聖杯、そして救いを待つ咎人とがびと

 日本で「聖杯」と訳されているものは、実は二種類ある。一つはカリス Chalice 。これはイエス・キリストが最後の晩餐に用いたとされる盃、またはそれを模した聖餐用の盃だ。そしてもう一つがグラール Grail 。イギリス、フランス、ドイツ等で展開している聖杯伝説話群に登場する器である。

 この二つは本来違うものなのだが、十二世紀のフランスの詩人ロベール・ド・ボロンが自作『ペルスヴァル』においてこれらを結びつけ、交差と混同が激しくなった。ボロンによれば、聖杯とはキリストが最後の晩餐に使った杯であり、これを用いて(処刑されたキリストの遺体を引き取って葬ったとされる聖人)アリマタヤのヨセフが十字架の下でキリストの血を受けたのだと言う。ヨセフはこれを持ってアヴァロンの島(イギリス伝承の異界)に渡ったのだとしている。

 聖杯グラールが文献上初めて登場するのは、ボロンよりも三十年ほど前に書かれたと思われる、フランスの詩人クレティアン・ド・トロワによる長編叙情詩『ペルスヴァル、または聖杯の物語 Perceval, le Conte du Graal』である。この時点では聖杯は特にキリスト教とは関わらない。彼は吟遊詩人の語る口承に取材して物語を書いていたらしく、そのためかウェールズの古伝承集『マビノギオン』の一篇『エヴラウクの息子ペレドゥルの物語』に非常によく似ている。ただ、『ペレドゥル』の方には聖杯は登場せず、代わりに《大皿の上に乗せられた生首》が出てくる。聖杯探求ではなく、ペレドゥルという若き騎士が試練を与えられて冒険・成長し、悪い魔女たちを殺して一族の復讐を果たす物語である。

『ペルスヴァル、または聖杯の物語』は作者の死のために未完になっていたが、これに触発されたかのように、やがて複数の作家がほぼ同じ物語を完成させていく。ボロンの『ペルスヴァル』もそうして作り出された中の一つだ。

 ドイツのヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハの『パルチヴァール Parzival』もこの類話群に属するが、トロワの詩に直接想を得たのではなく、別のフランス人作家の詩に取材していると言う。そのためか、含まれるモチーフはむしろ原伝承『ペレドゥル』のものと共通している。なお、彼の詩を主原作にしてワーグナーが歌劇『パルジファル』を作っている。

 エッシェンバッハは、聖杯をルシファーが神に反逆して地の底に落とされた時、彼の冠(六万人の天使から贈られたもの)から外れて地上に落ちた美しい石を彫って作られた器だと独自に設定した。これをアリマタヤのヨセフが入手してキリストに贈り、キリストは最後の晩餐に用いた。彼が処刑され、脇に槍を刺されて血がほとばしると、アリマタヤのヨセフはその血の二、三滴をその器で受けた。このため器は聖なる力を得たのだと言う。瀕死の者でもこの器を見ると死ねない。また、毎日この器を見れば(この器を使って食事をすれば)老いることがない。年に一度、救世主の命日に天国から白鳩が舞い降り、聖なる器に天使か聖処女によって生み出されたホスチア(聖パン、聖餅…ウエハースのような薄いパン)を置いた。聖杯は時に人間の手に任されたが、その人間は清廉でなければならず、自らにその資格があることを証明せねばならなかった……。

 また、エッシェンバッハは『パルチヴァール』の後で叙事詩『ティトゥレル』を書いている。これはパルチヴァール(ペルスヴァル/パーシヴァル/パルジファル)の祖父で、聖杯王家の祖であるティトゥレル(ティトレル)の物語である。

 これら聖杯王家の物語は複数の人間によって語られているためそれぞれ内容が異なるのだが、エッシェンバッハの作品を中心にして大筋を説明すれば以下のようになる。

 富豪 Berillus は皇帝ヴェスパシアヌスに従ってカッパドキアからローマに移り、大きな地所を得た。彼は非常に善良で信心深い男であった。その長所は子孫にも受け継がれた。子孫のうちの一人 Titurisone には子供がなく、それを悲しんでいたが、予言者の勧めで巡礼を行うと息子・ティトゥレル Titurel が授かった。この子供は成長すると異教徒であるサラセン人たちと戦い、戦利品は教会や貧者に分け与えたので、周囲からは非常に慕われていた。

 そんなある日、ティトゥレルが一人で森を歩いていると、天使のビジョンが浮かんだ。天使は彼に、あなたは 《救済の山ムンサルヴェーシェ Montsalvatch(モンサルヴァート)》 にある聖杯の守護者に選ばれた、身辺の整理をして準備をしなさいと告げ、舞い上がって消えた。ティトゥレルは帰って資産の処分をし、鎧と愛用の剣だけを持って天使と遭った場所に戻った。すると不思議な白雲が彼を導いた。彼は深い森を抜けて、登るのが不可能に見える険しい山を登った。そしてついに山の頂上に達した時、彼は 《見えざる手》 によって宙に生み出された聖杯を見たのであった。そして騎士たちが現れ、彼を王として歓迎した。

 ティトゥレルの前に現れた聖杯はやがて薄れて消えて行ったが、彼はそこを聖山であると認め、異教徒たちから守り、数年後にはここに神殿テンプルを建てた。この時、この建造に協力し、完成の後には守護した騎士たちは聖杯の騎士団 Templeisen である。(テンプル騎士団のイメージ?)

 騎士たちは朝から晩まで働き、夜の間は 《見えざる手》 が働いた。こうして山頂に完成した神殿は、直径が百ひろあり、周囲には七十二の八角形の礼拝堂チャペルがあった。それは二つ一組で、それぞれの組に六層の塔が一つ付属し、外側の螺旋階段から入れた。神殿の丸天井はサファイア、中央にエメラルドがはめ込まれていた。頂塔キューポラの内側には無数のダイヤとトパーズが太陽と月を模して真昼のように煌めいており、窓は水晶や緑柱石などの透明な石、床には半透明の水晶が張られ、その下の縞瑪瑙オニキス細工の海の魚たちが透けて見えていた。祭壇はキリストの贖罪の象徴として全てサファイアで出来ていた。塔は全て金と宝石で出来ており、屋根は金と青い琺瑯エナメルで、塔の頂には水晶の十字架と翼を広げた金の鷲が飾られていた。主塔の頂には大きな柘榴石カーバンクルが取り付けられていて、これは夜でも神殿のありかを騎士団に報せるのに役立った。中央の丸天井の真下に神殿全体をかたどった模型があり、全ての仕事が終わった時、光輝と芳香と天使の讃美歌の中、滑り降りてきた聖杯はこの中に保管された。

 聖杯の力によってティトゥレルと彼の騎士たちの力は保持され、傷は癒された。神のメッセージが時に聖杯の縁に炎の文字となって浮かび上がったが、彼らは決してそれを無視するようなことをしなかった。

 ティトゥレルは四百歳を過ぎても四十歳のようだった。そんな頃、聖杯の縁に「結婚しなさい」という神のメッセージが浮かんだ。聖杯騎士団の全員が集められ、王の妻に相応しい女性について協議し、スペイン人の娘 Richoude が選ばれた。大使が送られ、彼女はすぐに同意した。

 Richoudeは二十年間、ティトゥレルの忠実な妻であった。亡くなった時、彼女は息子 Frimoutel と娘 Richoude (母と同じ名前)を遺しており、ティトゥレルの悲しみを慰めた。子供たちはやがて成長し、それぞれ結婚した。Frimoutelはアンフォルタス Amfortas とトレフィリツェント Trevrezent という二人の息子と、ヘルツェロイデ Herzeloide 、ショイジーアーネ Josiane、レパンセ・デ・ショイエ Repanse de Joie という三人の娘を得た。これらの子供たちが育つとティトゥレルは騎兵団を支えるのを重く感じるようになって神殿で全ての日を過ごすようになり、ついに聖杯に「Frimoutel王に香油を塗って聖別するように」との文字を見た。若い世代に譲りたいと思っていた老人は喜んで従った。

※別説では、アンフォルタスはティトレルの孫ではなく息子となっている。

 こうしてティトゥレルは息子に王位を譲ったが、死ぬことはなく生き続けて、孫娘のショイジーアーネの結婚を見届け、彼女が小さな娘・ジグーネ Sigune を産んで死んだ時には悼み嘆いた。母を亡くしたジグーネは伯母であるヘルツェロイデに預けられ、ヘルツェロイデは亡き友人の息子・シーアーナトゥランダー Tchionatulander と共にジグーネを育てた。

 ヘルツェロイデはさすらいの王子ガハムレト Gamuret と結婚をし、一人息子のパルチヴァール Parzival を産んだ。だがガハムレトはすぐに大きな戦いで戦死した。ヘルツェロイデは息子が夫と同じように騎士となり戦死することを恐れて、俗世と隔絶された荒れ森にこもった。(別説では、パルチヴァールの父は高名な騎士であるペリノア王で、戦いで両膝に傷を負って死んだ。また、パルチヴァールには二〜四人の兄がいたが、彼らも試合で命を落としていたので、母は残った末息子は騎士から遠ざけて育てようとした、となっている。)

 一方、その間にFrimoutel王は遠い地で槍の傷によって死んだ。彼の息子であるアンフォルタスが、聖杯に浮かんだ文字によって次の王となった。彼も父と同じように冒険を探して城(神殿)を離れ、ある魅惑的な女性に出会う。しかしその愛を得ようとした結果、彼は足または両腿、または両膝に槍傷を受けてしまった。(足の負傷…足が無い、というモチーフは《死》の比喩であり、聖杯王が根源的に冥王であることを示す名残だと思われるが、時に股間を負傷したと表現されることもある。その場合は、暗に男性器の損傷、去勢を述べているようにも思われる。有歯膣か? …聖杯の伝承の中には、敬虔だった守護者が信者の女性の服の裾がたまたま乱れたのを見た瞬間、一瞬、愛欲の心を持った。途端に彼は聖杯守護者の資格を失い、聖槍が落ちて彼の脚を傷つけたとするものがある。久米の仙人の伝承を思わせる。) 彼はすぐに死なずに聖杯の前に戻ることが出来、その力で死を免れたが、(神の怒りによって)傷が癒えることはなく、口では言い表せない苦しみを得ることになった。孫(息子)の苦しみを見て、ティトゥレルはこの苦しみからの解放を祈願し、聖杯の縁にメッセージが浮かぶのを見た。

「選ばれた英雄が山を登ってくる。彼がアンフォルタスの痛みの原因について尋ねれば、彼の苦しみの期間は終わって救われる。その来訪者が次代の王となり、聖杯の守護者になるだろう。」

 この希望によってアンフォルタスは幾分落ち着いた。そして聖杯騎士団は王の苦しみが終わる日々を夢見て、選ばれた新王の出現を待ち続けた。

 

 さて、森で母と暮らすパルチヴァールは、並外れて世間知らずで、それ故に無垢で純粋な少年に育っていた。彼は自分で弓矢を作り、それで初めて鳥を射た。しかし鳥が死んだのを見ると、涙ぐんでそれを母のもとに運び、鳥はどうなったのかと尋ねた。鳥は死んだ。神のみもとに旅立ったのだ。「神とは何ですか?」とパルチヴァールはきょとんとして尋ねた。母は言った。「太陽よりももっと明るく光り輝く方ですよ」と。その後、森を通りがかった四人の騎士たち(類話によって異なり、一人、五人などとも言う。)と出会ったパルチヴァールは、その輝く鎧を見て彼らこそ神(天使)ではないかと思った。騎士たちは少年の単純さを面白がって、騎士道の世界のことを教え、アーサー(アルトゥース)王の宮廷で認められるならば君も騎士になれると言った。愚かゆえに一途な少年はすぐさま母のところに戻り、騎士の旅に必要な馬をねだった。母は、もはや息子を留めておくことはできないと悟って仕方なく旅立ちに同意し、わざと派手で滑稽な衣装を着せ、くどくどと実用的ではないアドバイスを与えた。嘲笑され叩かれれば息子は自分のもとに帰ってくると思ったのだ。そして愚かな小勇者が裸馬にまたがって意気揚々と出立すると、見送った母の心臓は悲しみのあまり張り裂け、彼女はその場で死んでしまったのだった。

※一説によれば、ここで母が悲嘆のあまり倒れたのに、パルチヴァールは構わずに出発してしまった。これが彼の罪になったのだという。

 そんなことは露知らず馬を進めるパルチヴァールは、草原に幾つかの天幕が張られているのを見た。中の一つに美しい女性が眠っている。そうだ、母上は言っていたじゃないか。出会った全ての奇麗な女の人にはキスをしてよいって。パルチヴァールは眠る彼女にキスをした。彼女は眼を覚ましたが、何故か喜んではいないらしかった。パルチヴァールは不思議に思いながらも、母にそうせよと言われたのです、私はいつも母にこのように挨拶していましたからと説明し、記念にと彼女の腕輪(または指輪)を取って(または、自分のものと交換して)立ち去った。(眠り姫のモチーフ。類話によっては、母は息子のためにちゃんと常識的なアドバイスを与えたのだが、応用力のない、またはうろ覚えだったパルチヴァールが愚かな行動をとった、という風に語る。また、更に天幕にあった食料も食べてしまったと語ることが多い。)彼女が、夫に叱られるなどと叫んでいたが、頓着しなかった。やがて彼女・エシューテ(ジュシュート)夫人の夫であるオリルス(オリュリュ/オルグイユー)公爵が帰ってきて、愛の証として妻に与えた腕輪がないのに気づき、彼女を問い詰めた。眠っている間に見知らぬ若者が入ってきてキスをし腕輪を持ち去ったのです、という珍妙な説明に彼は激怒した。妻の不義を疑って奴隷のように扱いつつ、恐れ知らずの間男に追い付いて罰してやるぞと誓ったのだ。

 やはりそんな事とは知らないパルチヴァールは旅を続け、森を通り抜けて、一人の少女が頭の無い若者の亡骸に覆いかぶさって嘆き悲しんでいるのを見た。彼女はジグーネ。パルチヴァールの従姉いとこである。殺されていたのは彼女と兄弟のように育ったシーアーナトゥランダーで、彼女の愛する婚約者だった。レヘリーンという男が聖杯王家の治める二つの国を簒奪し、ジグーネを妻にしようとした。それを彼女が拒むと婚約者が殺された。(別説では、盗まれたジグーネのペットの犬を取り戻そうとしたため。)そしてシーアーナトゥランダーを実際に殺した男こそが、レヘリーンの弟であるオリルス公爵であった。パルチヴァールはいつかその男に会ったら仇を取ると約束した。しかし今の従弟ではオリルスには勝てないだろうと思ったジグーネは、わざとオリルスが行かないだろう道を教える。おかげで、パルチヴァールは知らずにオリルスの追撃を逃れることができたのだった。

※類話によってはここにジグーネとの出会いは入らず、聖杯城に行った後の邂逅が従姉との初めての出会いになっている。なお、この物語の原型と思われる『エヴラウクの息子ペレドゥルの物語』では、聖杯の代わりに「大皿に乗せた、魔女に殺された従兄弟の首」が出てきて復讐を促すが、シーアーナトゥランダーが首を切られ殺されているのは、そこから採られたイメージなのだろう。

 旅を続けるパルチヴァールは、渡し船の船頭に船賃としてオリルス公爵夫人から奪った腕輪を渡した。(別説では後まで持っていて、公爵夫人と再会した際に返して夫の誤解を解く。)そしてアーサー王の宮廷があるという都市・ナンテスに向かった。

 街に入るなり、パルチヴァールは見事な真紅の鎧の騎士・イテールと出会った。彼はアーサー王の円卓の騎士のひとりだったが、王妃に杯の中身を掛けて辱めてしまい、王のもとを離れざるを得なくなっていた。(一説では、赤の騎士は故意に王妃に杯の中身を掛け、アーサー王と激しく対立していた。)道化のような服装のこの少年に、騎士はどこへ行くのかと尋ねる。恐れを知らぬ少年はアーサー王の宮廷に行って騎士になるのですと答えた。これを聞いて街の男たちは嘲笑った。彼らはみんな騎士になりたがっているが、なかなかなれるものではないのだ。そして宮殿にやってきた滑稽なパルチヴァールを見て、理想の騎士が現れるまでは決して笑いませんと誓いを立てていた貴婦人・クンネヴァーレ(一説によれば、レヘリーンとオリルスの妹)が思わず笑ってしまった。(《笑わない王女》のモチーフの変形。宮殿の中を歩く彼を見て笑ったとも、宮殿の窓から往来の彼を見て笑ったともいう。一説によれば、可笑しくて思わず吹き出したのではなく、パルチヴァールの素質を見抜いて微笑んだ、とする。)アーサー王の執事のケイ(ケイエ)卿はそれに怒り、貴婦人を打った。このためパルチヴァールはケイ卿に反感を抱き、「いつか見返してやる」と思うようになった。(しかし一説では、ケイ卿が「面白い服装の者です」ととりなしたため、アーサー王はパルチヴァールを取り立てたのだなどとする。)

 ついにパルチヴァールはアーサー王に謁見した。王はお前が赤の騎士の装備を手に入れることができたら認めてやろうと言った。(一説によれば、意地の悪いケイ卿がそうするよう唆した。また、一説では騎士の装備だけではなく、赤の騎士の持ち去った黄金の杯を取り戻すことという試練を与えられた。)それで充分だった。パルチヴァールは赤の騎士を追い、降伏して装備を渡すように求めた。当然騎士は承知せず戦いになったが、なんと、屈強の騎士相手に、容易く勝利してしまったのだ。(百姓の獣退治用の槍の一撃だったとも、木を引き抜いて振り回したとも、携帯していた槍代わりの棒杭を投げたとも言う。)正しい騎士の作法を知らない彼は、死んだ騎士を葬ることもしなかった。母から授かった道化の衣装を捨てることはせず、その上に死体から剥ぎ取った真紅の鎧をまとった。(彼自身は鎧の着つけ法を知らなかったので、人に手伝ってもらった。)しかし彼はアーサー王の宮廷には戻らず、そのままさすらいの旅に出た。

※パルチヴァールはアーサー王に仕えることはせず旅に出るが、その理由は定かではない。ケイ卿に反発した、騎士になることだけが目的で元々仕える気はなかったなど、類話によってそれぞれ何事か説明もしてあるが、どうも動機的に弱い。単に物語の都合上、パルチヴァールは旅を続けなければならなかったのだろう。

 旅するパルチヴァールは高貴な騎士であるグルネマンツ Gurnemanz (ゴルネマン)の城に立ち寄った。彼はここで騎士としての正しい教育を受けて洗練され、叙任も受けて正式な騎士となった。グルネマンツは三人の息子を失っており、パルチヴァールを四人目の息子のように扱った。そして自分の娘と結婚して留まることを望んだが、一年後にパルチヴァールは出立した。

※『エヴラウクの息子ペレドゥルの物語』では、このように主人公を教育して騎士にするのは実の伯父。

 彼は間もなく、若き女王コンドヴィーラールス(コンヴィラシュール)の治める国に入った。彼女は父の遺産として国を引き継いだが、クラーミデー王に攻められて国は疲弊していた。クラーミデー王は降伏して妻になるよう女王に求めていたが、彼女はそれが死ぬほど嫌だった。そこにやって来た赤い鎧の騎士、パルチヴァール。彼こそは救い手になってくれるかもしれない。女王は意を決して夜這いを仕掛けるが、その点では未だ無知で無垢な少年である彼には通じなかった。しかし夜語りに女王の窮状を聞き、恩人であるグルネマンツの息子を殺したのもクラーミデー王の腹心のキングルーンであると知ると、パルチヴァールは戦うことを決意する。彼は正しい騎士の作法でキングルーン、次にクラーミデーに勝利する。コンドヴィーラールスはパルチヴァールこそ運命の夫だと心に決め、夜這いを続けて三夜目にしてついに無垢な彼を陥落することに成功、夫婦となった。

※トロワ版では、ペルスヴァル(パルチヴァール)の妻の名はブランシュフルールである。

 幸せな日々が続いたが、間もなくパルチヴァールは母が心配になった。母がとうに死んでいるなど想像もしていない彼は、母を迎えに行くために一時的に里帰りすることにしたのだ。

 その途中、彼は湖に行き当たった。足が不自由らしい(非常にハンサムな)釣り人(漁夫)がいたので、(別説では、川が渡れず困っていると釣り人の乗った船が下ってくる。)近くに泊まれる場所はないかと尋ねると、そこの岩の裂け目から登って行けば、頂上に城が見えると言う。そう。パルチヴァールは知らぬことであったが、そここそが聖杯城、《救済の山ムンサルヴェーシェ》だったのだ。吊り下げ橋が下ろされ、彼はその城に入った。美しい衣服を着た城の人々は口々にあなたを待っていたと言い、大広間に案内した。四人掛けのテーブルが四百人分あり、騎士たちが席に着いた。高座には毛皮を身にまとった男性が座っていたが、彼は明らかに病んでいて、苦しげであった。――驚いたことに、よくよく見れば先ほど会った漁夫のようである。(彼はパルチヴァールの伯父・アンフォルタス王。両足に癒えぬ傷を負って歩けなかったが、釣りは彼の趣味であった…と一般に説明される。実際にはフランス語で「漁師」と「罪人」を表す言葉《ペシュール》がよく似た発音だったため、混同が起きたか、わざと掛けたものらしい。またキリストの第一・第二使徒の兄弟が元は漁師だったことと関連するとの説もある。)彼はパルチヴァールの席を自分の近くに設けた。彼もまた、パルチヴァールに立派な剣を与えるなどいやに好意的で、「長い間そなたを待っていた」と言うのだった。パルチヴァールは不思議でたまらなかったが、何故なのかと質問するのを我慢した。というのも、師であるグルネマンツに「騎士たるもの、詮索好きであってはいけない。無駄口をたたくな。人にむやみにものを尋ねるのは失礼である」と教えられていたからだ。

※一説によれば、漁夫王フィッシャーキング自身が「不思議なことが起きても何も尋ねてはならない」と言った。また、一説によれば聖杯を守護する「聖杯王」と足の傷ついた「漁夫王」は別人で、「聖杯王」は「漁夫王」の父。十二年間一度も自室から出たことがないという。

 その時、突然大扉が開いて、使用人が血にまみれた槍を持って、しずしずと入って来た。刺繍の施されたクッション、黒檀の台(これは肉切り台のことらしい。つまり まな板か? 本来は『包丁、まな板、食器を持った人々が入ってきた』というシーンなのだろうか。)などを持った使用人が続き、毛皮を着た王の前に置かれた。最後に美しい乙女(例によってパルチヴァールは知らぬことだが、王妹にして彼の叔母であるレパンセ・デ・ショイエだ。別説では彼の姉。)が輝く器を捧げ持って入ってきた。彼女がそれを王の前に置いたとき、周囲の騎士たちが「あれが聖杯だ」と囁くのをパルチヴァールは聞いた。乙女が下がると、騎士たちが近づいた。(あるいは、聖杯が独りでに飛び回って各人の皿に給仕した。イギリスのファンタジー『ハリー・ポッター』にもこの描写は受け継がれている。)鹿肉のペッパーステーキなど、王侯貴族が食べるような最上級の料理と最高に芳醇なワインが聖杯から湧き出して、それぞれの一番好きなメニューが支給された。そして食事は始まったが、全員が沈痛な面持ちで、押し黙ったまま食べていた。パルチヴァールは不思議でたまらなかったが、やはりぐっとこらえて質問しなかった。(一説によれば、聖杯は食事中三度、大広間を横切った。)

 食事が終わると、王は何かを期待するかのようにじっとパルチヴァールを見た。しかし彼が何も言わなかったのでゆっくりと部屋を出て、深いため息をついた。騎士たちは怒りの一瞥を客人に投げた。使用人たちは悲しげな顔をして彼を寝室に案内したが、何故か途中で苦しそうに眠っている白髪の老人を見せた。(彼はティトゥレルらしい。聖杯から湧き出る薄いパンのみで命ながらえ、十五年間部屋から出ていないと、後に隠者トレフィリツェントが語る。)パルチヴァールはますます怪しんだが、それが誰かと問うことを我慢した。そして寝室に案内されると、壁には見事な刺繍のタペストリーがかかっていて、その図柄の中で敵の槍に貫かれているのはこの城の王らしく思われた。パルチヴァールの好奇心は更に強くなったが、使用人にそれを訊ねるのは恥であると考えて静かにベッドへ行った。全ては明日にしよう、と。

 翌朝、目覚めると城は死んだように静まり返っており、いくら呼んでも使用人はやって来なかった。外へ向かう扉だけが開いており、出ると自分の馬が待っていた。馬に乗って吊り上げ橋を渡りきると、それはゆっくり上がって城への道を途絶させ、塔から恐ろしい声が響いた。

「呪われよ。汝は汝が行うべき偉業を果たさなかった!」

 その日の終わり、パルチヴァールは再び従姉のジグーネと出会った。彼女は以前のふっくらした少女の姿ではなく、やつれて影のある女性になっていた。相変わらず(腐り果てた)恋人の亡骸を抱いており、それを安置する場所を悲しげに求めていた。彼女はパルチヴァールから不思議な城の話を聞くと態度を一変させて罵った。「あなただけが伯父・アンフォルタス王を永い苦しみから救えたのに。あなたが伯父に一度でも同情的な声をかければ、それでよかったのよ。そう出来たなら、あなたは王位さえも得ていたでしょう」と。聖杯城は運命に定められた者しか辿り着くことはできない。あなたこそが待望の定めの騎士だったのだと。

「栄誉を失いし者、呪われた男よ! あなたが王を癒せば彼は国を治めることが出来た。あなたがそうしなかったために国は荒廃し、多くの民が苦しみ続けることでしょう」

 彼女にまで呪いの言葉をかけられ、パルチヴァールは初めて、自分が無知から酷い罪を犯したらしいことを知った。そして急いで不思議な城に戻ってやり直そうとしたが、城は消えており、どこにも見つけることは出来なかったのである。

 パルチヴァールは、同じ場所に二日と留まらない、決闘は必ず受けるなど、今後は自らを積極的に苦境に置くことを誓う。そうすればいつか再び聖杯城への道が開かれるかもしれないと。

 そんな中、彼は鎖に繋がれて騎士に折檻されている(あるいは痩せ馬に乗せられた)女性に出会った。師グルネマンツの「苦しんでいる全ての女性を救うべし」という教えを思い出し、激しい戦いの末に騎士をやりこめて女性を救った。そしてそこで気付いた。彼女はかつて自分が無体にキスをして腕輪を奪ったエシューテ夫人であり、折檻していた騎士は彼女の夫のオリルス公爵だったのだ。パルチヴァールは慌ててかつての弁明をし、夫人の潔白を証明して、オリルス公爵に今後は妻を大切にするよう約束させた。

 さて、パルチヴァールはこれまでに倒した多くの騎士たち、クラーミデー王やその腹心のキングルーン、オリルス公爵らを、アーサー王に仕えるよう誓わせて宮廷に送り出していた。優秀な騎士たちが続々と恭順することになり、アーサー王はそれだけの業績のあるパルチヴァールを自分の円卓に加えようと探し回っていたが、すれ違うばかりでなかなか邂逅を果たせなかった。

 そんなある日、五月だというのに雪が降り、一夜で辺りを白く埋めていた。アーサー王の鷹狩りの鷹が野鴨を襲い、その血が三滴、パルチヴァールの前の雪原に滴った。(一説によれば、そこに更に大ガラスが舞い降りた。あるいは白と黒の羽と赤い血が雪の上に散らばっていた。)その色のコントラストを見たとき、彼の心の中に愛しい妻・コンドヴィーラールスへの想いが湧き上がった。

「この光り輝く色を作ったのは、一体誰だろう? いや、実際、愛しい妻のコンドヴィーラールスよ、この色はお前によく似ている。この血の二滴はお前の頬の紅で、一滴は唇の紅だ。その一方、雪の穢れない白はお前の体に似ている」(「白雪姫」などでもお馴染みの詩的表現。カラスが舞い降りていた場合、更に「黒玉よりも黒い髪」などと言う。)

 ぼんやりと夢想にふける彼をアーサー王の小姓が発見し、不審人物だと思って報告した。それを聞いた騎士たちは血気にはやり、王の許可を得て決闘に向かった。(または、挨拶に行った。)まずはゼグラモルス。次にケイ卿が。ところがぼんやりしていたパルチヴァールは、襲いかかられると殆ど無意識のまま二人を打ち倒してしまった。最後に向かったアーサー王の甥・ガーヴァーン(ガヴェイン)は、この赤い鎧の騎士に敵意はないらしい、それどころかぼんやりしていると見て取ると、血の滴った雪をマントで覆ってから丁寧に話しかけた。パルチヴァールはアーサー王の宮廷に迎えられ、正式に円卓に加えられた。

 ……が、一説によればここで邪魔が入る。聖杯城からの使いである醜い魔女クンドリーエが現れてパルチヴァールを非難し、更にアーサー王に向かい、聖杯城への道筋にある魔法の城シャステル・マルヴェイレに囚われた四人の王妃と四百人の乙女を救う勇者はいないのかと責めたてた。四人の王妃とはアーサー王の母、その娘でガーヴァーンの母、そして彼の二人の妹である。王は家臣たちと共に探求を始める。一方、ガーヴァーンはシャンプファンツァーン城の城主を殺したという濡れ衣を着せられ、それを晴らす決闘をするべくその城へ向かい旅立つ。そしてパルチヴァールは栄光の座を捨て、聖杯城を求めて一人旅立っていく。

 

 そこから四年ほど、物語はガーヴァーン視点で語られる。

 旅の途中、ガーヴァーンは戦争が起きようとしている場面に遭遇する。リースの王・メルヤンツは、後見人・リプパウトの長女・オビーエに求婚していたが、手ひどく拒絶された。それで怒って戦を仕掛けたという。実はオビーエはメルヤンツを愛しているのだが、何故かつれない態度をとっているのである。リプパウトに助力を求められたものの、自身の決闘を控えたガーヴァーンは渋る。するとオビーエの妹である、未だ幼いおしゃまな少女、オビロートが説得にきた。

「お願い、どうか私たちを助けて。私の騎士として戦ってください。その代わり、あなたに私への愛の奉仕ミンネを許すわ」

 ガーヴァーンは、神よりもご婦人の愛の方が大切だと言っていた、友・パルチヴァールの言葉を思い出した。

「お受けいたしましょう。ですがあなたに愛の奉仕を許していただくには、もう五年待たねばならないようですね」

 ガーヴァーンはリプパウト軍に参加してメルヤンツ王を倒し、捕虜にした。なお、この戦いにメルヤンツ側の助っ人「名無しの騎士」としてパルチヴァールも参加しており、戦場で彼らはすれ違った。

 捕虜となったメルヤンツ王に恭順の誓いをさせる権利をガーヴァーンは与えられたが、彼は「私はオビロート姫の騎士として戦ったのだ。だから誓いは姫になさい」と言った。幼い姫は笑ってメルヤンツ王に姉との結婚を命じ、お騒がせ者のカップルはようやく鞘に収まったのだった。

 旅立った彼はついに決闘の地、シャンプファンツァーン城に着いた。殺された王の娘で現王フェルグラハトの妹であるアンチコニーエが彼に一目惚れし、殺そうとする城の人々と庇うアンチコニーエの間で騒動になる。そこに、ガーヴァーンに決闘を申し込んだ騎士・キングリムゼルが帰ってきて、これでは正々堂々ではないと怒った。

 話し合いの結果、二つのことが決められた。

 ひとつ。フェルグラハト王はある森で謎の騎士(パルチヴァールである)と決闘し、敗北して、一年間聖杯を探すことを誓わされた。しかし聖杯探しは命を失いかねない危険な旅である。よって王の代わりに聖杯を探すこと。

 ふたつ。キングリムゼルとの決闘はメルヤンツ王を立会人にして行う。もしも聖杯探しの旅から無事に戻れたら、直ちに決闘を行うこと。

 こうしてガーヴァーンもまた聖杯を探して旅立った。

 やがて彼はローグロイス城の城主、美しき公爵夫人オルゲルーゼ Orgueilleuse と出会う。一目で激しい恋に落ちた彼は、関わってはならない、彼女は多くの男を冷たく殺したという周囲の警告にも耳を貸さず、彼女に従って城に向かう。その城は深い濠に囲まれていて渡し船でしか入れない。実はそここそが魔法の城シャステル・マルヴェイレであった。ある女王との不倫の罰として去勢された魔法使いが、それを恨んで多くの女たちを誘拐してこの城に置いた。この城は元はオルゲルーゼの家のものだったが、今は魔法に支配されている。城内には様々な罠が仕掛けられており、この試練を超える者があれば魔法は解かれることになっている。まずは、眠っているとベッドが勝手に走り出す。この魔法のベッドリート・マルヴェイレから振り落とされないようにすること。次に、降り注ぐ石と矢(または槍と短剣)を防ぐこと。大きな棍棒を持った無骨な男が生死の確認に現れ、その後で一頭のライオンとの死闘になった。その全てを果たしたとき、ガーヴァーンは出血のために気を失った。彼を復活させたのは城に囚われていた祖母・アルニーヴェ(アーサー王の母)を始めとする女たちであった。ガーヴァーンが試練に打ち勝ったことで、彼女たちは救われたのだ。

 目覚めた彼は再びオルゲルーゼのもとへ走る。彼女はガーヴァーンに更なる試練を与えた。護衛の騎士との一騎打ち。険しい谷川の向こうにあるクリンショルの林に馬で飛び渡り、木の枝を入手すること。ガーヴァーンは一度失敗して谷川に落ちる。すると今まで冷たい仮面のようだった彼女が泣いた。泳いでクリンショルの林(クリンショル城)に入って枝をむしると、たちまち主であるグラモフランツが現れた。彼は魔法の城に囚われている乙女・イトニエー(ガーヴァーンの妹)への愛の伝言と引き換えに枝を折ることを許す。ガーヴァーンが木の枝を取り再び谷川を越えて戻ると、オルゲルーゼは約束通りすっかりしおらしくなって彼の愛を受け入れ、全てを打ち明けた。

 実はかつてオルゲルーゼは恋人をグラモフランツに殺されていた。復讐を誓った彼女は、グラモフランツを倒せる強い男を探すために無数の騎士を誘惑しては試練を与えていたのである。そして実は、聖杯城のアンフォルタス王の負傷もまた、オルゲルーゼの誘惑に負け、試練を超えられずに受けた傷だったのだ。

※話によっては、城の中での試練のエピソードはこの後に入るようだ。確かにその方が筋が通っている。

 グラモフランツはイトニエーと愛し合っていた。しかし父をガーヴァーンの父に殺されており、ガーヴァーンを討つことを誓っていた。そしてガーヴァーンの愛するオルゲルーゼはグラモフランツを心から憎んでいる。彼らは決闘することになり、ガーヴァーンは伯父のアーサー王に手紙を出して立会人になってくれるよう頼んだ。

 ところが決闘の日、クリンショルの林の葉冠を兜に挿した真紅の甲冑の騎士と出会ったガーヴァーンは、てっきりグラモフランツだと思って戦いを挑み、コテンパンにのされてしまう。相手の正体は通りすがりのパルチヴァールだった。そこで決闘の日は翌日に延期されたが、パルチヴァールは今度はガーヴァーンの代わりにグラモフランツと戦い、こちらもコテンパンにしてしまった。アーサー王の計らいで和解がなされ、決闘することなく全ては解決し、ガーヴァーンはローグロイス城の主となった。キングリムゼルとの決闘は有耶無耶になったようだ。

 一方で、未だに己の罪深さを噛み締めるパルチヴァールは人々が寝静まっている夜明け、再び一人旅立つのだった。

 

 さて、少し時間は遡る。

 アーサー王の宮廷を後にしたパルチヴァールは、みたび従姉のジグーネと出会っていた。庵の中で哀れにやつれ果てた彼女は未だに恋人の亡骸の傍らで涙にくれており、その命をつなぎとめているのは、魔女クンドリーエが運んでくる、聖杯から湧き出した幾許かの食物だけであった。彼女に聖杯城への道を教えられて進むが、聖杯城の番人である騎士と戦いになり、谷に突き落とされる。何とか助かって先へ進んだ。

 そして雪の日、甲冑を着ていたパルチヴァールを女たちと共に懺悔の巡礼をしていた老騎士が叱る。キリストの亡くなった金曜日は聖なる日なのだから、血なまぐさい格好などしていてはいけないと。パルチヴァールはいつしか自分が神への信仰を失いかけていたことに気づいて愕然とする。

 老騎士の足跡を辿って、(草原または森の奥の)隠者・トレフィリツェントの庵に着いた。隠者はやはり、聖金曜日なのだから鎧を脱ぐようにと警告する。彼と話するうち、パルチヴァールは彼と聖杯王アンフォルタスが兄弟であり、彼らが自分の伯父であること、アンフォルタス王がどんな罪によって苦しんでいたのかといったことを初めて知る。トレフィリツェントは聖杯の守護よりも俗世の楽しみに傾倒し、兄・アンフォルタスのアバンチュールに同行したのだ。が、結果として兄が傷ついて苦しむことになったのを見て後悔し、出家して神に祈りを捧げるようになったのである。そしてまた、トレフィリツェントはパルチヴァールの母・ヘルツェロイデが死んだことをも告げた。息子を手放した悲しみのために死んだのだ。これもまた、パルチヴァールが聖杯入手に失敗した原因…知らずに犯した《罪》であったに違いない、と。理不尽であろうとも、無知であることは確かに罪なのだ、とパルチヴァールは悟る。

 その後、聖杯城を求めて旅した彼はガーヴァーンより先に魔法の城の傍を通りかかり、公妃オルゲルーゼに誘惑されるが、彼の心を激しい熱情で占めるのは常に妻のコンドヴィーラールスのみであり、誘惑に揺らぐことすらまるでなかった。

 ガーヴァーンとグラモフランツの和解の後で旅立った彼は、間近の大きな森で立派な身なりの異教徒と出会った。挑まれて戦ったが殆ど互角で負けそうになる。持っていた剣(または槍)が折れたのを見て、相手は武器のない者とは戦わないと言い、名乗るよう求めた。先に名乗るのは負けた者だ、とパルチヴァールが意固地に撥ねつけると、相手は笑って名乗った。「アンシェウヴェのフェイレフィースフェイレフィース・アンシェヴィーンだ」と。

 彼は、パルチヴァールの父が最初に結婚した妻、黒人の偉大な女王ベラカーネとの間に設けた息子であり、パルチヴァールの異母兄であった。(彼は黒と白がまだらに入り混じった特殊な肌色の持ち主で、その名の意味も「まだらの息子」である。)初めて会った兄弟は互いに抱き合った。

 一説によれば、パルチヴァールはフェイレフィースを連れて魔法の城に戻り、(パルチヴァールの母方の親戚である)アーサー王たちと宴席を共にさせたが、そこに例の聖杯城の使者、魔女クンドリーエが現れた。彼女はパルチヴァールに言った。悲しみは去り、喜びが訪れつつある。あなたは次の聖杯王として神に指名された。既にあなたの妻のコンドヴィーラールスと、あなたが旅をしている間に生まれた二人の息子たちも聖杯城へ向かっている、と。そしてクンドリーエは彼を聖杯城に導いたという。

 ともあれ、パルチヴァールは異母兄と共に森を進み、やがて山に至ってその急な斜面を苦難の末に登った。パルチヴァールにとってそこは見覚えのある場所だった。聖杯城の門は開かれ、かつてと同じように人々が歓迎し奥へ導いた。宴席が設けられ、例のように使用人たちが槍や台を持ってしずしずと入ってくる。最後にレパンセ・デ・ショイエが輝く器を捧げ持って現れた。(一説によれば、このとき苦しみに倦んだアンフォルタス王はパルチヴァールに「死なせてくれ」と言った。しかし)パルチヴァールはついに王に向かって言った。「何故そんなに苦しんでいるのです。どこが痛むのですか」と。たちまち王は癒されて跳ね起きたので、喜びの歓声は長く響いた。

 非常に年老いた男性がやって来た。彼はパルチヴァールの曾祖父(祖父)、ティトゥレルであった。彼はパルチヴァールの頭に冠を載せ、叫んだ。

「聖杯王パルチヴァール、万歳! 永遠に見失ったかに見えて、今、汝は永遠に祝福された。聖杯王パルチヴァール、万歳!」

 そのとき扉が開き、パルチヴァールの妻コンドヴィーラールスと、双子の息子のカルディス Kardeiss とロヘラングリーン Lohengrin (ローエングリン)が、聖杯の力によって呼び出されて入ってきた。(一説によれば、パルチヴァールがプリミツェール河畔まで出向いて再会する。)

 この幸せな光景の中、異教徒であるフェイレフィースだけが奇跡を何も見ることが出来なかった。ただ、彼の目に映ったのは美しい乙女レパンセ・デ・ショイエのみだったのだ。彼はその場で洗礼を受けてキリスト教に改宗し、レパンセ・デ・ショイエと結婚した。二人の間にはヨーハン(ジョン)という息子が生まれ、彼は高名な戦士となって、テンプル騎士団の歴史的創始者となった。

 ティトゥレルはアンフォルタスの回復を見届けて子孫たちを祝福した。また、ジグーネの魂が天国で恋人と添い遂げたことを報せた。(一説によれば、妻子を迎えに行ったパルチヴァールがジグーネの庵に立ち寄ったところ、ジグーネが恋人の棺の傍らで息絶えていたので共に葬った。)これらを終えるとティトゥレルは大広間から出て行き、その後二度とその姿を見せることはなかった。

 そして魔女クンドリーエは喜びのあまりに死んでしまった。(【桃太郎】系の英雄民話に見られる、息子が偉業を果たすと母親が喜びもしくは驚愕のあまり頓死するモチーフ。してみると、醜い魔女クンドリーエは「母」に相当するキャラクターだったらしい。)

 パルチヴァールは聖杯城の王となり、双子の息子のうちカルディスに地上に残した王国を継がせてこの世の王として、ロヘラングリーンは聖杯城の後継者にしてあの世の王にした。ロヘラングリーンの物語は《白鳥の騎士ローエングリン》伝説としてまた別の話群を形作っている。

 また別の説では言う。パルチヴァールはアンフォルタス王が死ぬまでは地上で暮らし、アーサー王の円卓に加わっていたと。彼が聖杯王に即位した際にはアーサー王と騎士たちは全員出席して、その後も毎年訪問したという。パルチヴァールが死ぬと、聖杯を覆っていた聖槍や銀の平皿は天に運び去られ、その後二度と地上で見られることはなかったという。

 また別の説では言う。聖杯はプレスタージョン(キリスト教を伝道し中央アジアの王国を支配したとされる、中世西欧の伝説上の人物)によって遠く東の地に運ばれたと。



 十三世紀にトマス・マロリーがまとめたアーサー王伝説体系が現在最も知られているが、古伝承ではパルチヴァールだけの物語だったと思われる聖杯探索に、ガーヴァーンに加えてランスロット、ボールス(ランスロットの従兄弟)、ガラハッド(ランスロットの息子)が新キャラクターとして加えられ、更に聖杯を得る必須条件として《純潔(童貞)であること》が挙げられるようになった。最終的に聖杯を得たことにされたのは、無垢であり続けたガラハッドである。本来の主人公であったパルチヴァールは、探索失敗してガラハッドに追随した結末を迎えるだけの脇役に追いやられてしまった。

 ちなみに、聖杯を得たガラハッドは天使たちに運ばれて天に召されるという結末である。古い物語でパルチヴァールが山上の不思議な城の王になるのも、結局は冥界の神王となる…地上の人間としては死ぬという意味ではあるのだが、表現があまりに直接的に「死」を語っていて、現代人の感覚で見ると虚しく思えてしまう。

 マロリー版では聖杯王の名はペレス Pelles とされており、どうやらパルチヴァールの別名ペルレスヴォ Pelesvaus に由来しているらしい。パルチヴァールこそが本来の聖杯王であり冥王であるという片鱗が、そのような形で残されている。



参考文献
Legends of the Middle Ages』 H.A. Guerber / 『FullBooks.com』(Web)
『新訳 アーサー王物語』 トマス・ブルフィンチ著 大久保博訳 角川文庫 1993.

※「とても登れないような険しい山の頂に聖霊がおり、呪具がある」というエピソードは、北欧の冥界信仰…いわゆるガラス山の伝承と関連している。例えばフランス民話「緑の山」では、つるつるして登れない山に苦難の末に登ると、そこに三つの卵がある。それを入手し壊れぬよう守ることが冥王に認められ婿(冥王の後継者)となる条件である。類話の「黒い山と三羽のあひる」冥王は寝ている若者をベッドごと串刺しにしようとするが、これはガーヴァーンが魔法の城で受けた魔法のベッドや降り注ぐ槍などの試練と同じものだろう。

 ガーヴァーンもパルチヴァールも「谷川を越えようとして落ちる、落とされる」という目に遭っているし、聖杯城や魔法の城に入る前には湖や川、濠を渡らねばならない。これはこの世とあの世の境界…三途の川を越えるイメージである。ガーヴァーンが川を越えてクリンショルの林に侵入し、枝を取った途端にグラモフランツが現れて咎めだてるのは、「木のつづれのカーリ」のような民話で、不思議な森の葉を取ると森番の魔物が現れて戦いを挑んできたり、あるいは「美女と野獣」系の民話で不思議な城の花や果実を盗むと魔物が現れて花嫁を要求するモチーフと共通している。

 オルゲルーゼ、グラモフランツらはそれぞれ冥界神〜豊穣神の性格を持ったキャラクターだ。同様に、パルチヴァールに聖杯城への道を示すジグーネも冥界に関わるイメージを持っている。常にどこかへの道の途上に現れ、恋人の亡骸を抱いて泣いている様子は、泣きながら死すべき定めの戦士の鎧の血を洗うとされるケルトの死と戦いの女神バズヴを思わせるが、日本の「酒呑童子」で、泣きながら血のついた衣を洗う娘が鬼の岩屋への案内をしてくれるように、あるいは、日本神話の一説でヤマトタケルと初めて出会った時のミヤズヒメが川で染め布を洗っていたとされるように、冥界の入口で英雄(冥界への旅人)を出迎える関守の女神、奪衣婆やババ・ヤガー、グライアイ、山姥に近しい存在のように感じられる。

 そして聖杯王となるパルチヴァール自身も、冥王(生命と死の神)としての側面を持っている。何故かクリンショルの林の葉冠(生命の木の枝)を着けて出現する点に、それが窺える。

 聖杯グラールの起源が何であるかに関しては諸説あり、定まってはいない。グラールという言葉は古フランス語の gradale に由来すると考えられ、ラテン語にも類縁語 gradalis がある。ボウル、盥、皿といったような意味で、要は大きくてやや深めの、中が空洞の容器のことを指すらしい。キリスト教の聖杯カリスの影響で、聖杯と言うとワインを飲むグラスのようなものを思い浮かべがちであるが、実際は《聖なる鉢》とでも和訳した方がよさそうだ。

 キリスト教色に染まった物語では、聖杯はキリストの血を受けた杯とされ、キリストを処刑した聖槍(ロンギヌスの槍)とセットにして語られる。天から白鳩の姿で舞い降りた聖霊が、年に一度、小さな聖パンホスチアをその中に置くとする。その聖パンは不老長生をもたらすのだと。

 鳩が神の食べ物を運ぶ、それを食べれば不老長生となるという観念は、ギリシア神話にて白鳩が打ち合う岩門を抜けてゼウスに神饌アンブロシアを運ぶという伝承と類似である。インドの伝承ではインドラ、北欧の伝承ではオーディンが、鷲に姿を変え霊酒を魔神から盗んで神々にもたらす。

 しかしキリスト教色の薄い、より古い伝承では、聖杯からは各人の好きな御馳走や酒が無限に湧き出して、しかも勝手に飛び回って給仕してくれたと語られるものだ。

 中から無限に食物の湧き出る器、という視点で見ると、類似の呪具は各地の伝承で見られ、珍しいものではない。七世紀に成立したとされるケルト(アイルランド)の古伝承「フェヴァルの息子プランの航海」を見ても、海の果てのエヴナの国……日本で言うなら乙姫の支配する竜宮城……では皿に盛られたご馳走はいくら食べてもなくならないことになっている。

 一般に聖杯の関連物として挙げられるのは、ケルトのダグダ(ダグザ)神が持つという魔法の大釜だ。その大釜からは徳に応じて無限に食べ物が湧き出たという。

 ガーヴァーンが魔法の城で試練を受けた時、棍棒を持ち百姓のような服装をした恐ろしげな謎の男が現れたものだが、ダグダ神も棍棒を持ち、漁師や樵のような服装をしている。彼は冥界神であり、自然の作用と豊穣の神であり、地下の常若の国を支配している。北欧の神トールはハンマーを持ち、山羊を食べても骨の上でハンマーを振って復活させることが出来たが、同じように、ダグダが飼う豚は料理して食べても翌日には勝手に(?)復活するとされる。彼の国では誰も老いず、彼の富は永遠に尽きない。……死んだ者は永遠に不変なのだから。

 ダグダの棍棒は一振りで九人を粉砕できたが、反対側を振れば死者を蘇らせることができた。トールがハンマーで山羊を蘇らせるように。日本の伝承には振ると無限に富の湧き出る 《打ち出の小槌》 があるが、口承民話を見ていくと、田螺や小人(一寸法師)のような異形の英雄を、その妻がこの槌で叩き潰す。すると彼は背の高い立派な男に生まれ変わるのである。グリムが採取した「白雪姫」の類話の中には、小人たちが白雪姫の死体を魔法の槌で軽く三十二回殴ると蘇った、と語るものがある。死と再生は表裏一体なのだ。

 なお、ロベール・ド・ボロンは聖杯王の名をボロン(ブラン)としたが、これはウェールズの古伝承「リールの娘ブランウェン」等に現れるブラン王の名を転用しているとされる。ブランの原型は太陽〜冥界神であり、相応しく、死者を煮込めば生き返る《再生の大鍋》を持っていた。ダグダも同じものを持っていたとされる。これは日本的感覚で言えば《地獄の釜》のことだ。煮込み・焼くことによる再生の観念は、ギリシア神話の魔女メディアのエピソードを挙げるまでもなく、伝承の中では枚挙に暇がない。燃えるかまどや煮え立つ鍋を太母神の子宮とみなし、死者の魂が地獄の炎に焼かれて浄化・変成され、新たに生まれ変わるという観念が根底にあるものと思われる。現代のキリスト教世界では、この観念は「魔女が大鍋で薬を煮込む」というイメージに変形して残っている。

 プランは食べ物や飲み物が湧き出る角杯を持っていたと言うが、ギリシアには豊かな食物の象徴として 《豊穣の角コルヌー・コピアイ Cornu Copiae 》 の観念があった。これは主神ゼウスの幼少時代の神話と結び付けられている。実父に迫害され密かに育てられたゼウスの乳母は、雌山羊アマルテイアであった。または、乳母アマルテイアは山羊の乳でゼウスを育てた。そのため、成長したゼウスは乳母の角を豊穣の象徴とした。あるいは、何でも欲しい物の出てくる豊穣の角を感謝の証として乳母に与えた、と言う。

 欲しいもの、特に食糧が湧き出てくる角は【シンデレラ】系の継子譚にはしばしば現れる。継母に苛められ飢えている子供を、(亡母の化身ともされる不思議な牛がこっそり養っている。やがて牛は殺されるが、その角の中、または骨、あるいは死骸から生えた木から、食べ物でも衣服でも欲しいものが何でも湧き出るのだ。殺されて骨になる以前は、角ではなく耳の穴や尻の中から無限に食物を出して継子を養ったと語られることもある。

 身体の穴から富を排出するというイメージの根源は、地母神が子宮〜女性器から無限の富を産み出す、というものなのだろう。日本神話でも、食物の女神オオゲツヒメは口や鼻の穴、尻から食物を排出していたとされる。民話では山姥が尻から紡がれた糸や錦等の宝を出す。聖杯物語のルーツには諸説あるが、イスラム世界からスペインを経由して伝わった神牛信仰に由来するとの説もあることを併記しておく。乳や肉や皮や、その体から作り出される全てが人間を潤す牛は、インド・イラン世界では善き創造の象徴とされる。

 この他、無限に食料を湧き出させる呪具としては、フィンランド神話で語られる《サンポ》がある。これは極北の異界ポホヨラを支配する魔女・ロウヒが所持する挽き臼で、世界樹の根元、即ち世界の中心で回り続け、小麦や塩や金を生み出し続けているとされる。臼もまた、内部に空洞があるため子宮と関連付けられる生活道具だ。西欧の伝承では、善良な老人がふとしたことで天に昇ると、天使が臼を回して金の粒を出し続けているなどと語るものがある。同様のモチーフは日本の民話にも見られ、天の異界に迷い込むと臼の中に素敵なお菓子が詰まっているなどする。また、臼から無限に湧き出す富が止まらなくなって破滅をもたらす【塩吹き臼】の民話はよく知られているだろう。この伝承群では富が湧き出す道具は臼とは限らず、鍋、鉢、壺などと語ることもある。いずれも内部が中空の器である点は共通している。(臼や空洞の木から水が噴き出して洪水になる、という中国や東南アジア〜南米に見える神話も、この富の湧き出る容器の観念に関連するだろう。)

 次に、聖杯のもう一つの特徴、独りでに飛び回って給仕をする、という線を見てみよう。 

 マルコ・ポーロの『東方見聞録』中、元の皇帝に関する記述の中に、妖術師の呪文によって独りでに飛んで行って皇帝に給仕する酒杯の描写がある。またイラン系の騎馬民族・オセット族の伝承によれば、半神の英雄たるナルトたちは《ナルトの啓示者》なる酒盃を持っていたという。ナルトたちが一堂に会した宴会の際、一人ずつ立ち上がって自らの武勲を語り、その時までに殺した人数を数え上げる。それが真実ならば、《ナルトの啓示者》は独りでに宙に舞い上がって、話し手の唇に美酒を運ぶ。

 日本には『信濃山縁起絵巻』山崎長者の巻など、高僧が鉢を自在に飛ばして食物を運ぶエピソードがある。この鉢は僧の食器である。「竹取物語」にてかぐや姫が出した難題の一つに「仏の御石みいしの鉢を取ってくること」というものがある。これは仏陀が終生愛用した巨大な鉢だという。飛ぶとも食物が湧き出すとも言及されていないが、何か特別な聖性、魔力があるらしき観念が匂わされている。キリストが最後の晩餐に使用した、という聖杯カリスの伝承にも近く感じられる。もしかしたらこの難題と聖杯探究譚はどこかで繋がっているのかもしれない。

 

 さて。パルチヴァールの聖杯物語の核は、《罪からの救済》であろう。物語によって理由は様々だが、聖杯王は何かの罪を受けて《足萎え》または《生殖不能》になり、その苦しみからの救済を待ち望んでいる。前述したように、これは《死》や《不毛》の暗示である。冥王は死の世界を支配するが、同時に生命と豊穣を生み出す。しかしそれが出来なくなっている。太陽は岩戸にこもったまま出られない。岩戸を開いて太陽を昇らせる資格を持つ者は定められている…。

 神が何らかの罪を犯して下界に放逐されており、刑期の終了を待ち望んでいるというモチーフは、そう珍しいものではない。かぐや姫とてそうである。課せられた贖罪は様々で、「一定期間、特定の人間に仕える」「生まれ変わって、一定期間 人間として生きる」「生まれ変わって、一定期間 獣として生きる」等が見られるが、時に、「定められた救い手が現れるまで岩戸の奥に閉じ込められている」と語る場合がある。

 これは、漁夫王が聖杯城でパルチヴァールの来訪を待ち続けていたことと共通するモチーフではないだろうか。

鍵の木  中国

 長腿という兄と長脚という弟が狩りをして暮らしていた。ある日のこと、山に狩りに出かけた二人は天気が悪くなったので洞穴に入って休憩した。会話の中で、兄は「山には獲物が少なくなるばかりだ。何かいい儲け話がないものか」と言いだした。

「年寄りが言うには、この山のどこかに万宝洞があり、中には金の仔馬や贖罪のために天降った天女がいて、天女は一日中黄金の臼を挽いて金の粒を出しているそうじゃないか。なんとかその洞穴を見つけて宝を持ち出し、天女を嫁さんに出来ないものかな」
「そんなに上手くいくかなぁ。なんでも万宝洞の番人の爺さんが酒に酔って鍵を失くしてからは洞穴は開かなくなったと言うよ」
「それならその鍵を俺たちで見つければいい」

 そんなことを話していると、突然に一人の白髭の老人が現れ、万宝洞を開ける方法を教えてやると言った。その洞穴は鍵がなければ見ることも出来ない。鍵は向こうの大きな山の脇にある小山の上に生えた木で、それに毎日桶三杯の水を与えて十年育てねばならない。今からちょうど十年目の夜に鍵の木を担いで大きな山の中腹にある泉に行き、そこに差し込む。その泉こそが万宝洞の鍵穴なのだ、と。

 鍵の木は、今はまだ指くらいの太さで、葉はたった二枚。すっかり萎れていた。兄は「お前は家事と畑仕事をしてくれ。俺はこの木に水を運ぶから」と弟に言ったが、三日もすると肩が痛いと言いだして弟に手伝わせ始め、やがて「家事は俺がやる。お前は木に水をやれ」と言い、しまいには全て弟に押しつけた。馬鹿馬鹿しい、あの爺さんの話が本当とは限らないじゃないかと思い、猟に行っては獲物を捕り、金が入ると遊んで、尽きるとまた猟に行くという暮らしを続けた。

 十年が過ぎた。万宝洞のことを思い出した兄は邪心を抱いて鍵の木を見に行った。弟は鍵の木を育て続けていて、両手で抱えるほどに育っていた。十年目の夜に木を撫でながらどうやって伐るか考えていると、それは自然に葉を散らして枝を三分岐させ、鍵の形になった。弟がそれを担いで山道を降り始めたとき、隠れていた兄が飛び出して鍵を奪い、弟を谷底に突き落とした。

 兄は喜び勇んで泉へ行き、鍵の木を泉に挿した。すると岩門が開き、万宝洞が現れた。兄は天女が回していた金の臼を奪い、金銀財宝やら霊薬やらを全て袋に詰めて、それらを全部 金の仔馬の背に縛り付けた。そして片手に金の仔馬、もう片手に天女の手を引いて洞穴から出ようとした。

 ところが出口に来ると天女が門にしがみついて抵抗し、金の仔馬が暴れ出す。仔馬の背に載せていた宝も霊薬もみんな谷川に振り落とされ、アッとそれに気を取られた隙に天女が逃げて行く。次いで仔馬も逃げ出したので慌てて尻尾を掴んだが、振り落とされて谷川に落ち、兄はそのままヒキガエルになってしまった。

 一方、谷底に突き落とされた弟は谷川を流れていたが、そこに金の仔馬の背から落ちた霊薬が流れてきて、口に入った。たちまち彼は息を吹き返した。

 彼は谷川から這い出て、急いで万宝洞へ行ってみた。しかし大きな洞穴があるだけで、宝も何もない。ぼんやりしていると、天女が笑いながら洞穴の奥から出てきた。

「長脚さん、よくいらっしゃいました。私は十年間あなたをお待ち申し上げておりました。さあ、早く私をあなたの家に連れて行ってください」

 弟は大喜びして、天女の手を引いて自分の家へ連れて行った。そうして二人は夫婦になったのだ。

 弟が鍵の木を植えると毎年銀の粒が実り、天女が畑に大豆を蒔くと毎年金の豆が出来たという。



参考文献
鍵の木」/『ことばとかたちの部屋』(Web) 寺内重夫編訳

参考 --> 「アリ・ババと四十人の盗賊」「たから山のたから穴

 上記の例話では、岩戸の中で救済を待っていた女神は見事に救われる。しかし類話によっては、岩戸に入った若者は女神を救わない。そして、そのために自分自身も呪われてしまう。

岩あなの娘と金のすず  スイス ベルン州

 昔、ハイリという若い羊飼いがおり、リゼリという金持ちの娘に恋していた。しかしリゼリは隣家の金持ちの息子ハンスが好きで、ハイリのことなどてんで相手にしていなかった。傷心のハイリが山の牧草地に牛追いに行くと、泉の傍の平らな岩の上に錆びた鍵がある。見上げればすぐ上の断崖に鍵穴が見えたのでそこに差し込むと、岩は音を立てて開いた。

 少しも恐れずに中に入ると、最初の部屋には誰もいなかった。その奥の扉を開けると険しい岩の斜面があったが、ハイリはその下の裂け目に潜り込んで進んだ。次の部屋に入った途端、恐ろしい声が響いた。

『不幸な者よ、始めたことはやり通すのだ! 三つ目の部屋まで入れ!』

 言われるままに真っ暗な道を進むと、三番目の部屋は黄金と宝石で太陽のように輝く広間で、古風なドレスを着た美しい娘が壇の上の椅子に腰かけて微笑んでおり、その足元には鉢いっぱいの金貨が、壁には金の鈴が掛けてあった。

「私は何百年もここに座り続けていました。ずっと、救い出してくれる人が現れるのを待ち望んでいたのです。さあ、この金貨の山と金の鈴と私と。その中からどれか一つを選んでください。けれど、もし私を選んでくださるのなら、残りの二つもあなたのものになるでしょう」

 娘はそう言ったが、ハイリの心の中に浮かんだのは(この金の鈴をプレゼントしたら、きっとリゼリは俺に惚れちゃうぞ)ということだけだった。彼は娘にも金貨にも目もくれず、金の鈴を掴むと大広間を飛び出した。「なんてひどい人なの! あなたなんて不幸になってしまえばいいんだわ!」と泣き叫ぶ娘の声が谷間中に響き渡り、山全体が揺れた。ハイリは突き飛ばされたように洞穴から外に転がり出て、背後で岩壁が轟音と共に閉じた。彼は構わずに金の鈴を持って村に急いだ。だが、なんということだろう。リゼリはとうにハンスと結婚しており、もう何人も子供がいたのだ。洞穴にいた間に何年も過ぎ去っていたのである。

 うちのめされたハイリは金の鈴を持ってさすらいの旅に出た。しかしどこに行っても心落ち着くことはなかった。今更のように、岩穴に残してきた美しい娘のことが気になって仕方なくなったのだ。だが例の岩壁へ行ってみても鍵も鍵穴もなく、二度と岩戸が開くことはないのだった。

 さまようハイリはいつしか深い森に入り込んだ。何日も歩いた果てに一軒の牧童小屋を見つけ、入口で薪を割っていた灰色の髪を長く垂らした老人に食料と寝床を乞うた。老人は「私の父が許すのなら」と言った。促されて小屋に入ると、純白の髪を長く垂らした老人が台所で火焚き番をしていた。彼も「私の父が許すのなら」と言った。見ればテーブルの向こうに、頭を平らな石にもたれかけさせ純白の髭を長く垂らした、よぼよぼの老人がいた。ハイリは彼に身の上を話した。

 老人は恐ろしい顔になり、すっくと立ちあがると雷のような声で怒鳴りつけた。その声で山がぐらぐら揺れたほどだった。

「お前が捨てたその娘こそが、わしの娘なのだ。これであの子は、再び救いの手が現れるまで、何百年も待ち続けなければならぬのだ。今夜は泊めてやるが、明日には出て行け! この臆病者めが!」

 ハイリは安息の地を失った。それからというもの、彼の姿をこの谷間で見た者はいない。ただ、星の輝く静かな夜には、時に、金の鈴の微かな音色を聴くことがあるという。



参考文献
『世界のメルヒェン図書館4 山のグートブラント ―アルプス地方のはなし―』 小澤俊夫編訳 株式会社ぎょうせい 1981.

※岩壁を鍵で開いて、その奥に囚われている娘を救い財宝をも手に入れる…というモチーフは、十六世紀のドイツの韻文「不死身のザイフリート」にも見える。

 岩穴の奥の娘は、その声で大地を震わせることからも分かるように、地母神のイメージを引く存在だ。同時に、地の底の冥界に囚われて転生の時を待っている霊魂でもある。彼女の父だという非常に老いた白髭の老人は、雷のような声を発して山を震わせる。これは天父神のイメージである。彼の住む森の奥の小屋は冥界のイメージだ。さすらいの人生の果てにそこに辿り着いて食事と寝場所を乞うことは、魂が冥界に赴く比喩であろう。

 ジャック・オ・ランタンウィル・オー・ウィスプの伝説のように、神魔を出し抜いた人間は、しかし死後の安寧を失う。老人はハイリに出て行けと言った。彼は死後に冥界で憩うことを、神から拒絶されてしまった。成仏できず、鈴を鳴らしながら永遠に中有をさまよう哀れな霊になったのであろう。

 パルチヴァールが漁夫王を救わなかったとき、聖杯城の門は閉ざされ、恐ろしい声に怒鳴りつけられて呪われる。しかし彼は、その後もう一度聖杯城に至り、やり直すことができた。これは非常な僥倖である。物語中でもジグーネに「聖杯城へは二度とは行けない」と言われたものだし、スイス民話のハイリがその後二度と岩戸の中に入れずに不幸な結末を迎えた様子を見ていると、それがよく分かる。普通は、二度の機会はないものなのだ。

 もしかするとパルチヴァールの物語は、こうしたバッドエンドの物語をなんとかハッピーエンドにしたい、という動機から編みあげられていったものなのかもしれない。

参考文献
テンプル騎士団−聖杯伝説」 /『The Most Mysterious Manuscript in the World』(Web)
『ケルト神話と中世騎士物語 「他界」への旅と冒険』 田中仁彦著 中公新書 1995.
『東西不思議物語』 澁澤龍彦著 河出文庫 1982.
『日本神話の源流』 吉田敦彦著 講談社現代新書 1976.
『ケルトの神話 女神と英雄と妖精と』 井村君江著 ちくま文庫 1990.
『神話・伝承事典 ―失われた女神たちの復権―』 バーバラ・ウォーカー著 青木義孝/栗山啓一/塚野千晶/中名生登美子/山下主一郎訳 大修館書店 1988.



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