>>参考 [偽の花嫁][その後のシンデレラ〜偽の花嫁型][三つの愛のオレンジ]【蛇婿〜偽の花嫁型】
主人公が(姉弟/姉妹/兄妹)なのが特徴。継母の虐待や意に染まぬ結婚から逃れるため、子供たちは家を出て(森の奥/木の上)に宿る。やがて姉(妹)が王に見染められて妻になるが、(他の妻たち/継母)の嫉妬に遭って再び不遇に置かれる。だが弟(妹)の行動によって救われ、幸せを得る。
主人公の一方が鹿に変わったと語られることも多い。
一人の男に二人の妻がおり、一番目の妻には姉弟の二人の子が、二番目の妻には娘が一人あった。二番目の妻はブルヌス織りが大変得意で、一番目の妻の子供たちに「お前たちの母さんを殺してくれたら、美しいブルヌスを織ってあげるよ」と言った。それで、愚かにも子供たちは本当に自分の母親を殺してしまったのだ。毒蛇を袋に入れて母親に渡し、「覗いてみて」と促したのだった。
蛇に噛まれて母親は死んだが、それでも苦しい息の下からこう言った。
「お前たちが悪くないのは知っているよ。私が死んで食事がもらえない時は、牝牛に乳をもらいなさい。悩み事があるなら、私のお墓においで。いい知恵をあげるから」
そして一番目の妻は死に、家の中の実権を握った二番目の妻は、勿論 継子たちにブルヌス織りなんかやらなかった。その日から姉弟は苛められ、食事もろくにもらえなくなったのだ。けれど、子供たちはいつも外を駆け回って元気で美しかった。母親が言い残した通り、牝牛の乳を飲んでいたからである。継母は妬んで、自分の娘にも牝牛の乳を飲ませようとしたが、娘は牝牛に顔を踏まれて片目になってしまった。
この事件のせいで、牝牛は売り払われることになった。けれど、買い手がつかない。継母は自ら男装して客を装い、買い取っていって肉屋に預け、屠殺した。
子供たちは母の墓に行って相談した。
「牛の胃袋をゆずりうけなさい。そして、開いて中身をこの墓の上にぶちまけなさい」
墓の下から母親が言った。
子供たちは胃袋をもらってくると、中身を母の墓にぶちまけた。すると墓に二つの穴が開き、それぞれに常にはちみつとバターが詰まっていた。子供たちはこれで腹を満たすことが出来た。継母は妬み、実の娘にも同じようにさせたが、できた二つの穴に詰まっていたのは、腐臭を放つ血と膿だったのだ。
怒った継母は、次の日 墓を壊し、一番目の妻の死体を引き出して焼いた。死体が焼かれれば、もはや死者はこの世に干渉できなかった。
「私はもうお前たちを助けてあげられない。だけど、もう大人になったのだから、よその国へ行って自分たちでやっていきなさい」
最後に、母親はそう言った。
姉弟は家を出て、よその国へ旅して行った。そうして辿りついた国で、井戸の側にそそり立っていた木の上に登った。そのうち、水汲みに来た老婆が水に映った女の子の姿を見て、驚いて
この結婚の話は、継母の耳にも届いた。継母はその国まで出かけて行くと、継娘を井戸の側に呼び出した。そして、彼女を井戸の底に放り込んでしまったのだ!
しかし、継娘は死んだわけではなかった。彼女は井戸の底の石の間に隠れていた。
一方、継母は自分の娘に継娘の服を着せて、王の家に送り出した。流石に、王は妻の姿が変わったことに気付いて驚いた。
「右目はどうしたのだ」「あんたの国のアンチモンがよくないから、無くしたのよ」
「肌が急に黒くなったぞ」「あんたの国の天気が悪いせいよ」
「髪が縮れているぞ」「あんたの国の櫛が悪いせいよ」
こうして何もかもこの国のせいだと言われて、王は黙ってしまった。もしかしたら、本当に自分の国のせいであの美しかった妻がこんなに悪くなってしまったのかもと思うと、口をつぐむより無かった。
弟は、勿論 何が起こったのか気付いていた。彼は毎晩 井戸に出かけるようになった。偽の妻は彼を恐れ、夫に「弟を殺して」と迫った。たまりかねて、夫はそのことを弟に告げた。弟は井戸に行って姉に訴えた。
「可哀想に。でも、私はあんたを助けられないわ。私は二人の子供の母親になったの。私の右膝にはクセンが、左膝にはフシンが座っているけれど、右にはファナフサ(井戸の怪物)が、左にはラファ(七つ頭の竜蛇)がいて、子供たちを狙っているの。私が動けば、子供たちは食べられてしまう。一頭の子牛を二つに引き裂いて、半分ずつ左右の怪物に与えられれば、その隙になんとかできるのに」
さて、実は王は弟の後をつけていて、この会話を聞いていた。彼は妻の言う通りに一頭の子牛を引き裂いて怪物に与え、その間に妻と子を井戸から引き上げた。そして家に帰ると、ニセ妻を切り刻んで料理させ、継母に「娘から」と言って贈った。継母は気付かず、喜んで全部食べたが、食べ終わった鉢の底に開いた目と潰れた目を見つけ、自分が誰を食べたかを知って号泣した。
参考文献
『世界の民話 カビール・西アフリカ』 小澤俊夫/竹原威滋編訳 株式会社ぎょうせい 1978.
父と兄と二人の妹がいた。兄は上の妹が好きで、この妹のような女と結婚したいと思っていたが、見つけることができなかった。それで、とうとう本当にこの妹と結婚しようと考えた。
上の妹が小麦を選り分けていると、小鳥がやってきて言った。
「小麦を二粒くれたら、いいことを教えてあげるよ」
上の妹は二粒やった。
「みんな あんたを実の兄さんと結婚させるつもりだよ」
「まぁ、何を言うの! そんなバカなことあるわけないじゃない!」
次に鳩がやってきた。
「小麦を二粒くれたら、いいことを教えてあげるよ」
今度も、上の妹は二粒やった。
「みんな あんたを実の兄さんと結婚させるつもりだよ」
「どうしてそんなこと言うのよ! そんなことありっこないでしょ」
その時、骨付き肉を食べながら下の妹が家から出てきたのが見えた。鳩はがそこへ行って「私にも下さいな」と頼んだ。妹は言った。
「これは姉さんの結婚式のためのごちそうよ。鳩のあんたが食べる気?」
ようやく、上の妹は 鳥たちの話は真実だと悟った。するとカラスがやってきて、言った。
「小麦をお腹いっぱい食べさせてくれたら、君を乗せて飛んで逃げてあげるよ」
上の妹はそのとおりにしてカラスに乗り、呪文を唱えた。
白檀の木
白檀の木に向かって飛んでいけ
鞭がなったらさっと空高く舞い上がれ
父と兄が飛び出して止めたが、娘は舞い上がった。ただ、すがりついてきた妹だけは一緒に連れて行った。
カラスは姉妹を遠い白檀の木まで運んで行き、その梢に降ろして飛び去った。さて、これからどうすればいいんだろう……。
一方、この地方の王が馬に乗って通りかかって、馬に水を与えようと、白檀の木の根もとの泉に近づいた。けれど、馬は怯えて近寄らない。木を見上げて、王は姉妹を見つけ、姉の方に一目で恋をした。
「なぁ、お前たちはどうしてそこにいるんだ。降りてきてくれ」
けれど どんなに頼んでも、怯えた娘たちは降りてこようとしなかった。とうとう、王は人を連れてきて木を切り倒そうとした。どうしても姉娘を手に入れたかったので。木の上から娘たちが言った。
「木を一日で切らないで。残りは明日まで待って」
それで途中まで切って休んだが、真夜中になると妹が木から降りて、傷つけられた白檀の幹を舐めまわした。すると幹はすっかり元通りになってしまった。
こんなことが翌日にも起き、三日目、人々は眠らずに見張っていて降りてきた妹を捕まえ、姉の方も捕まえて木から引き摺り下ろした。そして姉娘を王の妻にしてしまった。
さて、王には既に三人の妻がいた。妻たちは夫の寵愛深い新参の妻に嫉妬した。池のほとりのブランコで妻たちは遊ぶのだが、姉娘の番になったとき、縄を切って池に落として溺死させ、夫には「あの子は出て行きました」と言った。
罪を持った妻たちにとって、残った妹娘は恐れの対象になった。妻たちは妹娘に例の池の水を飲ませて小鹿に変え、一番上の妻が仮病を使って、「あの鹿の肉を食べ、血で体を洗わないと治りません」と嘘をついた。それで肉屋が呼ばれたが、妹娘は「最期に池に行かせてください」と頼んだ。池に行くと小鹿は嘆いた。
「お姉さん、お姉さん。私は囚われて、喉元に大きな刀をつきつけられているのよ」
すると、池の中から声が返った。
「私の両脇には揺りかごが二つあり、ハッサンとフセインが眠っているわ。あなたの喉元につきつけられた刀は、きっと切れなくなるはずよ」
その通りになり、刀は切れずに小鹿は殺されなかった。そんなことが三度繰り返され、肉屋は王に伝えた。
王が池の水を抜くと、中から二人の子を連れた姉娘が現れた。子供たちは黄金の揺りかごに寝ていた。
王は妻たちのところへ行って尋ねた。
「燃えさかるパン焼き窯と よく切れる大きな包丁と 足の早い馬、どれが欲しいかね」
一番目の妻はパン焼き窯を選び、二番目は包丁、三番目は馬を選んだ。そして一番目の妻は燃える窯に投げこまれ、二番目の妻は包丁で切り刻まれ、三番目の妻は走る馬の尻尾にくくりつけられて茨の茂みの中を引きずりまわされた。
こうして三人の妻を処刑した後、改めて姉娘と王の結婚式が挙げられた。
参考文献
『シルクロードの民話2 パミール高原』 小沢俊夫編、岡田和子/三宅光一訳 株式会社ぎょうせい 1990.
※……小鹿になった妹娘はどうなったんだ? つーか、殺されたのに池の下から声をあげて、子供まで生んで現われてくる姉娘って……既に人ではないと思うのだが。屍人だ。怖いよぅ。
女達がブランコに乗り、中の一人が殺されるくだりは、生命の木への祭祀として娘達がブランコに乗ってトランスすることや、殺された生贄が木にぶら下げられることと関連するように思える。<小ネタ〜ブランコ娘と吊られた屍肉>参照。
お兄ちゃんが小さい妹の手をとって言った。
「母さんが死んでからは、ちっともいい時がなくなったねえ。まま母さんは、僕たちを毎日ぶつし、そばへ行くと足でけとばすしね。あまりもののパンの皮が僕たちの食べものだ。テーブルの下の犬の方がよっぽどましだよ。犬には、ときどき、いい肉をほうってやるもんね。こんなこと母さんに聞えたら大変だけど。おいでよ。二人で遠いところへ行っちまおうよ」
二人は一日中、野越え、畠越え、岩を越えて歩きつづけた。そうして雨が降り出したとき、小さい妹が言った。
「神さまとあたしたちの心は一緒に泣いてるね」
夕暮れ、二人は大きな森の中へ入りこんだ。心細さとひもじさと長い道のりのため、すっかりくたびれて木のうろへ入って、眠りこんでしまった。
あくる朝、目をさますと、お日さまはもう空に高く上り、木の中へさしこんで暑かった。すると、お兄ちゃんが言った。
「ねえ、喉がかわいちゃった、泉のあるところ知っていたら、行って飲むんだけどなあ。なんだか水の流れる音が聞こえるみたいだぞ」
お兄ちゃんは立ちあがって、妹の手をひいて二人して泉を探しに行こうとした。
けれども、はらぐろい継母は魔法使いで、二人の子供が遠くへ出て行ったことを、ちゃんと知っていた。
そして、よく魔法使いがするように、こっそり二人の跡をつけて来て、森の中の泉一つのこらずに呪いをかけておいた。
兄妹は、きらきら光りながら石の上へ勢いよく湧き出ている小さな泉をみつけた。お兄ちゃんがそれを飲もうとすると、妹にはさらさらいう水の音が、「あたしの水を飲む者は、虎になる。あたしの水を飲む者は、虎になる」と言ったのが聞こえた。
そこで妹は大声で、「お兄ちゃん、お願いだから飲まないで。飲んだら怖いけものになってあたしを引き裂いてしまう」と言った。
お兄ちゃんは、とても喉がかわいていたけれど飲まないで、「この次の水を湧いている所まで待とう」と言った。
二番目の泉の所へ行くと、妹はこの泉も、「あたしを飲む者は、狼になる。あたしを飲む者は狼になる」と言ったのが聞こえた。
そこで妹は、「お兄ちゃん、お願いだから飲まないで、飲むとお兄ちゃんは狼になってあたしをとって食べてしまう」と大声で言った。
お兄ちゃんは飲まないで、「つぎの水の湧く所まで待とう。だけど、こんどこそ、何と言ったってきっと飲むからね。喉がかわいて喉がかわいてたまらないんだ」と言った。
三番目の泉へ来ると、小さい妹には、その水の音が、「あたしの水を飲む者は、鹿になる。あたしの水を飲む者は、鹿になる」と言ったのが聞こえた。
妹は「まあ、お兄ちゃん、お願い、飲まないで。飲んだら鹿になって行ってしまう」と言った。
けれどもお兄ちゃんは、すぐに泉のそはに膝をつき、身をかがめて、その水を飲んでしまった。水が唇に一しずくか二しずくふれると、もう子鹿になってしまっていた。
小さな妹は、かわいそうな魔法をかけられたお兄ちゃんのことを思って泣いた。小鹿も泣いて、しょんぼりと妹のそばにいた。やがて、その女の子が言った。
「じっとしておいで、かわいい鹿ちゃん。どんなことがあったって、決して傍を離れはしないわ」
そういって、自分の金の靴下どめをはずして、子鹿の頸にかけてやり、灯心草を抜いて、軟かな縄をなった。そうして、その縄をこのかわいらしい獣に結びつけて、引張って森の奥へ奥へと入って行った。
長い長い間歩いて、やっと小さな家のそばへ出た。中をのぞいてみると空いていたので、「このままここにいて、住めばいい」と思った。そこで子鹿のために木の葉や苔をさがして、軟かい寝床をこさえてやった。そうして、毎朝外へ出て行って、木の根とか、水気の多い軟かな木の実とかくるみなどをとり、子鹿には柔かな草をお土産に持って来てやった。子鹿はそれを女の子の手からむしゃむしゃ食べ、うれしそうにその前で遊びまわっていた。夜は、小さい妹は疲れて、お祈りをすませると、子鹿の背中に頭をのせた。子鹿の背中が妹の枕で、その上ですやすやと眠った。お兄ちゃんが人間の姿をしてさえいれたら、ほんとうに申し分けのない暮しだったのにね。
長い間、兄妹二人きりで、淋しい野原にいた。ところがこの国の王さまが、この森に狩にやってきた。角笛のひびき、犬の吠える声、それから狩人たちの勢いのよいかけ声が、樹々の間にこだました。
子鹿はそれを聞くと、その場へ行ってみたくてたまらなくなった。
「ねえ、狩場へ出しておくれよ。もうとてもじっとしていられないんだの」と小さな妹に言って、妹が許すまでせがみぬいた。「でも」と妹は子鹿に言った。
「きっと夕方には帰って来てね。乱暴な猟師たちが来るといけないから、戸をしめておきます。兄さんとわかるように、戸をたたいて妹や入れておくれって言ってね。そう言わないと、戸を開けませんよ」
それで子鹿は跳び出して行ったが、広々とした所に出たので、気持はよいし、うれしくてたまらなかった。王さまと狩人たちは、このすばらしい獣を見て追いかけたが、追いつけなかった。そうして、もう少しでつかまえそうになったとき、子鹿は藪をとびこえて行って、見えなくなってしまった。
暗くなったとき、子鹿は小屋へ走って来て、戸をたたいた。
「妹や、中へ入れておくれ」
そうすると戸をあけてくれたので、子鹿はとびこんで、一晩中、やわらかな寝床で、ゆっくりからだを休めた。
あくる朝、また狩りが始まった。子鹿は角笛のひびきや狩人たちの「ほう ほう!」というのをきくと、じっとしていられなくなった。「ねえ、開けておくれよ、出たくてしかたがないんだ」と言った。妹は戸を開けてやった。
「だけど夕方にはまた帰って来て、約束通りのことばをいうんですよ」
王さまと狩人たちは、またあの金の首輪をした子鹿を見つけると、みんなして狩りたてたが、とても早くてどうにもならなかった。一日中そうやっていたが、狩人たちは夕方やっと子鹿をとりまいて、一人が脚にちょっとけがをさせたものだから、子鹿は脚を引いて、逃げるのがおそくなった。そこで、一人の狩人がこっそり子鹿をつけて小屋まで行った。
「妹や、入れておくれ」と言うのを聞き、戸が開いてまた閉められたのを目にした。その狩人は王さまのところへ行って、見たり聞いたりしたことを申上げた。すると王さまはおっしゃった。
「明日、もう一度、狩りをしよう」
一方、小さい妹は子鹿がけがをしているのを見て、ひどくびっくりした。血を洗い落とし、その上に薬草をはってやって言った。
「さあ鹿ちゃん、よくなるように、寝床へお出て」
けれども、その傷はほんの些細なものだったので、翌朝には子鹿は傷のことなんかもうなんとも思わなかった。そして、外の方で狩りの愉しそうな様子が聞こえると言った。
「とてもじっとしていられない。どうしても行ってみたいな。そうやすやすとは捕まらないよ」
妹は泣いて言った。
「あなたはみんなに殺される。そしたら、あたしは、この森の中にひとりぼっちになって、誰も頼りにする人がいなくなる。出してあげないわ」
「そんなら、きっとここで悲しくて死んでしまうよ」と子鹿は言った。「あの角笛の音をきくと、じっとしていられないんだよ!」
そこで小さい妹は、暗い気持ちで戸を開けてやった。子鹿は元気よくうれしそうに森の中へとんで行った。王さまはこれを見つけると狩人たちにおっしゃった。
「さあ、あの子鹿を一日中、夜になるまで追いまわせ。だが決してけがをさせてはいけないぞ」
日が暮れると、早速、王さまは猟師におっしゃった。
「さあ、行って森の小屋に案内しろ」
そうして戸の前へ来ると、とんとんたたいて声をかけた。「妹や、入れておくれ」すると戸が開いた。王さまは中へ入った。見ると、一人の娘が立っていた。今までに見たこともないような美しい女の子だった。
その女の子は、入って来たのが子鹿でなくて、頭に黄金の冠をいただいた人だったものだから、びっくりした。けれども、王さまはやさしそうに御覧になって、手をさしのべておっしゃった。
「一緒に城へ行って、妃にならないかね」
「かしこまりました」と、娘は答えた。
「けれど、子鹿を連れていかなくては。あれを置き去りには出来ませぬ」
王さまはおっしゃった。
「お前の生きているかぎり、側へ置くがよい。子鹿にも不自由ないようにさせよう」
そうしているうちに子鹿がとび帰って来たので、灯心草の縄につないで、自分で手にとって、一緒に森の小屋を出た。王さまはその美しい女の子を自分の馬に乗せて、城につれて行って、にぎやかに婚礼の式を挙げた。
こうして女の子は女王さまになって、二人は長く何の不足もなく一緒に暮した。子鹿は大事に飼われ、お城の庭の中をはね廻っていた。
ところで、はらぐろい継母は、妹は森で獣に食われ、兄は子鹿になって猟師に射殺されたとばかり思っていたのに、二人がとても幸せで元気に暮していると聞いたので、ねたましいやら憎らしいやらで、胸がわき返り、じっとしていられず、ただもうどうしてもこの二人をもっと不幸せな目にあわせてやりたいものと、そればかり考えていた。
継母は実の娘は、とても醜い上に片目だったが、母親をせめたてて言った。
「お妃になるなんていう幸せは、あたしに似つかわしいんだと思うんだけど」
「静かにおしよ」と、婆さんはなだめるように言った。「時節が来れば、うまいお膳立てしてみせるよ」
さて、時節がやって来た。お妃が玉のような赤ん坊を産んだが、王さまはそのとき、狩に出かけていた。お婆さんの魔法使いは、腰元の姿に化けて、お妃の寝ている部屋に入って、床についている病人に向かって言った。
「さあ、お風呂の支度が出来ました。お風呂はおからだによろしいでしょうし、お元気になりますよ。冷めないうちに、お早く」
魔法使いの娘も側にいて、二人で弱っているお妃を湯殿につれていって、湯槽にいれた。それから戸をしめて逃げていってしまった。湯殿の中では、それこそ文字通りの地獄の火が点けられていたので、美しい若いお妃は、たちまち息が出来なくなってしまった。
手筈を調えてから、婆は娘に頭巾をかぶせ、お妃の代わりに寝床にねかせた。お妃の体つきや顔かたちまでつけてやった。ただ、なくした片眼だけは取りかえしてやれなかったので、王さまが気付かないように、眼のない方を下にして寝るよりなかった。
夕方、王さまが帰って来て、王子が産まれたと聞いて心底から喜んで、愛しいお妃の寝ている床へ様子を見に行こうとなさった。すると婆はすばやく大きな声で言った。
「おまちくださいまし、カーテンをおしめください。お妃はまだ光を御覧なさってはいけませぬ。安静にしてらっしゃらなければ」
王さまは戻り、偽のお妃が床の中にいると気付かなかった。
真夜中、みんなが寝しずまったころ。乳母が子供部屋の揺篭の側でひとりだけまだ寝ないでいると、戸が開いて、ほんとうのお妃が入って来た。お妃は子供を揺篭から抱き上げて乳を飲ませた。それから子供のかわいらしい枕をゆさぶって、また元のように寝かせて、小さなかけぶとんをかけた。それから子鹿のことも忘れずに、子鹿のいる隅の方へ行って背中をなでてやった。そうして、一言も口をきかずに戸口から出て行ってしまった。乳母はあくる朝、番人に、夜の間に城へ入った者がいたか訊いたけれど、「いいえ、誰も見かけませぬ」と答えた。
こんな風にして、お妃は毎晩のように来たけれど、一度も口をきいたことはなかった。乳母はいつもお妃を見たけれど、誰にもそのことを話そうとはしなかった。
時が経ってから、お妃は口をききはじめた。
あたしの坊やは元気? あたしの子鹿は元気?
あたしの来るのはあと二度。それから後はもう来ない
乳母は返事をしなかったけれど、お妃が見えなくなってしまうと、王さまの所へ行って一部始終を話した。王さまはおっしゃった。
「ああ、何ということだ。明晩、子供の側で寝ずにつきそっていよう」
夜、王さまが子供部屋にいると、お妃がまた姿をあらわして言った。
あたしの坊やは元気? あたしの子鹿は元気?
あたしの来るのはあと一度だけ。それから後はもう来ない
それからいつものように子供の世話をして、姿を消してしまった。王さまはお妃に話しかける勇気がなかった。
けれども、王さまは次の夜もまた寝ずにいた。お妃が来て言った。
あたしの坊やは元気? あたしの子鹿は元気?
あたしの来るのは今夜きり。それから後はもう来ない
その時、王さまはたまらなくなって、お妃にとびかかって言った。
「たしかにお前は、いとしの妻に違いない!」
するとお妃は、「はい、あなたさまの妻でございます」と答えた。
その途端、神様のお恵みで命をとりもどして、いきいきと血色もよく、元気になった。そして、はらぐろい魔女とその娘がお妃にたくらんだ悪だくみを申上げた。
王さまは両名を呼び出し、さばきを申し渡した。娘は森の中へ連れていかれて恐しい獣に八つ裂きにされ、魔女の方は火あぶりにされて、あわれにも焼き殺されてしまった。魔女が焼けて灰になったと思うと、子鹿は元の人間の姿に変った。小さい妹とお兄ちゃんは、死ぬまで幸せに一緒に暮した。
参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
※この話型は「小鹿の王子」という題でも知られ、西欧全域に見られる。
グリムには他にも「子羊と小さな魚」(KHM141)という類話がある。継母に兄妹が魚と子羊に変えられる。そして子羊が料理されようとすると、魚が厨房の水口に来て語りかけ、子羊も答える。「継子たち」や「白檀の木」に現れているのと同様のモチーフだ。ただし、この話では兄妹は人間の姿に戻されて森の奥の家に隠れ住んだと語られるのみで、結婚・転生のくだりはない。
昔、ある王の妃が二人のあどけない姫を残して死んだ。王はやがて宰相の忠告を容れて再婚したが、新しい妃は邪悪な性質で、継娘達を憎んでろくろく食べ物を与えなかった。
不幸な姫達は毎日手をつないで亡母の墓に行って祈りを捧げた。すると決まって一皿のご馳走が傍らに現れたが、無邪気な姫達は「アラーの神が下さった」と考え、少しも怪しまずに食べるのだった。
ところで、継母の妃は一匹の猫を飼っていたが、この猫はいつも姫達が前の妃の墓に行くのについて行って、姫達もこの猫を可愛がってご馳走を分け与えていた。
ある日のこと、妃は継娘達を見てひそかに呟いた。
「この子たちにはフスマでで作ったパンしか与えていないのに、どうしてこんなに丸々と太っているのだろう?」
これを聞きつけて猫が答えた。
「姫達は毎日のように亡くなった母上のお墓へ行くのです。すると母上が食べ物をおやりになるので、あんなに丸々としていらっしゃるのです」
妃はそれを聞くと悔しさのあまり気分が悪くなって、とうとう床に就いてしまった。王は今にも妃が死ぬように思えて、心配して尋ねた。「お前の病気を治す手だてはないものか」と。得たりとばかりに妃は答えた。
「前の妃の死骸を掘り出して一面に撒き散らしてくださらない限り、私の病は治りませんわ」
王は悲しく思ったが、妃の命を助けたいばかりにそれを承知してしまった。こうして前の妃の死骸が撒き散らされると妃はけろりと直ったが、二人の姫は途方にくれた。
姫達はどうしていいかわからなかったが、アラーの神にすがってひたすら墓参りを続けた。もはやご馳走は現れなかったが。――と、まもなく墓の後に一本のみごとな木が生えてきて、美味しい実がずっしりなった。姫達はその実を取って食べて、ひもじい思いをしなくてすんだ。
ところがあの猫がまたそれに気付いて、妃に告げ口をした。妃はまたもや仮病を使って、「前の妃の墓に生えたあの木を切り倒して火にくべてくださらない限り、私の病は治りませんわ」と訴えた。王は家来に命じて、その木を切り倒して燃やしてしまった。
それでも妃は満足しなかった。継娘達の美しい顔を見るのもイヤになったのだ。そこでいろんな理由をつけて夫に迫り、とうとう姫達を遠い荒野か森に連れていって置き去りにすることを承知させた。
王は朝早くに二人の娘を連れて出かけたが、ある寂しい場所に来ると、
「わしは谷川に下りて
やがて暗くなってきたので父を探して谷川に下りたが、父はどこにも見えず、いくら呼んでみても返事がなかった。幼い自分達だけが荒野の真ん中に捨てられたのを知って、妹は泣き出した。
それでも姉妹は、近くにあった高い岩の上に登って、四方を見まわしてみた。と、遠くに煙が立っていたので、そちらを目指して夕闇の中を歩いて行った。
たどり着いてみると、それは陰気な屋敷で、戸口には背の高い老婆が腰を降ろして、星を眺めていた。姫達を見て、老婆は言った。
「まぁ、可哀想に。お前たちは私の息子達が帰ってきたら骨までしゃぶられちまうよ!」
彼女は人食い鬼の母親だったのだ。姫達は泣いて助けを乞うた。すると老婆は二人を二匹のハエに変えてしまい、つまみあげてピンで壁に突き刺した。そこに息子が帰ってきた。
「や、人間の肉のにおいがするぞ。人間の血のにおいがするぞ」
「人間なんかいやしないよ。お前と私だけじゃないか。さぁ座ってご飯におし」
老婆は息子をなだめて豚肉や酒を出し、食べ終わるとじきに息子はぐうぐう寝てしまった。
朝になって息子が出かけてしまうと、老婆はピンを抜いて姫達を元の姿に戻した。
「さぁ、早くお逃げ」
姉妹は後も見ずに逃げ出した。夕暮れになってようやく、一本の大木の立つ気持ちのいい草原に着いたので、野獣や鬼に襲われぬよう、その木の上で一夜を明かした。
姉妹はそこに住みついた。姉は木の上に座って縫い物をし、妹は下りて森で鹿と遊ぶ。鹿は喜んで妹に従い、二人は木の実と鹿の乳で命を繋ぎながら、それなりに楽しい日々を過していた。
ある日、姉は妹に一本の草の花を渡して言った。
「お前は毎日出歩いているけれど、留守の間に何が起こるかしれやしない。もしもこの花がしおれたなら、私の身に何かが起こったのよ。その代わり、もし私が手から針を取り落とすことがあったら、お前の身に何かが起こったものと思いますからね」
それからまもなく、ラール大王という王が多くの伴を連れて、この森に狩りに来た。王は一日中走り回ったが、オウムを一羽しとめただけだった。空腹になったので、オウムを宰相に渡して言った。
「向こうに煙が見えるから、あそこに行ってこれを料理してきてくれ」
宰相は煙を目当てにやってきてオウムを火に乗せたが、それは姉妹の起こした焚き火で、ふと見上げると美しい女の姿が目に入った。驚いて見上げているうち、オウムは焦げてしまった。彼が王の怒りを恐れて困っていると、それを見た姉が下りてきて、鹿の乳とオウムとで素晴らしい料理を作ってくれた。
宰相がそれを王の元へ持参すると、王は大いに喜んで、「この料理は誰が作ったのか」と訊いた。宰相は「私が作りました」と答えたが、王は信じずに再び尋ね、宰相が同じ返事を返すので再三尋ねた。それでも宰相が自分で作ったと言い張ると、家来に「この強情者を生き埋めにしろ!」と命じた。口まで埋められた時、宰相はついに、木の上にいた娘が作ってくれたと白状した。
王は大木の立つ草原へ行き、姉姫の美貌と垢抜けした応対ぶりに夢中になって、即座に妃にすることを一人決めして、そのまま捕らえて馬に乗せて連れ去った。姉姫は思いがけず妹と生き別れになったのを悲しみ、たまたま持っていた一袋の
少し離れたところにいた妹は、手にしていた花が急にしおれたのに気付いて大急ぎで駆け戻ってきたが、もはや姉の姿はどこにも見えなかった。
「ああ、姉上はどこへ行かれたのだろう?」
彼女は嘆き悲しんだが、芥子種がこぼれているのを見て「姉がこぼしていったものに違いない」と思い、その跡を辿って行くことにした。鹿の群れがぞろぞろ後に付いてきた。
巡り巡って行くと立派な都に出た。そこで訊くと、どうやら姉はこの都の王の妃の一人となり、王の寵愛を一身に集めているらしかった。妹姫はいつか姉に会えることを願って、城門の外を流れる小川の側へ行き、そこにあった古い塚の上に柳の枝で小屋を建てて住みついた。昼間は鹿を連れて草原に行って草を食べさせ、夜は小屋の中で鹿たちと共に眠ったのだ。
一方、姉姫は王に大変に愛されていたものの、他の妃たちにはひどく妬まれた。やがて彼女は男の子を産んだが、他の妃達はその子をさらって城の外に捨ててしまい、妃のベッドの側には一籠の炭を置いたのだった。――彼女は赤ん坊ではなくこの炭を産んだのだ、と。王は彼女が炭を生んだと聞いて烈火のごとく怒り、彼女を土牢に押しこめた。
ところで、捨てられた赤ん坊を拾い上げたのは、思いがけないことに妹姫だった。新しい妃が炭を生んで王の不興を買っているという噂は彼女の耳にも届いていたので、この赤ん坊こそ真に姉の産んだ王子だと、すぐに解った。妹姫はこの子を心から可愛がって、鹿の乳で大切に育てた。
いつか王子は、四、五歳のりりしい男の子になった。その頃、王はたまに塚の側を馬で通りすぎて、小川で馬に水を飲ませていた。そこで妹姫は、王子のおもちゃに一頭の木馬を造ってやった上で、こう言って聞かせたのだった。
「王様がそこの小川でお馬に水を飲ませているのを見たら、坊やも負けずにお馬に水を飲ませるんですよ。――お馬よ、水をお飲み、と言って」
王子はこの木馬がすっかり気に入った。やがて王がやってきて、小川で馬に水を飲ませているのを見ると、坊やも意気揚揚と木馬を小川に乗り入れて、「僕のお馬よ、さぁ水をお飲み!」と言った。それを聞いて王が言った。
「バカな子だな。木馬に水が飲めるものか」
王子が家に帰って叔母にそれを話すと、叔母は言った。
「明日も同じにするんです。そして王様がまたそんなことをおっしゃったら、では王様、女の人が炭を生むなんてことがあるでしょうかと訊いてごらん」
翌日もそっくり同じだった。王子が木馬に水を飲ませようとすると、王様は呆れて言った。
「バカな子だな。木馬に水が飲めるものか」
王子はすかさず言った。
「では王様、女の人が炭を生むなんてことがあるでしょうか?」
それを聞いて、王はぎょっとした。やがてその子供が小屋へ入っていくのを見て、小屋に近づいて聞き耳を立てた。中からこんな女の声が聞こえた。
「ラール大王はあまり賢い王ではないね。でなければ、坊やの言葉を聞いたらすぐに事実を悟ったろうに!」
王はすぐさま戸口に回って、女に尋ねた。
「一体この子は何者で、何を言おうとしているのか?」
妹姫は姉の身の上を明かし、子供を拾ったときの事情も全て打ち明けた。王は驚き、またひどく喜んで、この子を皇太子に定め、牢に入れられていた妃を元の地位に戻し、妹姫には山のような贈り物をした。
こうして姉妹は再び巡り会って、それからは楽しい生活を送ったのだと。
参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
※父親が音を立てる仕掛けを作って仕事をしていると見せかけ、子供たちを野に捨てるくだりは、「ヘンゼルとグレーテル」でも見られる有名なモチーフである。姉が妹に渡した、姉の身に危難が訪れると枯れる花は[二人兄弟]でお馴染みの《生命の指標》のモチーフ。木の下で調理に失敗すると、木の上から娘が降りてきて捕まえられるモチーフは「鷲の育て子」でも見られる。王の家臣が狩りの獲物を調理しようとして美女を発見し妃に推薦するモチーフは「竜宮女房」にもある。
妃を愚かな怒りで罰した王を、野で育った実子が諌めるモチーフは【みどりの小鳥】の他、日本民話「金の瓜(茄子/胡瓜/椿/桜)」とも共通している。
いざ出産に臨むと、これは聖王の
七歳になると、父はどんな人ですかと度々母に訊くので、とうとう包み隠せずに事の次第を語り、お前は海の島に生まれて身なりも都風ではないのだから、到底父の顔を見ることは叶いませぬと諭した。すると思金松兼は
思金松兼が禁城の門前に立って王への謁見を請うと、役人たちは彼の髪が赤く潮焼けして衣が粗末なのを見て、馬鹿にして脅しすかしたけれども、思金松兼は全く怖じることなく威風堂々とした態度で中に進み入り、とうとう御前に召し出されて懐の瓜を取り出して献上した。彼が言うことには、この瓜は国家の至宝、世界稀有のもの。天が雨を降らし大地が肥えて潤うとき、生まれてから一度も放屁したことのない女にこの種を蒔かせれば、繁茂して沢山の実を結ぶことでしょう、と。
王はこれを聞いて大いに笑い、この世に生まれた人間で屁を放たない者がいるだろうかと言った。すると思金松兼はこう返した。では人が屁を放ったとして何の咎があるでしょうか、と。
王はこの言葉に心動かされ、更に内院に招き入れてつぶさに事情を訊ねて、はじめてその素性を知った。
しかし東海の小島の田舎小僧をこのまま宮中に留め置くのもどうかとて、時節を待てと言って島に帰したが、結局、王に世継ぎが出来なかったので、思金松兼が王の位を継ぐことになった。それ以来、二年に一度、代々の聖王は久高島に御幸し、また年に一度、外間根人と祝女は御仲門から進み入って魚類数品を献上し、祝女は内院に召し入れられて宴を賜い、茶葉やタバコを授けられる。根人にも御玉貫一隻を下し賜る。
参考文献
『遺老説傳』巻二
『桃太郎の誕生』 柳田國男 角川文庫 1951.
※韓国にも類話がある。花嫁が初夜の晩に放屁し、そのために離縁される。花嫁は男の子を産んで無心出と名付ける。成長した無心出は友達から嘲られて自分の出生に疑問を抱き、母に問いただして父に棄てられた経緯を知る。そこで瓜の種一升を買い、父の家に売りに行く。朝植えて夕べに食べられる瓜の種だ、ただし屁をせぬ女が植えねばならぬと。父がそんな女はいないと言うと、ならば何故母を離縁したのかと問い返した。父は後悔して妻を呼び戻し、親子で暮らすようになった。
昔、お館様が狩りに行って、昼になったので弁当を食べることにし、近くの百姓家で
ところがある正月、客人のいる宴席で、お部屋様は放屁してしまった。お館様は引っ込みがつかずにその場で成敗しようとし、周囲がまァまァと止める。押し問答の末に「
お部屋様は気を失っている間にある島に流れ着き、そこのお寺に引き取られた。流されたとき身重であったので、やがて珠のような男の子を産み、いつしかその子も十歳になった。「のう、
次の朝、男の子は独木舟で海を渡り、佐伯の浜に着いた。枝一本背負ってお館様の屋敷の前を行きつ戻りつしながら「金の花の咲く椿はいらんかえー」と声を上げていると、家人がこれを聞き咎めて中に入れ、お館様に引き合わせた。
「ふむ、近頃面白いやつ。買うて取らす。見ればただの椿の木。何でこれに金の花が咲くんじゃ」
「ハイ、それには一つ条件が。つまり、一生おならをせぬ女が植えねばなりませぬ」
「馬鹿奴。世の中にそのような者があるか」
すると男の子はヒシとお館様を見据えて言った。
「それなら十年前、あなたは何故お部屋様を独木舟に乗せました? 流しました?」
お館様はギクッとして男の子を見直し、流罪にした妻によく似た面差しであることに気がついた。
「もしやお前は?」
「そうです、もしやが私です。そしてもしやが母者です」
常々後悔していたお館様はすぐに使いを走らせた。そして島から呼び戻されたお部屋様と、親子三人仲睦まじく暮らしたそうだ。
参考文献
『大分の消えゆく民話』 隈井良幸著 大分合同新聞社 2007.
※岩手県雫石の類話では、粗相して殿様に離縁された野菊という美女が、井戸の傍に住んで子を産んで育てた。後に殿様が鷹狩りに来てこの井戸で水を汲んでいると、一人の子供が「黄金の実の生る瓢箪の種」と触れ歩いているのと出会う。以降は「独木舟」と同じ展開になるが、王の方が出掛けて行って水辺で成長した子供と出会う展開は「ラール大王と二人のあどけない姫」と同じである。
さしゅの国のさしゅの殿様には、玉のちゅという美しい娘と、かにはるという息子がいた。奥方は死に、殿様は十年間一人身だったが、妻がいないと他の殿様たちと会う時に形見が狭いと、子供たちの賛同を得てから妻を探す旅に出ていった。
三日間探し回ったが、なかなか気に入る女はいない。《やまだむちぬやし》というところに来ると、美しい女が機を織っているのに出会った。さる殿様の妻だったが夫が死んで貧しい暮らし、家屋敷も抵当に入っていると言う。この女の娘、かな共々連れ帰って後妻にした。ちゅは敬愛を持って新しい母を迎え、新しい母も子供たちを大切にした。
月日は流れ、ちゅは さがの殿様に嫁入りが決まった。ところが、嫁入りの前日に継母はちゅに命じた。
「杉山に行って、
ちゅが取ってくると、継母は大鍋に湯を沸かして、その上に苧で作ったすのこを置いて、「さぁ玉のちゅよ、この上で湯を浴びよ」と命じた。「嫌ですよ、お継母さん。たぎった湯に入れば死んでしまいます」とちゅが言うと、「あれほど立派な殿様の嫁になる女が、これを浴びれぬと言うことがあるか!」と、ちゅを捕らえて無理矢理に放りこんだ。ちゅは煮えて死んだ。
この様子を弟のかにはるが目撃して、息もつけないほどに泣いた。継母は夫にはこう言った。
「あなたは悪い先妻を持っていたものですね。その人の娘は、私が味噌の糀をたてようとしていたら、沸いた湯を自ら浴びて死んでしまいましたよ」
父は驚き嘆き、嫁入り先には何と言えばいいか、と言った。すると継母は、「何の心配もいりません。私の娘のかなを代わりにやりますから」と言った。父は胸が痛んで寝こんでしまった。
あくる日になると、さがの殿様からの迎えが来た。父は寝込んでいるので、継母と、ちゅと名乗っているかなと、かにはるの三人で行ったが、帰る段になると継母は殿様に言った。
「かにはるは玉のちゅの雇い(使用人)ですから、叱って毎日薪を取らせ、夜はあなたとちゅの
そうして家に帰り、父が「かにはるはどうした」と尋ねると、「かにはるは、姉が慣れないところで寂しがると思いまして、七日の間付いているように言ってきました」と答えた。
ちゅに成りすましたかなは、あくる日から「かにはる、早く飯食って薪取ってくるんだよ」と山へやった。かにはるは山がどこにあるか、薪はどうして取るのかも分からず、仕方なく姉の屍の埋めてある杉の山へ行った。
「杉の山のモノ、杉の山のモノ」
そう呼ぶと、姉の屍を埋めたところから
「私はお前の姉さんだよ。かにはる、お前はどうしているの? 元気でやっているの?」
「お継母さんにかなの雇いだと言われて、さがの殿様の屋敷に置いていかれて、今は火焚きから
「そうか、可哀想に……。ところで、お前は着るものはそれだけなの? 他にもあるの?」
「たったこれ一枚きりです」
「では、帰ったら
それでかにはるは姉と別れて屋敷に帰った。よく朝早く、機屋の雨戸の辺りから糸くずや布切れを拾い集めて、また杉山に行って「杉の山のモノ、杉の山のモノ」と呼んだ。白鳥が出てきて「糸くずや布切れは見つかったのかい」と尋ねた。
「探してきました」
「今日は薪を取って帰ったら、頭が痛いと言って寝るがいい。夕飯も食べないで、明日の朝は粥一杯食べて、昼飯も粥だったら一杯、もし飯だったら半杯食べて、三日の間寝なさい。四日目の朝はもう良くなったと言って、飯をうんと食って山へ来なさい」
そう言って白鳥の姉は杉の枝葉を落としてまとめてくれた。
かにはるは薪を頭に乗せて帰り、姉に教えられたように頭が痛いと言って寝た。四日目の朝になって、「もう良くなりましたから、今日は山に行って薪を取ってきましょう」と言って杉の山へ行った。「杉の山のモノ、杉の山のモノ」と呼ぶと、白鳥の姉が風呂敷に包んだ素晴らしい衣装を持ってきてくれ、「家に帰ったら決して良い所へは置いてはならない。普段はかまどの下の一番汚い畳の下に隠しておいて、夜に寒くて一度目が覚めた時に取り出して着るんだよ。そして朝は人に見られる前にまたしまいなさい」と言う。そしてまた薪の束を作ってくれて、「もう私がここに居るのは今日までだよ。明日はちょうど死んで十七日になるから、
姉と別れて、かにはるは泣きながら帰った。そしてその夜、みなが寝静まった夜更けの冷えた頃に、姉のくれた衣装を取り出して着た。
ところがその夜、さがの殿様が寝つけずに起きていた。煙草の火をつけようと思ったが、伴も妻も起きないので、仕方なくかまどまで行って自分で火をつけようとしたところ、かまどの前にピカピカと光るものがある。火かと思って火バサミで摘み上げると大きなもので、寝ているかにはるだった。
「どうした、子供。お前はこの立派な衣装をどこから持ってきた」
かにはるは動転して許しを乞い、息が切れるほど泣いたが、殿様はなだめて、「お前を叱りもしない、砕きもしないのだから、真実答えなさい」と言った。かにはるは懐から姉の形見の品を取り出して殿様の左の手に握らせ、話すから外に出ましょう、と言った。
道で話を聞いてさがの殿様は驚いた。
「どうしてお前は、もっと早く語らなかったのかい。明日の朝は早く飯を炊いて二人で杉山に行こう」
「姉は死んで明日が十七日になりますから、
「どうしても行ってみなければ、私の心は償われない。さあ、早く飯を炊いてうんと食べて、二人分の握り飯も作れよ」
こうして、二人は夜の明けぬうちに出かけた。
杉山に行くと、殿様は自分がいると出てこないかもしれないと言って木の根元に隠れ、木の枝で覆わせた。かにはるが「杉の山のモノ、杉の山のモノ」と呼ぶと、白鳥の姉が飛んできた。
「どうしたの、もう呼んではならないとあれほど言っておいたのに。私は
するとさがの殿様が出てきて、「お前はもう 元の姿には戻れないのか」と訊いた。
「昨日までなら戻れましたが、今日でもう十七日になりますから、
とにかく家へ帰って、二つの門柱にすり鉢を一つずつ据えて、中に水を入れておいてください。そして、もし白い鳥が飛んできてその中で水を浴びたら、庭の築山を探してください。その時、私の体はそこにおりますから。――もし門柱にすり鉢が据えてなければ、私は元の人間に戻ることは出来ません」
話を聞きながら、殿様は白鳥を捕まえようとした。
「私に触れてはいけません!」
「せめて触れてみなければ、どうして暮らされようか」
しかし、捕らえた殿様の手に残ったのは、ただ三匹ばかりの蝿だけだった。
屋敷に帰ると、殿様は両親に「この度の結婚は、まことにつまらぬものでした。ついては門柱にすり鉢を据えさせてください」と言った。両親は「お前の思う通りにしなさい」と承知し、殿様は水の入ったすり鉢を門柱に据えた。二つとも立派に設置された。すると白い鳥がやってきて水に浸かっては飛びだし飛び出しては浸かったので、殿様は喜んで築山に行った。水をたたえた手水鉢の前に、照る日も曇らすほど、取って呑んでしまいたいほど美しい女が立っていた。殿様は駕籠でその女を二階に案内し、偽者の妻は斬り捨てた。
継母は何も知らずに屋敷に招かれ、自分の娘の首の包みを土産にもらった。道中、どうにも頭痛がして動けなくなったので土産の包みを開けてみたが、娘の首だったので驚きのあまり魂が落ちて死んでしまった。
殿様は改めて玉のちゅと祝言をあげた。そうして、かにはるを連れてさしゅの殿様を見舞いに行った。父は子供たちの無事な姿を見て、すっかり病気が治った。かにはるも間もなく良い妻を迎えて親を安心させ、姉弟は互いに助け合い、今が今でも良い暮らしをしているそうだ。
参考文献
『一寸法師・さるかに合戦・浦島太郎』 関敬吾編 岩波文庫 1957.
※日本では沖縄地方でのみ語られている。継子たる玉のちゅが鍋で煮殺され、魂が鳥となって現れるくだりは[継子と鳥]、継母の結末は[その後のシンデレラ〜偽の花嫁型]【蛇婿〜偽の花嫁型】と共通している。
別伝では、弟が海辺で遊んでいるのを《王子》が見かけ、その美しさに感心し、姉がいると弟から聞いて、姉を嫁に迎えることにする……というところから始まる。また、別伝では弟がヒヨドリになった姉に作ってもらうのは芭蕉の服で、「川に落とした片方の靴」に出てくる芭蕉の葉に包まれた服を思い出す。沖縄では芭蕉の繊維で布を作っているが、これは中国や東南アジアから伝わったとされているそうで、フィリピンや台湾でも織られていたそうである。
参考 --> 「赤い鳥」
※前半は[牛の養い子]。後半は[その後のシンデレラ〜偽の花嫁型]【蛇婿〜偽の花嫁型】の後半部と同じになっている。
井戸の底の娘は、勿論《死》の状態にあるのである。
主人公の継子たちも織物のために実母を陥れて殺しているわけで、善良とは言いがたい。それだけに無残な結末が胸をえぐって、なんとも後味が悪い。
異郷から来た者が水の側の木の上に登り、その水影から水汲みに来た女に発見されて迎え入れられるモチーフは、世界中の話に頻繁に見る事ができる。日本神話の「海幸・山幸」もそうだ。