シンデレラの環 |
「シンデレラ・コンプレックス」という言葉がある。女性が結婚を主とする幸運を夢見、座したまま何もしないで「王子様を待つ」行動を揶揄して言うらしい。けれど、シンデレラは本当にじっと王子様を待っていたのだろうか? 継母たちの苛めに耐えていただけで?
本当は、そうじゃない。
確かに、シンデレラたちは苦難をじっと耐えたけれど、自分の足で歩き、脅威を退け、しかる後に手に入れた美しさを誇って、颯爽と王子の前に進み出たのだ。時に、自分の選んだ花嫁がすり変わったことにさえ気付かぬ凡庸な王子たちに比べ、彼女たちは活動的で、輝いている。
シンデレラは、民話の中でも最も有名なものの一つだろう。それはディズニーによってアニメ映画化されたことが大きいだろうし、苛められている不遇の娘が美しく変身して幸せを掴むという筋が人々の心を捉えてやまないからだとも思う。実際、シンデレラの類話は世界中で無数に見る事ができる。
苛められる主人公は灰に汚れた醜い姿に落ちぶれ、死んだ母に救いを求める。亡母の化身である動物や木、もしくは母代わりの援助者が不思議な力で主人公を助け、幸せな結婚に導く。
>>参考 【ロドピスの靴】
援助者が「魚」である点が特徴。東南アジアや中国南部に多く見られる。稀に西欧にも類話を見るが、その場合、魚は人語を喋り、殺害されるくだりがない。
虐待を受ける娘は魚を召喚しては心の慰めにしているが、魚は謀殺されてしまう。しかし(a.死骸から生じた植物 b.死骸を入れた容器)から食糧や晴れ着などが生じ、娘を幸せな結婚に導く。>>【金のなる木】
魚が王子に変身して娘と結ばれる展開になるものもあるが、非常に稀。>>「かまど猫」
魚は一体何者なのか。これはどうも二つの系統があり、a.亡母の化身 b.召喚に応じて現れる神霊(水神)で、bの方が若干多く見られる印象がある。
いずれにせよ、魚は、娘(シャーマン)の呼びかけに応えて水(冥界)から立ち現れる神霊らしき面を持っている。
>>参考 【魚の恋人】
援助者が「牛」である点が特徴。広い範囲で見られる。
牛が何者なのかに関しては、a.母親的な牝牛(母の霊) b.異郷へ導く牡牛(冥界神) の二系統がある。
牡牛が王子に変身して娘と結ばれる展開になるものもあるが、非常に稀。>>「青い雄牛」
>>参考 [牛の養い子][一つ目、二つ目、三つ目]
虐待を受ける娘は飼っている牝牛に密かに助けられているが、牝牛は殺されてしまう。しかし(a.死骸から生じた植物 b.死骸を入れた容器)から食糧や晴れ着などが生じ、娘を幸せな結婚に導く。>>【金のなる木】
[魚とシンデレラ]と似ているが、魚は娘に召喚され食物を与えられるモノなのに対し、牛は娘に食物を与えて養う。
>>参考 [牛と若者]
虐待を受ける娘は飼っている牡牛に密かに助けられているが、牡牛は殺されそうになる。牡牛は森や川を越えて娘を異郷へ運ぶ。以降は[火焚き娘]的展開になるが、晴れ着等を出してくれるのが、召喚に応じて墓から現れる、神霊として顕現した牡牛である。
不遇の娘は異郷へ渡り、城で火焚き等の下働きをする。(a.実家から持ち出してきた b.家出後に超自然的援助者から授かった)呪宝を用いるか、単純に水浴びするなどして、姿を美しく変え、《王子》に見出されて幸福な結婚をする。世界中に見られる型。
男性を主人公とするシンデレラ系伝承も世界中に多く伝承されている。
最大の特徴は、神馬または神牛がパートナーに付いて主人公を助けることだ。
男性版[基本のシンデレラ]。基本的に継子譚ではない。
全体的な構造は女性版の[シンデレラ]と全く同じだが、大きく異なるのは、主人公が虐待されて灰にまみれているわけではないという点だ。彼は自ら暖かな灰の中に座っている。そして兄たちが彼に冷たいのは、彼が普段、ひどい怠け者の役立たずだったからである。【桃太郎】と同じ、役立たずの男がある日突然立ち上がって偉業を成し遂げるという、英雄譚モチーフの片鱗がうかがえる。
>>参考 [命の水]
男性版[火焚き娘]。
[灰坊]によく似ているが、戦争での武勲・老いた舅のために冥界の宝を取りに行くなどの要素が入る。美しく変身した姿の正体が世間に周知されるのが結婚後であることが多い。
若者の髪は冥界の試練を経て黄金に輝くようになるが、彼はそれを隠す。黄金は太陽の色に通じ、冥界神の呪力を象徴するものである。一方、髪に呪力や性的魅力が籠もるという信仰は世界に普遍的に見られる。彼は一定の試練を終えるまで髪を隠さねばならず、何かの呪的儀式、通過儀礼の片鱗を感じさせる。
[牛とシンデレラ〜異郷へ導く牡牛]のモチーフを持ち、主人公が男性であるもの。
(継母/義姉)に苛められる若者は牛と共に家を出る。途中で牛は死ぬが、その(皮/角)が若者を助け、花嫁を得る。シンデレラ要素は ほぼ無く、変身やイベント出席はない。
継子譚のバリエーションの一つ。シンデレラ譚に近い。
日本の民話では《正直爺さんと意地悪爺さん》の対比が最も有名だが、他の国の民話でそれ以上にポピュラーなのが[善い娘と悪い娘]の対比である。この娘たちは姉妹で、善い方が継子、悪い方が実子と語られることが多い。
善い娘は働き者で素直で勇気と知恵があって無欲。悪い娘は怠け者で我侭で臆病で機転が利かず欲張り。善い娘は苛められて冥界に追いやられるが、神霊に気に入られて幸を授かって帰ってくる。悪い娘はそれを真似るが、神霊に嫌われて死ぬか不幸を授かって帰ってくる。
素晴らしい伴侶を得た娘を(姉妹/侍女/魔女)が妬み、殺害してすり替わってしまう話。夫はそれに気づかないか、怪しむだけで何もできない。殺された娘は鳥や植物に転生して夫や我が子の前に現われ、ついには元の姿に再生する。
これが単独で語られることは少なく、大抵は[善い娘と悪い娘]や[基本のシンデレラ][火焚き娘]の後日談として、後半に接続させて語られる。
>>参考 [その後のシンデレラ〜偽の花嫁型]【蛇婿〜偽の花嫁型】[三つの愛のオレンジ]
【眠り姫】話群に《王子》と結ばれた後の苦難を描くものがあるように、【シンデレラ】話群にも結婚後の更なる苦難を語るものがある。継母や継姉妹が《シンデレラ》の幸運を妬んですり変わろうとするもの、姑や《王子》の元の恋人が害を加えてくるもの、果ては横恋慕した男の謀略まで。
「昔話は『めでたしめでたし』で終わってしまうから詰まらない」という意見を見ることがあるけれど、実際は昔話の世界もそう安穏としたものではない。
姉妹は《王子》と結婚した主人公を妬み、(a.水に突き落として b.果樹から墜落させて)殺害、すり替わってしまう。《王子》は妻が変わっても追求できない。死んだ主人公は鳥に、魚に、植物に生まれ変わり、最後に娘の姿に復活して、姉妹の罪を告発し、夫の元に帰る。
娘時代、彼女は死んだ母の再生の魔法に助けられていた。しかし結婚し妻や母となった今、彼女自身が魔法を持つに至ったのだ。その力で、彼女は自ら幸せを奪い返す。
ただ殺すだけですり替わりの要素がないもの、何度も転生せず一度で元の姿に再生するものもある。
>>参考 [偽の花嫁][三つの愛のオレンジ]【蛇婿〜偽の花嫁型】【継子たち】
主人公を(妬む女/横恋慕する男)が、(a.主人公が自身の子を殺した b.主人公が獣を産んだ c.主人公が不倫をした)という濡れ衣を着せ、主人公は夫によって処罰されて半死状態になる。
後に援助者によって再生し、夫を含む人々に真相を告発する。
おまけ。以上の分類に当てはまらないが全体的な印象がシンデレラ譚であったり、一部にだけシンデレラモチーフが入っているもの。
シンデレラに関する雑学あるいは考察?