こうして、この国には眠りの美女のいばら姫の伝説がゆきわたりました。王女はいばら姫と呼ばれ、ときどきよその国の王子たちがやってきては、いばらのしげみを突破して城へたどり着こうとしました。しかし彼らは失敗しました。いばらはまるで互いに手をとりあっているようにしっかり体勢をつくり、若者たちはいばらのなかで宙ぶらりんになって身動きがとれなくなり、悲惨な最後を遂げたのです。

 長い長い年月のあと、またひとりの王子がこの国にやってきて、老人がいばらのしげみの話をするのを聞きました。老人の話によると、いばらのしげみの向こうには城が建っていて、城の中に《いばら姫》というたいへん美しいお姫様が、両親や家来たちと共にもう百年も眠っているということでした。王子は、すでに他の多くの王子たちがやってきて、いばらのしげみを通りぬけようとしたものの、みんな失敗して悲惨な最後を遂げたことを、祖父からも聞きました。けれど、この若者は言いました。

「ぼくは怖くない。美しいいばら姫に会いに行くのだ」

 祖父は孫を引きとめようとしましたが、王子は言うことをききませんでした。

 その時、ちょうど百年の月日が流れ、いばら姫が眼をさますべき日がやってきていました。

 王子がいばらのしげみに近よると、そこには大きなきれいな花ばかりがあって、それらは自然に道をあけて王子を傷つけずに通してくれました。通ったあとはまた道が閉ざされて茂みになりました。城の庭に着くと、馬たちやまだらの猟犬たちが横になって眠っているのが見えました。屋根の上では鳩たちが、小さな頭を羽の中に入れてじっとしていました。建物のなかに入ると、蠅たちは壁にとまったまま眠っており、調理場のコックは弟子をつかもうとするように手をのばしたまま、女中は羽をむしられる黒いニワトリの前に座っていました。さらに広間のなかに入ると、家来たちもみな横になって眠っていました。そして上手の王座には王様とお妃様が寝ていました。

 王子がさらに歩を進めると、あたりは静まりかえって、王子の息をする音が聞こえるほどになりました。ついに王子は塔に着きました。扉をあけて小さな部屋に入ると、そこにはいばら姫が眠っていました。いばら姫の寝ている姿はたいへん美しかったので、王子の目はくぎづけになりました。

 王子は身をかがめてキスをしました。王子にキスで触れられると、いばら姫は目を開いて王子をとてもやさしく見つめました。

 ふたりはいっしょに塔を降りました。下では王様が目をさまし、お妃様と家来たちも目をさまして、みな目を丸くして互いに顔を見合わせていました。庭の馬たちは起き上がって身を振わせ、猟犬たちは飛び跳ねてシッポをふりました。屋根の上の鳩たちは小さな頭を羽の中から出して、まわりを見回して野原へ飛び立ちました。壁の蠅たちは動きだし、かまどの火は強くなって燃え上がり食物を暖めました。ステーキはジュージュー音をたてはじめ、コックは弟子に平手打ちして、弟子は痛いと声をあげました。女中はニワトリの羽を全部むしりました。

 こうして、王子様といばら姫の結婚式がたいへん盛大に催されて、ふたりは死ぬまで幸せに暮らしました。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
『完訳グリム童話(全三巻)』 グリム兄弟著、関 敬吾・川端 豊彦訳 角川文庫

※1812年。

眠り姫】として最も有名な物語だろう。呪いにかけられ、薔薇の垣の中で百年の眠りについている姫君。そして、彼女にキスをして目覚めさせる王子。多くの人は、キスで目覚めるロマンチックなシーンを想起するに違いない。

 

 姫が魔法の眠りに囚われると同時に城全体が停止し、姫が眠りから覚めると動き出す。何か人の心を惹きつけるらしく、研究文の類では、ここの描写を(グリムの優れた文才の現れとして)褒め称えてあることが多い。似たような描写は、例えば「眠れる女王」や「三人の従者」にもある。



参考--> 【運命説話



眠れる森の美女  フランス 『ペロー童話集』

 むかし、王と王妃がいましたが、子供が出来ずにとても悲しんでいました。国中のあらゆる湯治場に行き、願掛け、巡礼、細々としたおまじないと、あれこれみんなやってみて、やっと女の子を産みました。王夫婦の喜びは大きく、立派な洗礼式が行われ、その国に住む七人の仙女全員が名付け親として招かれました。そうすることで、仙女たち一人一人が、王女に素晴らしい美徳を授けてくれるしきたりになっていたからでした。

 洗礼式の後、祝宴が始まりました。それぞれの仙女の席には素晴らしい食器が並べられ、純金の容器が一緒に置かれていました。その中にはダイヤモンドやルビーの飾りのついた純金のスプーン、フォーク、ナイフが一本ずつ入っていました。ところが、みんなが席についたとき、一人の年取った仙女が入って来ました。五十年以上も塔から出なかったので、死んだか、魔法にかけられたと思って、招待していなかったのです。

 王は食器を並べさせましたが、七人分しか作らせておかなかったので、他の仙女たちにしたように金の容器を出してやることが出来ません。老女はバカにされたと思い込み、口の中で脅し文句を呟きました。それを耳にして、隣の席の若い仙女はそっと姿を壁掛けの後ろに隠しました。

 食事が終わり、仙女たちは王女に贈り物をしはじめました。

 一番若い仙女が言いました。「王女は、世界で一番美しい女性になるでしょう」

 次の仙女は言いました。「王女は天使の心を持てるでしょう」

 三人目の仙女が言いました。「王女は、何をするにも驚くほど優雅に振舞えるでしょう」

 四人目の仙女が言いました。「王女は、申し分なく上手に踊れるようになるでしょう」

 五人目の天女が言いました。「王女は、小鳥のように綺麗な声で歌えるでしょう」

 六人目の仙女が言いました。「王女は、どのような種類の楽器も全て、この上なく見事に演奏できるでしょう」

 そして、あの年取った仙女が歩み出て、忌々しげに頭を振りたてながら言いました。

「王女は糸紡ぎのつむが手に突き刺さり、それが元で死ぬだろう!」

 この恐ろしい贈り物に人々は震え上がり、涙を流しました。その時、壁掛けの後ろに隠れていた若い仙女が出てきて、声を張り上げました。

「ご安心ください、王様、王妃様。わたくしには年上の仲間の言ったことをすっかり取り消す力はございません。王女様はつむで手を刺すでしょう。けれど、死ぬことはありません。王女様は百年続く眠りに落ち、百年後に一人の王子がやって来て、目を覚ましてくれるでしょう」

 老仙女の予言を避けるため、王様は直ちに勅令を出し、いかなる者もつむで糸を紡いではならず、つむを家に置くこともならぬ、違反すれば死刑に処す、と触れさせました。

 

 十五、六年が過ぎ去りました。その日、王夫婦は別荘の一つに出かけていて留守でした。王女は城の中を走り回り、部屋から部屋へと移っていくうち、塔の上の屋根裏部屋にまで登っていました。そこには老婆が一人いて、つむざおで糸を紡いでいました。つむで糸を紡ぐことを禁じた勅命を、老婆は小耳にも挟んでいなかったのです。

「おばあさん、そこで何しているの?」と、王女が尋ねました。

「糸を紡いでいるのですよ、可愛いお嬢さん」。王女のことを知らない老婆はそう応えました。

「まぁ、なんて綺麗なの。どういうふうにやっているの? 私にもやらせてちょうだい」

 王女はとてもせっかちで、少し軽はずみでした。つむを手に取るか取らないかのうちに王女はつむで手を刺し、気を失って倒れてしまいました。

 老婆は困り果てて助けを呼びました。方々から人が駆けつけて、水をかけたり、服を緩めたり、香水をかがせたりして、王女を目覚めさせようとしましたが、できません。騒ぎを聞きつけて塔に登ってきた王は、ふいにあの仙女の予言を思い出し、起きるべきことが起きたのだと悟りました。そこで王女を城で一番美しい部屋に運ばせ、金銀の縫い取りのあるベッドに寝かせました。眠っていても王女はとても美しく、天使のようでした。生き生きとした肌の色、薄紅色の頬もそのままで、唇は珊瑚のよう。かすかな寝息が聞こえますから、生きているのははっきりしています。

 王女が眠りについてから一時間後、例の眠りの予言をした優しい仙女が、竜の引く炎の四輪車に乗って、一万二千里の遠国から駆けつけました。仙女は先見の明があったので、城にいた王夫婦以外の全ての者、家来から使用人から王女のペットの子犬、料理から燃える炎まで、全てを一瞬に凍りつかせて眠らせてしまいました。王女が目覚めたとき、一人で困らないようにするためです。残った王と王妃は愛しい娘にそっとキスをすると、城の外に出て、誰であろうと城に近づいてはならぬという禁令を布告させました。けれども、これは必要ではありませんでした。というのも、十五分後には城の庭園の周り一面に大小の樹木や絡み合ったイバラ、潅木が生い茂って、動物も人間も通り抜けられそうにないようになったからです。もはや、遥か遠くから城の塔の先端が見えるだけでした。王女を物見高い人々から守るため、仙女がそう計らったのです。

 

 百年が過ぎました。その頃、王国は眠っている王女とは別の血筋の王家が治めていました。その王家の王子が狩りに来て、深く茂った森の奥に見える塔を見つけました。

「あれは何だ。何の建物なのだ」

 王子が尋ねると、人々はめいめいが噂で聞いている通りに答えました。

「あれは古い城です。なんでも、幽霊が出る恐ろしいところだということですよ」

「いいや、あそこは夜になると国中の魔女と魔法使いが集まって、魔宴会サバトを開く場所なんですよ」

「いやいや、あそこには人食い鬼が住んでいると聞いています。子供をさらって行っては城に連れ込み、貪り食っているのです。ヤツだけがあの森を通り抜ける力を持っていて、他の誰もその後を追う事は出来ないんですよ」

「そうです、俺もそう聞きました」「私もそう聞いております」

 王子がどの話を信じたらいいのか迷っていると、一人の年取った農夫が口を開きました。

「王子様、私が父からその話を聞いたのは、もう五十年以上も昔になりますが。あの城にはこの世で一番美しい王女様がおられるそうです。その方は百年の間眠っておられるはずで、ある王子、お相手になることが定められている方が目を覚まして差し上げるのだそうです」

 若い王子はこの話を聞くと、体中が熱く燃え上がるように感じました。こんな美しい物語の結末は自分の手で付けよう、ためらうことなくそう思ったのです。そして愛と名誉心に駆られ、すぐにも様子を見に行こうと決意しました。

 王子が森に足を踏み入れたかと思うと、あの大きな木もイバラやトゲのある潅木も、自分のほうから道を開けて王子を通します。王子は並木道に入って城を目指しましたが、家来が一人も付いてこられないのに気付いて少し驚きました。王子が通り過ぎると、すぐに木々が元通りに閉じてしまっていたからです。それでも構わずに王子は歩き続けました。やがて広い前庭に出ましたが、そこにはゾッとするような光景がありました。そこかしこに人や獣が倒れて沈黙し、死が姿を現しています。……いいえ、どうやら彼らは眠っているだけらしいと王子は気付きました。彼らの血色はよく、いびきをかいている者さえいましたから。

 色々な人の眠っている多くの部屋を通り抜け、王子は金箔を貼った寝室に入りました。天蓋の幕が両側に引かれたベッドの上に、これまでに見たことも無いような光景がありました。見たところ十五、六歳の、神々しいまでに光り輝く王女です。王子は震えながらもうっとりして、吸い寄せられるように近づき、ひざまずきました。その瞬間が、魔法の解ける時間でした。王女は目を覚まし、王子に視線を定めると、初対面の相手にこれ以上できないと思われるほどの優しい顔で微笑み、「あなたでしたの、王子様」と言いました。「ずいぶんお待ちしましたわ」

 王子はすっかり魅了され、舞い上がり、しどろもどろに愛を誓いました。ふたりは四時間も話をしましたが、少しも話し飽きず、まだまだ話したいことがたっぷりあったのです。

 その間に城中の人々が目を覚ましていました。女官が食事の用意が出来たことを告げ、王子は王女に手を貸して起き上がらせました。王女はおばあさんの時代のような高い襟の古風な正装姿でしたが、美しいことに変わりは無かったので、王子は何も言いませんでした。食事の席ではもう百年も演奏されたことの無いような古い、けれど素晴らしい音楽が演奏され、食事が済むと、宮中司祭長が城の礼拝堂で二人を結婚させました。女官が寝室のとばりを下ろし、二人は殆ど眠らずにその夜をすごしました。

 

 翌朝になるとすぐ、王子は王女に暇乞いをして、自分の父の都に戻りました。そして、「道に迷って炭焼きの小屋に泊めてもらいました。黒パンとチーズをご馳走になりましたよ」と両親には言いました。人のいい父王は息子の言うことを信じましたが、母の王妃は納得しませんでした。なにしろ、それ以来 王子は毎日のように狩りに出かけ、二日三日と外泊して、帰ると何がしかの言い訳をするのです。こうなると誰もが王子に恋人のいることを疑いませんでした。こんなことが二年以上も続き、王子は王女との間に二人の子供さえもうけていました。最初の子供は娘で、暁の娘オーロールと、二番目の子は息子で、太陽の子ジュールと名づけられました。

 母の王妃は、息子をたびたび問い質しました。身分不相応な恋人を持っているに違いない、と思っているようでした。一方、王子のほうには母に秘密を打ち明けるつもりはありませんでした。というのも、この母には人食いの性癖があると噂されていたからです。特に、小さな子供を好んでいる、と。

 けれども、二年後に父王が亡くなり、自分が主君になると、王子は公然と結婚を宣言し、華々しい行列を仕立てて、森の奥の城から王妃と二人の子供を迎え入れました。

 

 それからしばらくして、王は隣国の皇帝との戦いに出陣しました。王国の摂政を王太后にゆだね、妻と子供たちをくれぐれもよろしくと頼みました。しかし、王が出発するとすぐに王太后は嫁たちを森の中の別荘に追いやって、料理長に命じました。

「明日の夕食には小さなオーロールを食べさせておくれ。ロベール・ソースでな」

 料理長は震え上がりましたが、逆らえないと悟って、包丁を手にオーロールの部屋に行きました。ところが、四歳のオーロールは無邪気に飛びついてきて、あめ玉ボンボンをねだりました。料理長は泣き出し、包丁を取り落としました。彼は裏庭に行くと子羊の喉を裂いて殺し、その肉を料理して王太后に食べさせました。

「おお、こんなに美味い肉は食べたことがない!」と、王太后は言い切りました。

 料理長は一方でオーロールを連れ出し、妻に預けて裏庭の奥にある自分の家にかくまいました。

 一週間経つと、今度は「夜食に小さなジュールを食べたいのじゃ」と王太后は言いました。料理長は今度もジュールを連れ出して妻に預け、王太后には柔らかい子山羊を出しました。王太后はとても満足したようでした。

 そしてとうとう、王太后は料理長に命じました。

「子供たちと同じソースで王妃を食べたいのじゃ」

 料理長は絶望しました。王妃は二十歳を過ぎ、肉は少し硬くなっているでしょう。どうやってそれと同じくらいの硬さの肉を用意したらいいでしょう? ついに自分の命を救うために罪を犯す決意をして、短刀を手に王妃の部屋に行きました。それでも突然襲い掛かることは出来ず、うやうやしく王太后の命を伝えました。すると、王妃は自ら首を差し出したではありませんか。

「あなたに与えられた命令を果たしなさい。わたくしは子供たちに会いに行きます。深く愛していた、可哀想なあの子達に」

 何も知らされずに連れ去られたときから、王妃は子供たちが死んだものと思っていたのです。

「いいえ、いいえ、王妃様。あなた様は死んだりなさいません。それに子供たちにもお会いになれます。ただし、かくまっている私の家でですが。あなた様の代わりに若い牝鹿を食べさせて、もう一度 王太后様を騙してしまいましょう」

 その様子に心打たれ、料理長はすぐに王妃を自分の家に案内しました。そして子供たちと抱きあって喜びに泣く彼女をそこに残し、牝鹿を料理して王太后に食べさせました。王太后はすっかり満足して、息子が帰ったら、凶暴な狼が嫁と孫たちを食べてしまったと言おう、などと考えていました。

 しかし、ある夜のこと。王太后が人肉を求めて城の中庭や裏庭をうろついていると、子供の泣き声が聞こえてきました。それは言うことを聞かなかった罰に母に鞭で叩かれようとしているジュールの声で、オーロールが弟のために許しを請う声も聞こえてきました。三人が生きていることに気付くと、王太后は激怒して、翌朝、誰もが震え上がるような恐ろしい声で命じました。

「中庭の真ん中に大桶を持ってきて、その中をヒキガエル、毒蛇、大小の蛇で一杯にするのじゃ。それから、裏庭の料理長の家にかくまわれている王妃と子供たち、そして料理長とその妻を後ろ手に縛って引っ立ててこい!」

 五人はそこに引き出され、王太后の命で、首斬り役人が彼らを桶の中に投げ込もうとしました。――その時でした。まさかそんなに早く戻るとは予想もしていなかった王が、馬で中庭に駆け込んできました。

「この恐ろしい光景は、いったいどうしたことだ!」

 みんな静まり返って、誰も王に説明しようとはしません。すると、事の成り行きに逆上した王太后が、自ら桶の中に身を躍らせたのです。彼女は自分が用意させた毒虫どもに噛み尽くされ、死んでしまいました。

 王は、それでも悲しい思いをしました。母親だったからです。けれども、その悲しみも美しい妻と可愛い子供たちが慰めてくれたのでした。

 

 教訓

 金持ち・ハンサム・優しい夫を探して しばし待つのは当たり前の話。けれども、百年も眠って静かに待つ女は今時もはや見かけない。

 結婚は遅れたところで幸せなことに変わりがなく、待つことで失うものもないと、この話は教えてくれる。

 しかし、女性は熱い思いで結婚に憧れるものだから、女たちに向かってこの教えを説く 力も勇気も、私は持ち合わせていない。



参考文献
『完訳ペロー童話集』 シャルル・ペロー著、新倉朗子訳 岩波文庫 1982.

※1697年。

 この話では、眠り姫は王子のキスでは目覚めない。しどろもどろになる王子がウブで可愛いが、ラストでは救い手として颯爽と現れてかっこいい。グリム版の王子よりはキャラが立っているかも。

 王子が最初の数年、王女との結婚を隠していて、子供も出来た後に迎えに行くのが不思議な感じだが、元々、「一度関係を持った後、眠り姫と王子は離れ離れになり、後に子供を連れた姫と再会する」という展開だった名残なのだろう。



参考--> 【運命説話



太陽と月とターリア  イタリア 『ペンタメローネ』五日目第五話 

 昔、一人の王がありました。娘のターリアが生まれた時、王は国中の賢者や占い師を呼び集めて娘の未来を予測させました。占い師たちは何度も相談を重ねてから、「亜麻の繊維に混じったトゲがこの子に大きな災いをもたらすでしょう」と告げました。そこで王は何とか災難を免れようと思い、「亜麻も大麻も麻の類は一切 我が館に持ち込んではならぬ」と厳しい命令を下したのです。

 ところが、ターリアが大きくなったある日、窓辺に立っていると、外を糸紡ぎのお婆さんが通っていきました。ターリアはそれまで糸巻き竿や紡錘つむを見たことがありませんでしたし、くるくる踊っているところがとても面白そうでしたので、好奇心に駆られておばあさんを呼び入れ、糸巻き竿を手にとって糸を縒り始めました。その途端、麻に混じっていたトゲが爪の間に突き刺さり、たちまちターリアは床に倒れて死んでしまいました。これを見るとお婆さんは階段を駆け下りて逃げていきました。

 哀れな王は、この苦い悲しみを樽いっぱいの涙で飲み干しました。それから死んだ娘を別荘の安楽椅子に座らせましたが、その椅子にはビロードが張ってあり、金襴で作った天蓋がついていました。やがて戸という戸を閉め切ると、忌まわしい記憶を二度と思い出さないよう、永遠に、この森の中の館から立ち去ったのです。

 

 さて、それからしばらく経ったある日のこと。この辺りに別の王が鷹狩りにやって来ましたが、王の鷹が例の館の窓から中へ飛び込んでしまいました。いくら笛を吹いても呼んでも出てこないので、王は館の門を叩かせました。しかし、誰も出てきません。王はぶどう摘みの梯子を持ってこさせて門を乗り越え、中の様子を自分で調べ始めました。全く人気がないのに驚きましたが、とうとうターリアの眠っている部屋にたどり着いたのです。

 王はターリアが眠っているのだと思い、声をかけました。ところが、いくら呼んでも揺すっても目を覚ましません。

 それにしても、なんて美しい娘なのだろう。

 眠っているターリアを見るうち、王の胸に恋の炎が燃え上がりました。王はターリアを腕に抱いてベッドに運ぶと、存分に愛の果実を味わいました。それから、ターリアをベッドに寝かせたまま自分の国に帰り、それっきりこの出来事を忘れてしまったのです。

 九ヶ月経って、ターリアは双子を産み落としました。とはいっても、相変わらず眠ったままでした。双子は男の子と女の子で、光り輝く二個の宝石のようでした。屋敷に現れた二人の仙女の手で、子ども達はターリアの乳房にあてがわれたり、そのほか細々とした世話を受けました。

 そんなある日のこと。子供たちはまた乳が飲みたくなって母の乳房にあてがわれましたが、その一方がなかなか乳首を見つけられず、代わりに母の指をつかんでチュウチュウ吸っているうち、とうとうあの麻のトゲを吸いだしてしまいました。その途端にターリアは深い眠りから覚めました。そして自分の側にいる二人の可愛い赤ん坊に気づくと、しっかり抱きしめて、乳を飲ませて自分の命と同じくらい大切にしましたけれど、どうしてそんなことになったのかさっぱり解りませんでした。というのも、屋敷の中には自分と赤ん坊しかいませんし、食べ物などを運んできてくれる仙女の姿はまるで目に見えなかったからです。

 

 時が過ぎて、王はふと、森の館で眠っていた美しい娘との情事を思い出しました。そうして久しぶりに訪ねてみますと、ターリアが目覚めていて、男の子の太陽ソーレと女の子のルーナ、可愛らしい二人の子供まで生まれているではありませんか。王は有頂天になり、ターリアに事の次第を説明しました。ターリアもすっかり王が気に入って、二人は数日の間、館で一緒に過ごしました。そして王が立ち去るときには、今度来るときは国に連れて帰る、と約束したのです。

 それ以来、王は美しい愛人と可愛い双子にメロメロになってしまいました。国に帰っても、起きて寝るまでターリア、ソーレ、ルーナばかり口にします。この状況に はらわたを煮えくり返らせたのは王妃でした。前々から、王が狩りと言っては数日間留守をするのを怪しいと思っていたのですが……。

 王妃は大臣を呼んで言いました。

「お前は門柱と扉のように《対になるもの》なのだから、私か王か、どちらに仕えるのか選ばなくてはなりません。王の愛人がどこの誰なのか、教えてくれたなら金持ちにしてあげましょう。けれど隠しだてするなら、この先 日の目は見られなくなるものと心得なさい」

 大臣はすっかり王妃に教えました。そこで王妃は大臣を王の名においてターリアの館に遣わし、「王が子供たちに会いたがっておられます」と伝えさせました。嘘とも知らないターリアは大喜びし、早速子供たちを送り出しました。

 王妃は子供たちを手に入れるやいなや、嫉妬のあまりに鬼女の心になりました。

「子供たちの喉を掻き切って、細切れにして、ソースで煮て、王の食卓に載せておくれ!」

 けれども、料理人は心の優しい男でした。彼は金のリンゴのように愛らしい双子を見ると可哀想でたまらなくなり、双子を自分の妻に匿わせてから、山羊を二頭殺して、それで百種もの料理を作りました。

 王はこの料理を食べると、「美味い、我が母の命にかけて、我が祖母の魂にかけて、実に美味い!」と絶賛しました。王妃は「どんどんおあがりなさいませ、あなた自身のものを食べておいでなのですから」と言いました。あんまり何度もそう言うので、しまいに王は不機嫌になり、「自分の(稼いで得た)ものだということは分かっている、大体、そなたは何一つ獲ってこないのだしな」と言って、別邸に行ってしまいました。

 王妃は自分がしたと思っていることに まだ満足せず、もう一度大臣を呼びつけると、今度はターリアを呼び寄せました。ターリアは目に入れても痛くない子供たちに会いたい一心で、恐ろしい目論見のことも知らずに城にやって来ました。ターリアが目の前に連れ出されると、王妃は憤怒の表情で言いました。

「ようこそ、でしゃばりの奥様。なるほど、そなたが私の夫の気に入りの花というわけですね。……このメス犬! 地獄に堕ちて、私の苦しみを味わうがいい!」

 ターリアは弁解しました。「私が誘惑したのではありません、眠っている間に王様の方から押し入ってこられて……」と。けれども王妃は聞く耳を持たず、「城の中庭に大きな焚き火をして、この女を放り込め!」と命じたのです。

 哀れなターリアは、王妃の前にひざまずいて懇願しました。せめて、着ているものを脱ぐだけの時間をください、と。王妃は承知しました。というのも、ターリアは燃やしてしまうには惜しいような、金と真珠で刺繍した素晴らしいドレスを着ていたからです。ターリアは脱ぎ始めましたが、一枚脱ぐたびに叫び声をあげました。服を脱ぎ、スカートを脱ぎ、胴着を脱ぎ、ペチコートを脱ぎかけたとき、とうとう地獄の灰汁の大鍋に投げ込むべく、家来たちに引きずられはじめました。

 その時でした。騒ぎを聞きつけて、王がやってきたのです。王はこの有様を見、子供たちはどうなったのか、と王妃に尋ねました。王妃は王の裏切りをなじって言い放ちました。

「あなたに、あの子達の肉を食べさせて差し上げたのよ!」

「なんだと! 我が子羊を食った狼がこの私だと! おお、なぜ我が血は我こそ子供たちの血の源だと自覚しなかったのか。おお、残酷な裏切り者め、お前がこのような野蛮な行いをしたというのか。さあ、行け、罪の報いを受けるのだ。お前のような醜い嫉妬顔の女は闘技場でライオンに食わせるまでもないわ!」

 王の命により、王妃と大臣は、ターリアを投げ込むための焚き火に投げ込まれました。それから、王は子供たちを料理した料理人をも同じ目に遭わせようとしましたが、料理人は王の足元に身を投げ出して言いました。

「確かに、そのような仕業の報いには相応しい処罰です。私のような身分の者には王妃様の灰と混ざることも光栄かと思われます。けれども、忌まわしい企みからお子様方をお救い申し上げた私なのですから、そんな褒美はまっぴら御免ですわい」

 これを聞いた王は狂喜し、それが本当なら、もう台所仕事などさせず、存分に褒美をやろうと言いました。その時には、夫の苦境を見て取った料理人の妻が、もう子供たちを連れてきていました。王は子供たちとターリアに一人ずつキスをして、料理人にたっぷりの褒美をやり、御寝所番の頭に取り立ててやりました。

 ターリアは王妃となり、子供たちと共に末永く幸せに暮らしました。

 諺にもあるように、

幸運児は眠ったまま運命の女神の祝福を受ける

ものなのです。



参考文献
『ペンタメローネ[五日物語]』 バジーレ著、杉山洋子・三宅忠明訳 大修館書店 1995.

※1637年。

 どう考えても ひどいのは王だ。この不倫エロオヤジ。

 

 ターリア(タレイア)は花開く女、というほどの意味の名で、ギリシア神話では芸能の女神たち(ミューズ)や愛の小女神たち(カリテス)の一人として現われる。また、アポロンに仕える小女神(つまり、《小さな太陽の娘》)として語られることもある。彼女が太陽と月の双子を産むのは、ギリシア神話で女神レトが太陽神アポロンと月女神アルテミスを産むことに由来する、という説もある。

 王が我が子の肉(ここでは実は山羊肉でした、ということになっているが、これは恐らく合理的解釈によるごまかしであろう。)を食べて「美味い」と絶賛するのは、グリムの「杜松の木」でも現われているモチーフだ。そこでもそうであるように、食べられた(刻まれて地獄の鍋で煮られた)子供は、より素晴らしく再生する。子供たちの名が「太陽と月」である点は、それを比喩している。太陽は毎日沈んでは昇り、月は毎月欠けては再生するものだからである。

 この話、冒頭には運命の女神たちは登場しないのだが、結末の諺で その信仰が示されている。

 処刑されそうになるターリアが一枚一枚服を脱ぐモチーフに関しては、<赤ずきんちゃんのあれこれ〜ストリップの秘密>にて。

 

 西欧の文献上、このモチーフを含む最も古いものとされるのが、14世紀後半のものとされる『ペルセフォレ』だ。

ペルセフォレ  フランス

 ある王国に王女ゼランディーヌが生まれたとき、その祝いにルシダ、テミス、ヴィーナス三人の女神が招かれ、贈り物をした。

 最初にルシダが言った。

「私たちは親切に歓待されました。だから私はこう定めます。この子は元気で五体満足に生まれるでしょう。そして保護されるなら、大きくなり、栄えるでしょう。運命の女神でいらっしゃるテミス夫人! さあ、次はあなたの番ですよ」

 次にテミスが言う。

「まことにその通りです。ですが、私には(ご馳走を食べるための)ナイフがありませんので、この子に次のような運命を授けます。この子が初めて自分で糸巻き棒から巻き取った亜麻糸のささくれの一本が、その指に突き刺さるでしょう。そしてすぐに眠り込み、そのささくれが抜けない限りは目を覚まさないでしょう」

 最後にヴィーナスが言った。

「あなたは腹を立ててらっしゃる。残念だわ。でも、私の技によってそのささくれが引き抜かれ、万事がまた上手くいくように定めましょう」

 

 ゼランディーヌは花のように成長するが、予言どおりに死の眠りにつく。しかし、トローイリュスという若者が鳥の背に乗って閉鎖された城に進入し、中を探索するうちに眠っているゼランディーヌを発見する。彼は眠っているゼランディーヌと愛の床を共にし、指輪を交換してから鳥に乗って立ち去った。

 王女は九ヶ月後に子供を一人産み、その子はすぐに母親の指を握って吸った。指先に刺さっていた亜麻の棘が抜け、ゼランディーヌは目を覚ました。

 王女が目を覚ますと、王は馬上試合のお触れを出した。この中にトローイリュスが参加しており、他の全ての騎士を打ち破った。

 彼はゼランディーヌに自分の存在を示し、結婚して共に立ち去った。


参考文献
『ねむり姫の謎 糸つむぎ部屋の性愛史』 浜本隆志著 講談社現代新書 1999.
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.

※1330〜1344年頃に成立したと推測されている、散文のロマンス。ペルセフォレはイギリスの王の名前で、彼を中心にした騎士たちの物語らしく、アレキサンダー大王の史実とアーサー王伝説群を結びつけているらしい。トローイリュスとゼランディーヌの物語はその中に含まれる。

 ルシダ、テミス、ヴィーナスはギリシア・ローマ神話に登場する女神である。ヴィーナス(アフロディーテ)は愛の女神。テミスは掟と運命の女神。ルシダ(ルーキーナ)は《誕生の光をもたらす女神》、すなわち出産の女神であり、結婚の女神ユーノー(ヘラ)の別名の一つである。

 トローイリュスが鳥に乗って閉鎖された城に侵入するのは「太陽と月とターリア」で鷹狩りの鷹が塔に入り込むのが進入のキッカケになる点の類似モチーフであろうが、また、[命の水]や[ニーベルンゲン伝説]で王子が天駆ける神馬に乗って閉鎖された城に侵入するモチーフとも関連するとも思われる。その他、眠っている王女を抱いた後、印として指輪を交換していく点も、[命の水]や[ニーベルンゲン伝説]に類似している。ロシア民話「イワンと魔法の馬」では、馬が青い翼の鷲に変身して、若者イワンを乗せて深夜に城壁を越える。イワンは宮殿に侵入し、眠っていたナスターシャ姫にキスする。(姫は目を覚まして悲鳴をあげて暴れたのでイワンは逮捕された。その後脱獄して散歩中のナスターシャ姫を誘拐すると、姫は観念してイワンの妻になった。)

 後半、求婚者が多く集う中でトローイリュスが己を示す辺りは、男性版シンデレラなどによく現われるし、また、偽の英雄のエピソードのクライマックス、《本物の勇者の帰還》のモチーフと同一であろう。



参考--> 「眠れる美女と子供たち」【運命説話】【死者の歌】「小さな太陽の娘」「第九の警備頭の話



農民の眠り姫  オーストリア

 乞食が金持ちの農家を訪れたが門前払いを受けた。乞食は呪って言った。

「まもなく女の子が生まれるが、この子は七歳のとき、糸紡ぎのつむに刺されて魔法の眠りに陥るだろう。そして大きな雄牛が屋敷を取り囲み、誰も中へ入れないだろう」

 その後、乞食は貧しい農家を訪れた。ここでは親切にもてなされたので、お礼に、農家の幼い息子に魔法の薬草の在り処を教えた。この香りをかぐと、野獣でさえ麻痺して大人しくなるというのだった。

 やがて金持ちの家に女の子が生まれ、美しくて親切な娘になった。ある夏の日、主人の命令で、作男が屋敷中の紡ぎ車を叩き壊して薪にしていた。女中が最後の紡ぎ車を蔵から出して運んでいたところ、つむが近くで遊んでいた女の子の足元に転がっていった。女の子はそれを掴み、途端に刺されて眠った。すると、例の乞食が大きな牡牛に変身して、昼となく夜となくこの屋敷を見張って、誰も出入りできないようにした。

 

 長い年月が過ぎた。今や、貧しい農家の息子も逞しい若者になっていた。若者が金持ちの屋敷に近づくと、雄牛が唸りながら角を振り立てて襲ってきた。若者は薬草を出して嗅がせ、雄牛をおとなしくさせた。若者が屋敷の奥に入っていくと美しい娘が眠っており、キスをすると彼女は目覚めた。

 こうして呪いは解かれ、貧しい農家の息子は金持ちの農家の娘と結婚した。



参考文献
『ねむり姫の謎 糸つむぎ部屋の性愛史』 浜本隆志著 講談社現代新書 1999.

※この物語に現われている雄牛は、龍の相似物である。それを倒すのではなく麻痺させること、その方法を伝授したのが雄牛(乞食〜運命の神)自身である点が面白い。武力に優れた英雄でなくとも、親切な心で神に祝福されていれば富を得ることが出来るのである。

 ところで、この話では娘は七歳で魔法の眠りにつく。そして目覚めると若者と結婚する。(眠っている間も成長していたのでない限りは。)これは、いささか早すぎではないだろうか。実は白雪姫もやはり七歳で城を追われて王と結婚する。奇異に思えるが、この話の冒頭と共通する【運命説話】の数々を見ていくと、生まれた子供の死が予言される場合、《六、七歳》か《結婚するとき》に死ぬ、とされていることが多い。結婚と同じく、七歳前後は何かの区切りの年齢と考えられていたようだ。この【運命説話】のモチーフの名残から、娘は七歳で死んで、再生して結婚することになっているのではないかと思う。また「奴隷娘」を参照する限り、幼くして死の眠りに就いた娘は眠りながら成長し、目覚めた時には結婚適齢期になっているようだ。



参考 --> 「ラグナル・ロズブロークのサガ



恋に溺れた継母  ジプシー

 昔むかし、年取った王様がいました。小さな王子様が一人だけありましたが、彼は世界で一番美しい少年でした。彼を産むと王妃様は亡くなったので、王様はマーラという とても美しい娘を雇い入れて、王子の面倒を見させていました。

 ある日、マーラは王子様に言いました。

「ねえ、お父様に言ってちょうだい。私があなたのお母さんになれるように、王様のお妃にしてって。そうしたら、世界の誰よりもあなたを大切にして愛するわ」

「わかった、父上にそう言うよ。でも、本当に世界の誰よりも僕を愛してくれなきゃいけないよ」

 王子様は王様のところに行ってマーラをお妃にするように頼みました。だって、マーラのことを本当のお母さんのように愛していたからです。けれども、王様は「この年になって妻はいらぬ。わしは年老い、あいつは若い。わしは王だが、あいつは貧しい娘ではないか」と断りました。王子様がそのことをマーラに伝えると、マーラは言いました。

「お父さんのところに行って言ってちょうだい。子供が父親を愛するように王様を愛するって。私は王妃になるわ。世間の人たちに後ろ指をさされることなく、昼も夜もあなたの側にいられるようにね」

 こんなやり取りがあって、結局、王様はマーラをお妃にしました。彼女は実に美しいお妃様でした。また、彼女は言葉どおりに王子様を誰よりも愛して彼の望みは全て叶えてあげましたので、王子様にとっては素晴らしく幸せな日々でした。二人の愛は日ごとにふくらみ、親密さは増していきました。

 けれども、それは決して日の当たらない、不毛な愛だったのです。

 

 王子様が成長すると、人々は噂しあいました。

「お妃様は、年を召した王様よりも、王子様の相手に相応しいのにね」

 王子様が十八歳になった頃には、人々はこう言っていました。

「マーラと王子様はデキていて、二人は心から愛し合っているんだ」

 このような噂を聞いて、王子様の心は暗く沈んでいました。というのも、彼はマーラを母親として心から愛していましたが、女性としては愛していなかったからです。それに、彼には隣国の末の王女という恋人もありました。二人の仲を邪推する噂を屋根の上の雀ですら知るほどになって漸く、彼は継母の愛情が度を外れて激しいことに気がついたのです。

 そこで美しい王子様は、年老いた父親のところに行って言いました。

「父上、皆が僕と母上の仲を邪推する噂を言いふらしています。だから、僕は結婚しなくてはなりません。高い山の向こうの隣国の、強い王様の末の王女を妻に迎えようと思っています」

「お前の言う通りだ。結婚するがよい、さすれば誰も無責任な噂は出来ぬ。――妃は約束を守ったのだ、お前を世界の誰よりも愛するという約束をな」

 王子様は恋人を迎えに出かけました。ところが、継母は行商人に変装し、籠にあらゆる物を詰めて、いそいそと息子の後を追いかけました。追いつくと、何か買うように頼んだのです。

「ヘアピンを一本買ってちょうだい。それを持っている者はいつまでも若く美しくいられるのよ!」

 そこで王子様は、一本は自分用に、もう一本は恋人のために、二本ものヘアピンを買いました。

 王子様は高い山の上にやってきたとき、ヘアピンを髪にさしました。すると、なんということでしょう! たちまち彼は深い眠りに落ち、山の中に倒れ伏しました。彼の体は地面の中に沈みこみ、鬱蒼とした藪と潅木と木々が周りに生い茂り、四方八方から覆い隠しました。こうして、王子様は見えなくなってしまったのです。

 

 年老いた王様は、息子の帰りを待ちわびていました。けれども、無駄でした。とうとう王様は家来たちを隣国に遣わしましたが、彼の姿は恋人のもとになく、国のどこにも見当たらないというのです。そこで王様は、若いお妃様を呼び出して尋ねました。

「息子がどこにいるのか言うのだ。お前だけがそれを知っているはずだ! 息子の身に何かあれば、お前の苦しみはわしよりも大きかろう。だが、我らが皆 嘆いているのに、お前だけが楽しげではないか」

「あの子が元気だというのに、どうして私が悲しまなきゃならないの。あの子の居場所を知っているのは私だけよ!」

 お妃様は笑ってそう言ったので、王様はたいそう腹を立て、お妃様を殺させました。皆が、美しい王子様はお妃様に殺されたと思っていたのです。

 

 恋人を失った隣国の末の王女様は、父のもとを離れて山に登り、そこに小屋を建ててもらい、世俗から離れて暮らすことにしました。

 ある日、王女様は茂った藪の中から黄金の蛇が出てくるのを見ました。蛇は美しい王女様のもとに忍び寄り、ミルクを欲しがりました。王女様が蛇に一鉢のミルクを与えると、飲み終えた蛇はこう言いました。

「あなたは気立てがよく、地面の中のこの世で一番美しい男性を夫とするのに相応しい方です。お出でなさい、魔法にかかった王子様の所へ案内しましょう。その髪からヘアピンの針を抜き取りなさい。そうすれば、再び目覚めますよ!」

 こうして蛇は、茂った藪を通り抜けて、眠っている王子様のもとへ王女様を案内したのです。娘が髪から針を抜くと、王子様は目を覚ましました。自分の恋人が目の前に立っているのを見て、王子様は彼女を抱きしめ、キスをしました。

 こうして二人は城に戻り、その婚礼の祝いは九十日もの間続きました。

 ええ、この私も八十九日目に出席したんですよ。その時に彼らがこの話を聞かせてくれたんですから。



参考文献
『「ジプシー」の伝説とメルヘン 放浪の旅と見果てぬ夢』 ハインリヒ・フォン・ヴリスロキ著、浜本隆志編訳 明石書店 2001.

※「白雪姫」と「いばら姫」をミックスしたような話で、男女逆転もの。「白雪姫」の王妃は継子を憎んだ故に死の眠りにつかせるが、この話では継子を愛しすぎた故に死の眠りにつかせている。義理の息子を愛しすぎたマーラの破滅が物悲しい。(女としてだけでなく、母としても王子を愛しすぎるくらい愛していたようなので。子離れできなかった女の悲劇か。)

 マーラの名は《死の女神》のものでもあるそうだ。北欧のホラ(ホレ、ヘル)やスラヴのモーラと関連する名だろうか。美しいが、愛する者を死に至らしめる(冥界に連れ去ってしまう)死の女神への信仰がほの見える気がする。

 藪の中から出てくる黄金の蛇は、冥界の番人の龍であり、死の妖精でもあろうが、眠っている王子自身の魂であるようにも思える。霊への供物たるミルクを飲むことで、彼は復活を可能とする。



参考--> 【白雪姫】「処女王




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