「シンデレラ・コンプレックス」という言葉がある。女性が結婚を主とする幸運を夢見、座したまま何もしないで「王子様を待つ」行動を揶揄して言うらしい。けれど、シンデレラは本当にじっと王子様を待っていたのだろうか? 継母たちの苛めに耐えていただけで?

本当は、そうじゃない。

確かに、シンデレラたちは苦難をじっと耐えたけれど、自分の足で歩き、脅威を退け、しかる後に手に入れた美しさを誇って、颯爽と王子の前に進み出たのだ。時に、自分の選んだ花嫁がすり変わったことにさえ気付かぬ凡庸な王子たちに比べ、彼女たちは活動的で、輝いている。

シンデレラは、民話の中でも最も有名なものの一つだろう。それはディズニーによってアニメ映画化されたことが大きいだろうし、苛められている不遇の娘が美しく変身して幸せを掴むという筋が人々の心を捉えてやまないからだとも思う。実際、シンデレラの類話は世界中で無数に見る事ができる。

基本のシンデレラ>>物語を読む

苛められる主人公は灰に汚れた醜い姿に落ちぶれ、死んだ母に救いを求める。亡母の化身である動物や木、もしくは母代わりの援助者が不思議な力で主人公を助け、幸せな結婚に導く。

>>参考 【ロドピスの靴

  1. <前段>母の死
    1. 父が再婚し、継母が出来る
    2. 姉たちと共に家事を行う
  2. <負の変身>継母/姉妹)からの虐待。娘はかまどの灰で汚れ、醜くなる
    • 父親はa.死んだので b.遠くへ旅に出たので c.妻に丸めこまれたので)娘を助けない
  3. <イベントの開催>イベントが開かれるが、娘は(a.参加を禁止される b.参加の条件として難題を課せられる c.晴れ着が無いので行けない
  4. <超自然的援助者の出現>(亡母の化身/名付け親の代母/聖霊/僧・尼・長い髭の老人など)が現れて娘を助け、晴れ着を与える
  5. <正の変身>娘は美しい姿でイベントに参加し《王子》を魅了するが、イベントが終わる間際に逃げ帰る
    • 西欧の類話ではこれが三度繰り返されることが多い
  6. <正体の探求>《王子》は娘の後を追って正体を探ろうとするが、失敗する)
  7. <花嫁テスト>《王子》が(a.スリッパテスト b.額についた運命の印 c.歌や踊り)によって意中の娘を探し当て、結婚する
    • 姉妹は偽の花嫁になろうと目論むが、未遂で失敗する
  8. <後段>継母/姉妹)の処遇。(a.靴に合うよう切った足が不自由になる b.盲目になる c.虫に変わる d.許される
 

魚とシンデレラ>>物語を読む ※文献上世界最古のシンデレラ

援助者が「魚」である点が特徴。東南アジアや中国南部に多く見られる。稀に西欧にも類話を見るが、その場合、魚は人語を喋り、殺害されるくだりがない。

虐待を受ける娘は魚を召喚しては心の慰めにしているが、魚は謀殺されてしまう。しかし(a.死骸から生じた植物 b.死骸を入れた容器)から食糧や晴れ着などが生じ、娘を幸せな結婚に導く。>>【金のなる木

魚が王子に変身して娘と結ばれる展開になるものもあるが、非常に稀。>>「かまど猫

 

魚は一体何者なのか。これはどうも二つの系統があり、a.亡母の化身 b.召喚に応じて現れる神霊(水神)で、bの方が若干多く見られる印象がある。

いずれにせよ、魚は、娘(シャーマン)の呼びかけに応えて水(冥界)から立ち現れる神霊らしき面を持っている。

>>参考 【魚の恋人

牛とシンデレラ

援助者が「牛」である点が特徴。広い範囲で見られる。

牛が何者なのかに関しては、a.母親的な牝牛(母の霊) b.異郷へ導く牡牛(冥界神) の二系統がある。

牡牛が王子に変身して娘と結ばれる展開になるものもあるが、非常に稀。>>「青い雄牛

 

母親的な牝牛>>物語を読む

>>参考 [牛の養い子][一つ目、二つ目、三つ目

虐待を受ける娘は飼っている牝牛に密かに助けられているが、牝牛は殺されてしまう。しかし(a.死骸から生じた植物 b.死骸を入れた容器)から食糧や晴れ着などが生じ、娘を幸せな結婚に導く。>>【金のなる木

魚とシンデレラ]と似ているが、魚は娘に召喚され食物を与えられるモノなのに対し、牛は娘に食物を与えて養う。

 

異郷へ導く牡牛>>物語を読む

>>参考 [牛と若者

虐待を受ける娘は飼っている牡牛に密かに助けられているが、牡牛は殺されそうになる。牡牛は森や川を越えて娘を異郷へ運ぶ。以降は[火焚き娘]的展開になるが、晴れ着等を出してくれるのが、召喚に応じて墓から現れる、神霊として顕現した牡牛である。

母殺しのシンデレラ>>物語を読む

主人公が実の母を殺すというショッキングなオープニングを持つシンデレラ譚を集めてみた。殺されたにもかかわらず、亡母は牝牛や白猫に化身して、娘のために尽力する。

何故、娘は母を殺すのだろうか? 物語的な意義はあまり感じられないので、神話的な世代交代の意味があるのかもしれない。

火焚き娘

不遇の娘は異郷へ渡り、城で火焚き等の下働きをする。a.実家から持ち出してきた b.家出後に超自然的援助者から授かった)呪宝を用いるか、単純に水浴びするなどして、姿を美しく変え、《王子》に見出されて幸福な結婚をする。世界中に見られる型。

>> 参考 【塩のように大事】【箱の中の娘】【手無し娘

  1. <娘の家出>不遇な状況にある娘が、家を出る
    1. 継母が娘を(殺そうとしたため/捨てたため)
    2. (父親/兄)の求愛から逃れるため
    3. 父に親不孝者扱いされて追い出されたため
    4. 夫が(殺人者/吸血鬼/蛇)だったため
  2. (野山〜冥界をさすらう。時に超自然的援助者と出会い、呪宝を授けられる)
  3. <負の変身>娘は(ぼろや特殊な衣装を着て/灰にまみれ泥を塗って/身体を洗えずに汚れて)醜く変身し、城の下働きになる。
    1. 獣の皮をかぶる >>物語を読む
    2. 姥皮をまとう>>物語を読む
    3. 木の皮・草で編んだ服をまとう>>物語を読む
    4. 容器・仮面で顔や体を隠す>>物語を読む
  4. <正の変身>娘が美しい正体を垣間見せ、《王子》がそれを見初める
    1. 真夜中に皮を脱いでいるところを《王子》が偶然見かける。(《王子》は娘の正体に気付く)
    2. 美しい姿でイベントに現れた娘に《王子》が夢中になる。(《王子》は娘の正体に気付かない)
      • 《王子》は醜い姿の娘に暴力をふるう。美しく変身してイベントに現れた娘は、自分に夢中になっている王子に正体をほのめかして皮肉を言うが、《王子》は娘の正体に気付けない
  5. <花嫁テスト>恋煩いで《王子》は病気になり、テストで花嫁を選ぶ。娘は見出されて結婚する。
    1. 近隣の全ての女に(手料理/茶)を運ばせて、《王子》が受けた女を花嫁にする
    2. 娘が病人食を作り、中に自分を示すもの(金髪/金の指輪)を入れておいたので、《王子》は娘に気付く
  6. <後段>父との再会、継母の処罰

男性版シンデレラ

男性を主人公とするシンデレラ系伝承も世界中に多く伝承されている。

最大の特徴は、神馬または神牛がパートナーに付いて主人公を助けることだ。

 

基本の男性版シンデレラ>>物語を読む

男性版[基本のシンデレラ]。基本的に継子譚ではない。

全体的な構造は女性版の[シンデレラ]と全く同じだが、大きく異なるのは、主人公が虐待されて灰にまみれているわけではないという点だ。彼は自ら暖かな灰の中に座っている。そして兄たちが彼に冷たいのは、彼が普段、ひどい怠け者の役立たずだったからである。【桃太郎】と同じ、役立たずの男がある日突然立ち上がって偉業を成し遂げるという、英雄譚モチーフの片鱗がうかがえる。

>>参考 [命の水

  1. <前段・負の変身>三人兄弟。末弟は怠け者で、いつも暖炉の灰の中に座っており、兄たちに馬鹿にされている
  2. <父の試練>兄弟は父に命じられ、一人ずつa.父の墓 b.畑・果樹)の夜番をすることになる。兄たちは失敗するが末弟だけは成功し、a.父の亡霊から b.畑に降臨した神霊から)密かに神馬と呪力を授かる
  3. <イベントの開催>王女の婿を決めるイベントが開かれるが、兄たちは末弟を留守番にする
  4. <正の変身>主人公は隠しておいた呪力で騎士の姿になり、神馬に乗ってイベントへ行く。馬で高く跳躍して(塔/山)の上の姫または金の林檎等の呪宝を手にする試練を果たすが、すぐに立ち去る
    • 三度繰り返されることが多い
  5. <花婿テスト>a.姫が額に付けておいた運命の印 b.試練で手に入れた呪宝)によって探し当てられ、結婚する

 

灰坊>>物語を読む

男性版[火焚き娘]。

  1. <若者の家出>a.継母に殺されそうになって b.修行のために)若者が家を出る
  2. (野山〜冥界をさすらう。時に超自然的援助者と出会い、呪宝を授けられる)
  3. <負の変身>(獣の皮/ぼろ服/仮面)で醜く身を変え、城のa.火焚き b.庭番)になる
  4. <正の変身>祭りの日に神馬を呼び出し隠していた衣装を着て凛々しい若君の姿を現すが、姫だけはその正体を見抜く
  5. <花婿テスト>姫は恋煩いで臥せり、灰坊の盃だけを受けて、彼と結婚する
  6. <後段>父との再会、継母の処罰

金髪の男>>物語を読む

灰坊]によく似ているが、戦争での武勲・老いた舅のために冥界の宝を取りに行くなどの要素が入る。美しく変身した姿の正体が世間に周知されるのが結婚後であることが多い。

 

若者の髪は冥界の試練を経て黄金に輝くようになるが、彼はそれを隠す。黄金は太陽の色に通じ、冥界神の呪力を象徴するものである。一方、髪に呪力や性的魅力が籠もるという信仰は世界に普遍的に見られる。彼は一定の試練を終えるまで髪を隠さねばならず、何かの呪的儀式、通過儀礼の片鱗を感じさせる。

牛と若者>>物語を読む

牛とシンデレラ〜異郷へ導く牡牛]のモチーフを持ち、主人公が男性であるもの。

(継母/義姉)に苛められる若者は牛と共に家を出る。途中で牛は死ぬが、その(皮/角)が若者を助け、花嫁を得る。シンデレラ要素は ほぼ無く、変身やイベント出席はない。 

善い娘と悪い娘

継子譚のバリエーションの一つ。シンデレラ譚に近い。

日本の民話では《正直爺さんと意地悪爺さん》の対比が最も有名だが、他の国の民話でそれ以上にポピュラーなのが[善い娘と悪い娘]の対比である。この娘たちは姉妹で、善い方が継子、悪い方が実子と語られることが多い。

善い娘は働き者で素直で勇気と知恵があって無欲。悪い娘は怠け者で我侭で臆病で機転が利かず欲張り。善い娘は苛められて冥界に追いやられるが、神霊に気に入られて幸を授かって帰ってくる。悪い娘はそれを真似るが、神霊に嫌われて死ぬか不幸を授かって帰ってくる。

  1. 継母が継娘を虐待し、理由をつけて冥界へ追いやる
    1. 悪意の派遣〜継母が継子を亡き者にするため、わざと危険な場所へ行かせる>>物語を読む
    2. 継娘の償い〜継娘が物品を川や井戸の底に落としてしまい、自主的にそれを探しに行く>>物語を読む
    3. 野に捨てる〜親が子を森や山に連れ出し、置き去りにする>>物語を読む
  2. 継娘は神霊(山姥/魔神/悪霊/小人)と出会い、礼儀や勇気、優しさをテストされる
  3. 神霊の祝福。継娘はa.容姿が美しくなる b.声や息が奇麗になる c.宝をもらう d.幸せな結婚をする)
  4. 継母は実娘に真似をさせるが、実娘は神霊のテストに失敗してa.容姿が醜くなる b.声や息が汚くなる c.毒虫をもらう d.不幸な結婚をする/結婚できない e.死ぬ/虫に変わる)

親切な実娘>>物語を読む

継娘と実娘は対立して描かれることが多いが、そればかりではない。時には継娘をかばい、共に冒険をし、果ては主人公になってしまう実娘もいる。

とはいえ、これは稀であり、善良であるにもかかわらず、この実娘たちの不幸な結末が語られることも少なくない。

偽の花嫁>>物語を読む

素晴らしい伴侶を得た娘を(姉妹/侍女/魔女)が妬み、殺害してすり替わってしまう話。夫はそれに気づかないか、怪しむだけで何もできない。殺された娘は鳥や植物に転生して夫や我が子の前に現われ、ついには元の姿に再生する。

これが単独で語られることは少なく、大抵は[善い娘と悪い娘]や[基本のシンデレラ][火焚き娘]の後日談として、後半に接続させて語られる。

 

>>参考 [その後のシンデレラ〜偽の花嫁型]【蛇婿〜偽の花嫁型】[三つの愛のオレンジ

その後のシンデレラ

眠り姫】話群に《王子》と結ばれた後の苦難を描くものがあるように、【シンデレラ】話群にも結婚後の更なる苦難を語るものがある。継母や継姉妹が《シンデレラ》の幸運を妬んですり変わろうとするもの、姑や《王子》の元の恋人が害を加えてくるもの、果ては横恋慕した男の謀略まで。

「昔話は『めでたしめでたし』で終わってしまうから詰まらない」という意見を見ることがあるけれど、実際は昔話の世界もそう安穏としたものではない。

 

偽の花嫁型>>物語を読む

姉妹は《王子》と結婚した主人公を妬み、a.水に突き落として b.果樹から墜落させて)殺害、すり替わってしまう。《王子》は妻が変わっても追求できない。死んだ主人公は鳥に、魚に、植物に生まれ変わり、最後に娘の姿に復活して、姉妹の罪を告発し、夫の元に帰る。

娘時代、彼女は死んだ母の再生の魔法に助けられていた。しかし結婚し妻や母となった今、彼女自身が魔法を持つに至ったのだ。その力で、彼女は自ら幸せを奪い返す。

ただ殺すだけですり替わりの要素がないもの、何度も転生せず一度で元の姿に再生するものもある。

>>参考 [偽の花嫁][三つの愛のオレンジ]【蛇婿〜偽の花嫁型】【継子たち

 

濡れ衣型>>物語を読む

主人公を(妬む女/横恋慕する男)が、a.主人公が自身の子を殺した b.主人公が獣を産んだ c.主人公が不倫をした)という濡れ衣を着せ、主人公は夫によって処罰されて半死状態になる。

後に援助者によって再生し、夫を含む人々に真相を告発する。

>>参考 【手無し娘】【継子たち

それ以外のシンデレラ>>物語を読む

おまけ。以上の分類に当てはまらないが全体的な印象がシンデレラ譚であったり、一部にだけシンデレラモチーフが入っているもの。

シンデレラのあれこれ>>文章を読む

シンデレラに関する雑学あるいは考察?



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