>>参考 【親指小僧】[一寸法師

 

草むらのお人形  ノルウェー

 昔々、ある王様に息子が十二人ありました。息子たちが大きくなると、王様は彼らに言いました。

「みんな、これから世の中に出て行って、めいめい妻を見つけておいで。だがその娘は、ただ一日で糸を紡ぎ、織って、シャツを一枚仕立て上げられるのでなければならない。そんな娘でなければ嫁とは認められぬぞ」

 王様は王子たち一人一人に馬を一頭と新しい鎧一揃いを与えてやり、王子たちは妻を探して世の中に出て行きました。けれどしばらく行くと、みんなは末の弟の《灰つつきアスケラッド》なんか連れて行きたくない、と言い出しました。何故なら、この弟はいつも炉の灰を突付き回しているだけの みそっかすだったからです。

 仕方なく、灰つつき王子はその場に残りました。そうするよりなかったのです。そしてもう、どうすればいいのかどこへ行けばいいのか全く分かりませんでした。灰つつきは悲しくなって、馬から下りると草むらの中に座り込んで泣いていました。

 ところがしばらくすると、草むらがカサカサと動いて、小さな白いものが一つ現れました。近付いてきたそれを見れば、可愛らしい小さな娘なのです。本当に小さな。その娘は灰つつきの側に来ると言いました。

「少しの間、下に来て、《草むらのお人形》にお会いになりませんか?」

 小さな侍女に連れられて、灰つつきが下におりていってみると、《草むらのお人形》は椅子に腰掛けていました。そのお人形はとても愛らしくて、素敵な衣装を着ていました。彼女は灰つつきに訊ねました。

「あなたはどこへ行くのです? それにどんな用事で旅をしているのですか?」

「僕の家には兄弟が十二人います。そして王である父は、僕たち十二人に馬や鎧などをくれて、広い世界を旅し、めいめい妻を見つけてくるようにと言いつけました。けれどその妻というのは、ただの一日のうちに糸を紡いで織って一枚のシャツに縫い上げられないと駄目なんです。……でもね、あなたがそういうことをする気になって、僕の嫁さんになってやろうという気があるんなら、僕はこれ以上旅をしたいとは思いませんよ」

 お人形は「喜んでお嫁になりますわ」と言いました。そして急いで糸を紡いで織って、シャツを縫い上げました。けれどそれはホントにホントに小さなものでした。これ以上小さなものなんて思いつかないくらいに。

 

 さて、このシャツを持って、灰つつきは自分の城に戻っていきました。けれど、そのシャツを出して見せるときには、流石に恥ずかしい気がしました。何故って、本当に小さかったからです。それでも王様は「お前は、そのお人形を妻にするといいよ」と言ってくれました。灰つつきは喜んで、うきうきしながら自分の小さい恋人を迎えに行きました。

 そうして《草むらのお人形》のところに来ると、灰つつき王子はお人形を自分の馬に乗せようとしました。けれどお人形はそうしたがらずに言いました。

「私は銀のスプーンに乗って、それを走らせて行きたいし、それに自分用の小さい白馬を二頭持っていますから、それに引かせて行きたいのです」

 ということで、みんなは旅に出かけました。灰つつきは馬に乗り、お人形は銀のスプーンの中に座って馬たちがそれを引っ張りましたが、その馬と言うのは二匹の小さな白ネズミでした。灰つつき王子はずっと、道の反対側を通るように気をつけました。というのも、自分の馬の足でお人形を踏みつけてはいけないと心配だったからです。

 こうしてみんなが道を辿って、しばらく進んでいった時、大きな水たまりのある場所に差しかかりました。すると灰つつき王子の乗っていた馬は怖がって道の向こう側まで跳んで行き、銀のスプーンをひっくり返しましたので、草むらのお人形は水に落っこちてしまいました。灰つつきは全くおろおろするばかりでした。もう、どうやってお人形を救い上げたらいいのか分からなかったのです。けれど、少しすると、男の水の精が一人、あの《草むらのお人形》を助け出して水から上がってきましたが、なんとまあ、そのお人形はもう普通の人間くらいの大きさになっているし、そのうえこれまでよりもっともっと美しくなっていたのです。

 そこで灰つつき王子は、この恋しい人を自分の馬の、自分の前に乗せて、家の方へと進んで行きました。

 こうして灰つつき王子が家に帰ってみると、兄さんたちみんなも、めいめいの恋人を連れて帰っていました。けれどその恋人たちと言ったら、なんともひどくて醜いし、それにとても意地が悪かったので、ここに来るまでの間にもめいめいの許婚とケンカをしていたくらいでした。この恋人たちは帽子にタールや煤で模様を描いていたのですが、それらが流れ落ちて顔にくっついてしまい、なおさらひどい有様になっていました。

 そういうわけで、兄さんたちは灰つつき王子の恋人を目にすると誰も彼も羨ましく、悔しくてたまらなくなりました。けれど王さまの方は末息子たち二人のことが嬉しくてたまらず、それで他の王子たちをみんな家から追い出してしまいました。

 ということで、灰つつき王子は《草むらのお人形》姫と結婚式を挙げ、それから二人は長い長い間、仲良く楽しく暮らしました。もし死んでいなかったら、まだ生きていることでしょう。



参考文献
 『ノルウェーの昔話』 アスビョルンセンとモー編 大塚勇三訳 福音館書店 2003.

※灰まみれでサエずに周囲から馬鹿にされていた若者が、あるキッカケでカッコよく変身して大活躍…というのは、[灰坊]や「魔法の馬」などでもおなじみの民間伝承の黄金パターンだ。よってこの話が始まると、聞き手としては おお、この主人公はこの後カッコよく活躍するんだなと期待するわけなのだが…………全然活躍してないじゃん!

 なんですかこの人は。兄さんたちに置いていかれると途方に暮れて隅っこに潜り込んでシクシク。《草むらのお人形》に優しく声をかけられると、いきなり結婚申し込み。面倒臭いからって手近なところで手を打とうとするのはどうかと思う。その後《草むらのお人形》が水溜りに落ちると、どうすることも出来ずにおろおろするだけ……助けてくれたのは別の男の人でした。(いやまあ、類話を見るに、泣くことには実は意味があるようなのだが…)

 しかし彼は素敵なお嫁さんと父の愛と家督まで手に入れてしまうのである。むぅ。

《草むらのお人形》を文字通り「人形」だと考えると、今時のオタク系の若者にとっての夢を描いた物語なのかもしれない。ある意味。

 そして「一日で紡いで織ってシャツを縫える娘でなければ嫁として認めない」って王様……。無茶言うな。「飯を食べない嫁が欲しい」ってくらいアレな条件だと思うのだが。

 

 …と、物語への感想を述べたところで真面目にモチーフについて考察。

「小さな蛙」が文字通りの小さ子――「小さな人形」になっているが、これはさして気にする点ではない。注目すべき点は、お人形が人間の娘に転生するシーンである。

 彼女は水溜りに落ちる。これは「金の髪と小さな蛙」と同じように、冥界に属する娘が現世への境界を越えることを意味していると思われるが、落ちた原因を「王子の馬が跳ねた」こととしている。これは王子の馬が跳ねて水溜りを越える――この世とあの世を隔てる塀を神馬で一飛びするイメージでもあろうが、もう一つのイメージが含まれているようにも思う。

 王子の行動が原因で小さ子は水に落ちた。ここには「蛙の王様」や「たにし息子」や[一寸法師]系統に見られる、「無理に結婚させられた嫁が恨んで、小さ子を川に突き落としたり、馬の尻を叩いて跳ねさせて落とし、馬に踏み殺させようとする」モチーフが暗示されているように思うのだ。王子は《お人形》を踏み潰さないように注意したとわざわざ語られているが、原型は踏み殺し、そこから再生したという展開だったのではないだろうか。「白猫」も絵本になると首を落とさずに「火に投げ込む」などと改変されているものだが、いつかの語り手が残酷描写を忌んだものと推察する。

 

 この話には選婚のモチーフが欠けている。導きがないため王子は途方に暮れて泣くしかない。また、《草むらのお人形》がどこにいたのかも「下」と曖昧にしか説明されていない。地下は冥界の在り処としてポピュラーなのだからそういうことなのだろうし、欧州に伝わる塚の地下に住む冥界の住人たち――(小人の姿をした)妖精のイメージかもしれない。王子が「下」にどのようにして入ったのかは、『グリム童話』にある類話を見れば補完されるだろう。

三枚の鳥の羽根  ドイツ 『グリム童話』(KHM63)

 むかしむかし、あるところに王様がいて三人の息子を持っていた。上の二人は知恵もあり気もきいていたが、三番目はあまり口もきかず愚鈍だったので、馬鹿、馬鹿とばかり言われていた。王さまは年をとって体が弱り、いつ死ぬかも分からないと思うようになったが、自分の死んだ後でどの王子に国を継がせたらいいのか決めかねていた。そこで息子たちに言った。

「旅に出なさい。一番上等の絨毯を持って来てくれる者が、わしが死んだ後で王になるのじゃ」

 そして王子たちの間に争いが起こることを懸念して、三人を城の外に連れ出すと、鳥の羽根を三枚、空へ吹き飛ばして、
「この羽根の飛んでいく方へ出かけるのだぞ」と言った。

 一枚の羽根は東へ飛び、一番上の兄はそちらへ向かった。もう一枚の羽根は西へ飛び、二番目の兄はそちらへ行った。けれど三枚目の羽は遠くへ飛ばずに地面に落ちた。三番目の馬鹿はその場でぼうっとしているよりなかった。

 馬鹿は座り込んでしょんぼりしていたが、羽根の側に上げ蓋のような入口があるのに気が付いた。その戸を持ち上げてみると階段があったので降りると、扉があった。トントンとノックすると、中から誰かに言いつける声が聞こえた。

緑の小さな娘
しわしわ足、しわしわ足の小犬よ
あっちゃこっちゃしわしわよ、
急いでお開け。表に誰かが来ておいでだから

 戸が開くと、大きな太ったヒキガエルがべちゃりと座っていて、その周囲に小さなヒキガエルがうじゃうじゃと集まっているのが見えた。太ったヒキガエルが何が欲しいのかと訊ねたので、馬鹿は「一番綺麗で上等な絨毯が欲しい」と答えた。すると太ったヒキガエルは若いのを一匹呼んで、

緑の小さな娘
しわしわ足、しわしわ足の小犬よ
あっちゃこっちゃしわしわよ、
大きな箱を持っておいで

と言いつけた。若いヒキガエルが持ってきた箱を開けて、太ったヒキガエルは馬鹿に絨毯を一枚出してやったが、その綺麗なこと上等なことと言ったら、地上の世界ではとても織れないようなものだった。馬鹿はヒキガエルにお礼を言って上に戻った。

 兄たちは馬鹿には何も見つけられないと侮っていたので、わざわざ苦労する必要なんてないと話し合い、その辺の羊飼いのおかみさんが着ていたごわごわしたラシャを巻き上げて、それを王様のところへ持ち帰った。ちょうどその時、馬鹿も帰ってきて、美しい絨毯を差し出した。王様は驚いて言った。

「全ては公正に行われねばならぬ。王国は末のせがれのものじゃ」

 しかし上の二人は父をうるさく責め立てた。
「こんな馬鹿がどうして王になれますか。父上、もう一度やり直してください!」

 そこで王は息子たちに言った。
「一番立派な指輪を持って来てくれる者が、わしが死んだ後で王になるのじゃ」

 そして三人兄弟を城の外に連れ出すと、鳥の羽根を三枚、空へ吹き飛ばした。兄たちはまたも東と西へ行き、馬鹿の羽根はやっぱり例の上げ蓋の側に落ちた。そこで馬鹿は例のヒキガエルのところへ降りて行って、一番立派な指輪が要るんだけど、と言った。ヒキガエルはすぐさま大きな箱を持ってこさせると、中から指輪を一つ出して馬鹿に渡した。黄金の指輪は様々な宝石でキラキラと光っていて、その美しいことと言ったら地上の職人の手ではとてもこしらえられないようなものだった。

 兄たちは、馬鹿が真剣に指輪を探そうとしているのを馬鹿にして、その辺の車の古い車輪から留め釘を抜いて、その輪を持っていった。しかし馬鹿が黄金の指輪を見せると、父王はまたもや「国は、あれのものじゃ」と言った。

 しかし兄たちはしつこく父にせがんだので、王様はとうとう三つ目の条件を出し、一番美しい妻を連れ帰った者に国を与えると言い渡した。またも鳥の羽根を三枚吹き飛ばし、それはこれまでと同じ飛び方をした。

 馬鹿はまっすぐに太ったヒキガエルのところへ降りて行って言った。

「僕、一番綺麗なお嫁さんを連れて帰らないと困るんだ」
「おやまあ。一番綺麗な嫁さんとは! これはそう簡単にはいかないよ。だが、あげることはあげますよ」

 ヒキガエルは、くり抜かれた黄色い蕪を六匹のハツカネズミに引かせたものを馬鹿に渡した。これを見ると、流石の馬鹿も途方に暮れた顔になった。

「どうすればいいんだい?」
「私の周りにいる小さなヒキガエルを一匹、その中へ入れてごらん」

 万に一つの望みをかけて、馬鹿は円座に並んでいたヒキガエルの中から一匹を取って、蕪の中に入れてみた。すぐさまそれは美しい女性に変わって、蕪は馬車に、六匹のハツカネズミは六頭の馬になった。馬鹿は彼女にキスをして、馬車を馬に引かせて王様のところへ連れて行った。

 兄たちは後からやって来た。嫁探しの苦労を嫌って、その辺りの農家の娘を連れて来ていた。王様はこの様子を見て言った。

「わしの死んだ後は、この国は末のせがれのものじゃ」

 兄二人は王さまの耳がおかしくなるほどの大声をあげて、「馬鹿が王になるなんて承知できません」と騒ぎ出し、広間の真ん中に輪をぶら下げて、その輪を上手く跳び抜けられる女を連れて来た者が一番優れていることにしてくださいとせがんだ。(百姓女なら上手くやれるだろう、丈夫だからな。だが、あんなか細い姫君なら、跳び抜けられずに死んでしまうに違いない)と考えたのだ。老いた王はこれを許した。

 勝負が行われると、思ったとおり、百姓女二人はちゃんと輪を飛び抜けた。しかし体が硬かったので、不格好に着地して手足を折ってしまった。それから、馬鹿の連れ帰った美しい女が跳んだが、まるで女鹿のように身軽にすり抜けたので、もう文句のつけようがなかった。

 こうして馬鹿は王冠を授かり、概ね聖人の道に背かずに、長い間立派に国を治めた。


参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
Die drei Federn」/『maerchenlexikon.de(Web)』

※原本初版には類話がもう一本掲載されているそうで、そちらの話の方が「草むらのお人形」に近い。王が求めたのは最上の麻糸、最も美しい絨毯、最も美しい妻。羽根を飛ばして行く先を決めるが、愚鈍な末王子の羽根だけは城近くの地面に落ちる。旅に出ることさえ出来ずに石に腰掛けて体を揺らして泣いていると、石がずれて、環の取っ手の付いた大理石の上げ蓋が現れる。(王子が泣くことにちゃんと意味がある点に注目。)その下に地下室があり、美しい娘が麻を紡いでいて、最初に麻糸、次に絨毯を王子にくれる。最後の試練の美しい妻として娘が与えたのは一匹の蛙だった。王子が蛙を掴んで池に飛び込むと、蛙は美しい娘に変わる。

 

 最後の試練の輪くぐりは、「タムとカム」等に見られる「煮立った鍋の上を飛び越える」試練を髣髴とさせる。これに関連するなら、その意味するところは「地獄潜り」である。冥界を抜けて再生する力を持つ娘だけが妃として選ばれる。なお、「蛙の王女」系統の話で王が求めるものの一つに「指輪を跳び抜けられるほど小さな犬」というものがあり、その変形とも思える。(そのように考えれば、王が息子たちに求める「小犬」は姫君のことであり、絨毯や織物は女性の仕事の腕を見ている。結局「蛙の王女」にあるように嫁比べなのだ。)

 冥界の女王神とその娘たちは、殆どの場合美しい姿で現れるものだが、この話のように醜悪な姿で現れることもある。それにしても、城の近くに扉があって、その奥の冥界に何の試練もなく入れるとは、随分とお手軽になっているものである。蹴り破らなければならない鉄の扉すらなく、呼びかけると開けてもらえるのだ。だが、そこにそうして楽々と入り込めたことこそが運命に選ばれたと言うことであり、女神に愛される資格を得たと言うことかもしれない。


参考 --> [蛙の王女



親指姫ナン・ウト   ベトナム

 子供のない夫婦が、御仏に子宝を願っていた。ある日妻は身ごもり、すぐに女の子を産んだが、その子はとても小さくて指くらいの大きさしかなかった。それで親指姫ナン・ウトと名付けられた。

 両親はこの小さ子を見て森に捨てる決心をした。父親がその子の手を引いていって言った。

「ここにいなさい。お父さんは木を切ってくるからね。じきに迎えに来てあげるから」

 父親は行ってしまい、ウトはその場所に縮こまって座っていた。

 

 スイカを食べたカラスが、隠れて座っていたウトの側に種を落とした。それは芽を出して葉を茂らせ、ウトはその葉陰に身を隠して来る日も来る日も父親を待っていた。やがてスイカの実がなると、胸に抱いて父親のために取っておいた。

 ある王子が狩りにやって来て、このスイカを食べて皮を捨てていった。ウトがその皮を食べると身ごもり、男の子を産み落としてスイカの葉の上に寝かせた。

 一方、宮殿に戻った王子は、またあのスイカを味わいたいという思いに囚われて仕方がなかった。そこで森に戻ってきたが、ウトが枝に座って子供をあやしているのに気が付いた。王子は母親と子供を手にとって、ポケットに入れて持ち帰った。

 

 王は息子の結婚の噂を耳にした。息子を呼び寄せて事の次第を聞くと、大変不満に思った。

 間もなく、王はお触れを出した。王国の全ての娘は王の為にコートを作るように。ただし寸法を測ってはならない。一番上手く出来た娘を王子の嫁にする、と。

 この試験を一番上手く出来たのはウトだった。王は続いてもう一つの課題を出した。王の為に美味しい料理を作るように。一番上手く出来た娘を王子の嫁にする、と。

 これも一番上手く出来たのはウトだった。ついに王は国中の娘に招集をかけた。一番長い髪で一番肌の白い、一番美しい娘を王子の嫁にする、と。

 王子はこの命令を聞くとすっかり悲しくなった。何故なら、自分の妻がこの競争に勝てるだろうとは思っていなかったからである。けれどもウトは王子を慰めて、どうか私の思う通りにやらせてくださいと言った。

 その日、夜中になるとウトは屋外に祭壇を設けて天に祈った。我に美しさを与えたまえ、と。すぐに天から精霊が降りてきて、ウトに長い髪と天上の美しさを備えた体とを与えてくれた。

 こうして、翌日にはウトは何の苦もなく国中の美人たちに打ち勝ったのである。この結果を見て、王も喜んで彼女を息子の嫁として迎えた。



参考文献
『世界の民話 アジア[U]』 小沢俊夫編訳 株式会社ぎょうせい 1977.

※祈っただけで国一番の美人になれるなんてイイなァ。そして容姿さえ美しければ喜んで息子の嫁にする国王。

 

 折角神に子を授かったというのに、異形だからと捨ててしまう。[一寸法師]話群にも異形であった故に両親に疎まれて家を出たと語るものがあるが。授かった神の子が異形であった場合、それを受け入れるかそうでないかの展開は真っ二つに分かれている。結局のところ、話し手の考え方によるのだろうか。

にんにくのようなマリア  スペイン

 黒柳のように背の高い娘を二人持った母親がいた。娘たちがあまりに背が高いので、もっと背の低い娘が欲しいと常々考えていた。とうとうまた女の子が産まれたが、小さくて、にんにくほどの大きさしかなかった。

 この子、マリアは洗礼を授かるとすぐに口をきいて言った。

「お母さん、お父さんにお弁当を持っていくわ」
「いいえ、娘や。お前なんかロバから落ちちまいますよ」
「私とお弁当を一緒にロバの耳の中に入れてちょうだい。そうすれば落ちないわよ」

 そこで、母親はお弁当と一緒に娘をロバの耳の中に入れてやった。マリアは耳の中からロバに「走れ、ロバよ走れ」と命じて走らせた。途中で行き会った泥棒たちは「ロバを走らせている奴はどこにいるんだ」と不思議がった。ロバが通れるように道の脇にどいてやり、その後を付けていった。悪魔か何かの仕業ではないかと危ぶんだからだ。

 マリアは父親のいるところへ着いて呼びかけた。

「お父さん、お父さん、お弁当を持ってきたわよ」
「おや、娘はどこからわしを呼んでいるんだろう。姿が見えないが」
「お父さん、ロバの耳の中にいるのよ」

 父親が近付くと、マリアはお弁当を渡して言った。

「お弁当を食べてちょうだい。お父さんが食べている間、葡萄畑を掘り起こしているわ」

 父親がお弁当を食べ終えると、マリアはもう葡萄畑をすっかり掘り起こしていた。それからマリアは家に帰った。母親は、娘がお弁当を届けたばかりか葡萄畑を掘り起こしたと聞いて驚いた。更にマリアは言った。

「今度は煮炊きに使う薪を取ってくるわ」

 マリアは薪を切るために高い黒柳の木に登った。すると多くの泥棒たちがお金のいっぱい詰まった壷を持ってやって来て、黒柳の木の下に座った。

(この泥棒たちを追っ払って、あのお金の壷を取り上げるにはどうすればいいかしら)と、マリアは独りごちた。そして木の上からとても大きな声を張りあげた。泥棒たちは肝を潰して逃げ去ったので、マリアは壷を取って家に帰り、「泥棒から取り上げたのよ」と母親に渡した。

 次の日、泥棒たちは娘の家にやって来て、水を求めた。マリアはお金の入っていた壷で水をやった。泥棒たちは何も言わなかったが、その場を立ち去ってから、かしらが「あの壷を盗んで、お金を取りもどそう」と言った。

 マリアは泥棒たちの話を聞いていた。山に行って沢山のオレアガ(葦に似た草)を刈ってきて、煙突に詰めておいた。夜になって泥棒たちが煙突から侵入しようとしたが、マリアがオレアガに火をつけたので、泥棒はみんな焼け死んでしまった。

 マリアはやがて結婚し、とても幸せに暮らしたということだ。


参考文献
『スペイン民話集』 エスピノーサ著 三原幸久編訳 岩波文庫 1989.

※どう考えても、ロバの耳の中にお父さんのお弁当は入らない気がする。「四次元ポケットォオ〜〜!」(CV.水田わさび)
 そしてどうやって畑を掘り起こしたり薪を切ったりしたのか気になるのであった。

参考 --> [親指小僧]「乞食」「アリ・ババと四十人の盗賊

 

 なお、親が子を森へ連れて行って、木を切っているからと偽って置き去りにするモチーフはグリムの「ヘンゼルとグレーテル」で有名であるが、様々な民話の導入で見かけるモチーフでもある。

 捨てられたウトの側にカラスが種を落とし、ウトは生じたスイカの実を抱く。これは「桃ノ子太郎」や「ヴォルスンガ・サガ」に見られるような、鳥が生命の果実(卵)を女に向けて落とし、女が神の子を受胎するモチーフであろう。

 王子の食べた果実の残りをウトが食べて妊娠するくだりは、精液の掛かった食べ物を口にした女が妊娠するモチーフの変形と思われる。--> 参考 <桃太郎のあれこれ〜桃から生まれる・股から産まれる

 個人的な印象としてそれはインドの説話でよく見かけるが、日本にも、そういう蕪を食べた乙女が男児を産み、後にそれを知った男がその女と結婚する話が『今昔物語』にある。(巻26-2)

 

 スイカの葉陰に潜むウトの様子は【瓜子姫】をもイメージさせる。

 この話のインドネシアの類話「アチャ王とねずみの女王」では、鼠の女王が王子の尿を飲んで人間の娘を産み、王の畑の中で育てる。王はその子供を見つけて連れ帰り、成長すると妻にしたという。鼠の女王とは冥界の女王であり大地の女神であると考えられる。ギリシア神話には漏れ落ちた精液を地母神が受けて子を生んだと語るものがあるが、ともあれ大地の女神が生んだ娘は作物の実る豊かな畑で育てられる。大地の女神の子供は、つまり大地の実り…作物であるからだ。



参考--> 「隠元豆の娘



小指の童女  フランス コルシカ島

 結婚して長いこと経つのに子宝に恵まれない女がいて、たいそう子供を欲しがっていた。

「ああ、もし私に娘がいたら、どんなに幸せだろう! その娘が私のこの小指ほどの大きさでも充分なのに」

 その時、誰かが言った。

「九ヵ月後に、お前の願いは叶えられるだろう」

「誰なの!?」

 しかし、それ以上は何も見聞きできなかった。その声は屋根の方から聞こえたかのように思われた。女は驚いたが、「もし私にその喜びをもたらしてくれるのが妖精なら、その妖精に神の恵みがありますように」と祈った。

 九ヵ月後に女は一人の女の子を産んだ。それは他に見たことも聞いたこともないほどに小さな可愛い子供だった。よって、その子は『小指の童女』と呼ばれることになった。

 産婆が外に出るか出ないかのうちに、美しく魔力も強い妖精たちが不意に現れて、部屋の中はごった返した。最初に来た妖精が前に進み出た。

「私は、小指の童女が比類ないほど美しい娘であってほしいと思う」

「では私は、この子が歌えば誰もがうっとりするほどに、甘く快い声を授けよう」と、別の妖精が言った。

「この子を歌わせる前に、言葉を話させる必要がある。だから、今からこの子が言葉を話せますように」と、もう一人の妖精が言った。

「ありがとう、おばさま。本当にありがとう」と、小指の童女はたちまち言葉を話し始めた。

「それで、あなたはどうなの、美しい妖精さん。この子に何をいただけるのかしら」と、女の子の母親が尋ねた。

「今は何もあげないわ。けれど、いつかこの子が私の力を必要とした時には、いつでも助けに駆けつけましょう」

 この妖精が話し終わると妖精たちはみな姿を消したので、母親は世にも上品に話す娘と二人きりになった。

「こんにちは、お母さま。お顔の色が真っ青だわ。そのバラ色のリボン飾りの付いた大きな縁なし帽を私に下さいな」

「勿論ですとも。さあ、お被り」

 母親は帽子を娘に被せようとしたが、小指の童女の姿はその縁なし帽の中にすっぽり入って見えなくなった。

 そのとき女は、娘をもう少し大きくしてくれるよう妖精たちに頼み忘れたことに気付いた。けれども、女は考えた。

(この子は生まれてやっと一日にしかならないのだもの。きっと一、二年もすれば、他の同じ年の子供たちと同じくらいに大きくなるに違いないわ)

 ところが、小指の童女はずっと小さいままだったのだ。七歳になっても、殆ど大きくならなかった。

 そのために、以前はたいそう娘を愛していたのに、母親は娘を憎むようになっていた。娘はもう、母親に会うことも出来なかった。

 ある日、母親はこう呟いた。

「あんなに小さな娘をどうしたものだろう。働くことも出来ないのだから、コップの水の中で溺れてしまえばいいんだわ」

 彼女はこのとき庭にいたのだが、ふと鍋が目に入ったので、娘をその中に放り込んだ。

「ああ、意地の悪いお母さま。私を出して。こんな鍋の中にいてはひどく気分が悪くなるわ」

 しかし、母親はもう遠くへ行っていた。娘は黙って苦痛に耐え、少しでも気を紛らわせるために歌いだした。

 そのとき、一人の王子がそこを通りがかった。

「あんなにも上手に歌えるとは、一体誰だろう。もしあれが女の人の声なら、私は必ずその人と結婚しよう」

 そう誓いを立てると、王子は声のする方へ向かった。

私は可愛い女の子

歌をうたう、歌をうたう

私は可愛い女の子

いつもいつも歌をうたう

「おお、何と素敵な調べだ! もしこの人がいつもこんなに見事に歌っているなら、この声を聴ける者は幸せに違いない」

意地の悪い私の母が

私をここへ投げ捨てた

意地の悪い私の母が

私をここへ投げ捨てた

「この声はどこから聞こえてくるのだ。ああ、声の出所が分からなければ、私は狂い死にしそうだ」

遠くじゃないわ、すぐ近く

美しい乙女のこの私

遠くじゃないわ、すぐ近く

美しい乙女のこの私

「どこに隠れていられるというのだ。私の目を遮るものは何も無いのだが」

あなたの足元にいますわ

魅力ある乙女のこの私

あなたの足元にいますわ

魅力ある乙女のこの私

「どこだって。私の足元だと。ここにあるのはつまらない鍋だけだ」

 王子は腹を立てて鍋を強く蹴飛ばし、壊してしまった。たちまち、鍋から小指の童女が出てきた。

「どうかしら、ご親切なお方。ご機嫌いかが」

「ああ、いや、ありがとう。それにしても、つい先ほどまであんなに見事に歌っていたのは誰だったのだろう」

「私です。この小指の童女です。私の声はとても明るく澄んでいるでしょう。王国中を探しても、これほどの声は見つかりませんわ」

「あれほど素敵に歌っていたのが、お前だって? 私を騙しているんだろう」

「とんでもない、騙したりなぞいたしません。退屈していたので歌っていたのですわ。もう一度、少しだけ私の歌をお聞きください。そうすればすぐに分かりますから」

「口の減らないおしゃべり娘、黙るがいい。おしゃべりの相手がいない鍋の中でお前が退屈したところで、もう私は驚いてやらないぞ。だが、嘘か本当か、ものは試しだ。少し歌ってみろ」

ええ、私ですとも

美しい乙女はこの私

ええ、私ですとも

美しい乙女はこの私

お鍋の中で歌っていたのは私なの

お鍋の中で歌っていたのは私なの

「なるほど、お前の言うとおりだ。これほどの声は聴いたことがない。こんなにも……」

「私は嘘を言ってはいなかったでしょう」

「それで話はおしまいかい、可愛いおしゃべり屋さん。言っておくれ、お前はなんという名なのだ」

「小指の童女と申します。先程そう申したではありませんか」

「そうか、小指の童女よ。私は王の息子だが、あの歌声の主と結婚すると誓ってしまった」

「では、私は王妃様になれるのかしら」

「勿論だとも」

「もし本当でしたら、私をそのような光栄に浴させてくださったことを感謝いたしますわ。信じてください王子さま。私はいつだって……」

「もういい、もう沢山だ。全くお前はおしゃべり好きだな」

 そう言って、王の息子は小指の童女をポケットの中へ入れ、館へ戻り始めた。途中で小さな娘は叫んだ。

「私を外に出して。ポケットの中にいたら窒息してしまうわ。愛しい人、どうか私をここから出してくださいな」

 王子は小指の童女を取り出して手の上に置いた。

 王子は母のもとへ着くと、報告した。

「母上、私の妻に選んだ娘です。出来るだけ早くこの娘との婚礼を執り行いたいと思います」

「なんですって! 小さな人形が王妃になるというのですか。あなたはこの人形をどうしようというのです」

「実を言えば、私はあまり愛しておりません。でも、この女の夫になると約束してしまったのです」

「では仕方ありません。いいでしょう、その娘を引き取りなさい。大して場所を取らないでしょうから」

 王子はそうすることにした。しかし、小指の童女の小ささを見るにつけ、うんざりするのだった。

 

 さて、ある日のこと。いつも以上にふさぎこんだ王子は、こう呟いた。

「私がつまらない気分のままでいなければならないとしたら、王子でいて何の益があるだろう。よし、三日続きの舞踏会を催し、王国から選りすぐった美女たちを招待することにしよう」

 家来たちは四方八方に散って、ラッパを響かせ太鼓を打ち鳴らしながら、王子が催す楽しい舞踏会を宣伝するために出発した。

 当日になると、方々から人々が殺到した。男たちは慇懃で、女たちは魅力的だった。人々は押し合いへし合いしていた。それほどおびただしい人の数だった。彼らは若い王子だけを待っている。王子は晴れやかに着飾り、駿馬に車を引かせて会場に向かうことにした。そこに小指の童女がやって来た。

「ご一緒に連れて行ってくださいな。私もその舞踏会に行きたいのです。お願いですから連れて行ってくださいな」

「私に構わないでくれ。私にお前をどうせよと言うのだ」

「愛しいあなた、私はうんと大人しくしていましょう。私がお邪魔にならないことはすぐに分かりますわ」

「さあ、館に戻るがいい。私は急いでいるのだから」

「いいえ、あなたとご一緒に行きたいのです」

「ああ、それでもお前は私に忠実だと言うのか」

 王の息子は握り締めていた手綱で娘を脅した。小指の童女は目に涙をいっぱい溜めて部屋に戻って行った。

 そのとき、娘の誕生の折に何も授けなかった妖精が姿を現した。

「美しい子よ、一体どうしたの。そのように泣いているのは舞踏会に行けないからなのかい」

「ええ、おばさま」

「安心なさい。私は、お前が生まれたときにお前の幸福を約束したのですから」

 そう言って、優しい妖精は杖を一振りして、小指の童女を世にも美しい娘に変えた。娘は背が高くほっそりとしていて、金糸と絹の衣装をまとっていた。

「さあ、私が舞踏会へ案内してあげよう」

 小指の童女はすぐさま馬車に乗り、その馬車は綺麗な蝶に引かれて走った。会場に着くと妖精は言った。

「また私の力が必要になったら、三度だけ手を叩けばいい。そうすればすぐにやって来ますよ。それに、『小指の童女に戻れ』と言えば、これまで通りの小さな自分になることも出来る」

 娘は妖精に厚く礼を述べて、舞踏会の会場に入った。すると誰もが娘に驚き、うっとりと見とれてしまった。

「おお、あの人以上に美しい女性がこれまでに存在しただろうか」と、すぐに王子は思った。「あの人を私の妻にしなければ」

 王子は小指の童女に近付き、こう語りかけた。

「ああ、あなたはなんと美しいのでしょう。お嬢さん、あなたはこの王国のお方ですか。宮廷ではついぞお見かけしたことがありませんが」

「殿下、私はこの国の人間ではございません。ですから、今まで私に会わなかったからといって驚きになるには及びませんわ」

「では、どこの国のお方なのでしょうか」

「私は手綱ブリドの国の人間です」

「ありがとう、お嬢さん。おや、ヴァイオリンの演奏が始まりました。ひとつ、私と踊っていただくわけにはまいりませんか」

「喜んでお相手いたします」と娘は言った。

 しかし、踊りもたけなわの頃に娘は心の中で言った。

(小指の童女に戻れ)

 たちまち、娘は踊りをおどっていた人々の中に紛れ込み、姿を消してしまった。王子はこのことにひどく驚いた。異国の美しい娘をくまなく探してみたが、何の甲斐もなかった。しかも、誰一人として娘が外に出るのを見た者がいなかったのだ。

 小指の童女は急いで自分の部屋に駆け戻り、衣装を着替えて待っていると、程なく王子が帰ってきた。

「ところで、あなた、夜会はいかがでしたか。お楽しみになりましたか」

「えいっ、私に構わないでくれ」

「まあ、怒ってらっしゃるのね。何か不快なことがありましたの」

「おしゃべりはいい加減にしてくれ」

「そんなに無愛想なあなたを見るのが残念でなりません。私には何一つ話してくださらないのですね」

「私に何を言って欲しいのだ、性格ブスのおしゃべりめ」

「私には分かっています。あなたはとても悲しいのです。ええ、黙っていましょう。だってあなたがそうお望みなのですから。でも、あなたのその瞳をほんの少しでも明るく輝かせられるなら、私のこの血を喜んでそっくり差し上げますのに。

 ああ、なんとお疲れのご様子なのでしょう。きっと踊り過ぎたからに違いありません。明日は、お願いですから、もう少しお体をいたわってくださいな。さもなければ、ひどいご病気にかかってしまいかねません。もしそんなことにでもなれば、この私は……」

「このうえまだ一言でもしゃべるなら、即座に息の根を止めてくれるぞ」と王子は腹立たしげに言った。「それより、『手綱の国』がどこに位置するのか私に分かるように、横にあるその書物を片端から調べておけ!」

 王子は『手綱の国』についてあらゆる書物を調べ、母や廷臣や学者に尋ねてみたが、誰一人としてその存在を知る者がいなかった。

 翌日、若い王子はあの美女に再び逢えることを期待して、舞踏会へ向かおうとした。王子が馬に乗るか乗らないかのうちに、また小指の童女が会いに来て言うのだった。

「どうかお願いですから、私に舞踏会を見せてくださいな」

「駄目だ、真っ平ごめんだ。お前を一緒に連れて行くなんて、とんでもない話だ」

 小指の童女はあぶみに足をかけたが、王子が拍車を着けた足で乱暴に押しやったので、地面に転がり落とされて倒れた。

 娘は涙にくれながら起き上がり、部屋に戻った。しばらく経って、涙をぬぐって三度手を打ち鳴らした。すると優しい妖精が姿を現した。

「何の御用かね」

「舞踏会へ出かけたいのです。私をもう一度、昨日と同じように大きく美しくしてくださいな」

 妖精が娘に杖で触れると、たちまち若い娘が薔薇色の衣装をまとって現れた。

 王子は首を長くしてあの娘を待っていた。だから、彼女が会場に現れたのに気付くとすぐに駆け寄った。

「ああ、お嬢さん。昨晩あなたは私を騙しましたね。どうか教えてください、あなたはどこの国のお方なのです」

「私は『拍車エプロンの国』の人間ですわ」

「ありがとう。私は必ずあなたに結婚の申し込みをしに行くつもりです。それまでの間、お願いですから、私の思い出としてこの指輪を受け取ってください」

「私と結婚なさるおつもりですか。王子さま、私はてっきりあなたが結婚しておられるものと思っておりましたが」

「確かに私は、小指の童女の夫になる約束をしましたが、まだ結婚式を挙げてはいないのです」

「では、その娘をお棄てになりたいと?」

「いえ、あの娘は比類ないほど上手に歌をうたいます。だが、あなたこそが私の心にかなう妻。心から私が愛する人になるでしょう。小指の童女は時折私たちを楽しませてくれるに違いありません」

「さようなら、王子さま。私は帰りを急いでいますの」

「お願いです、どうかそんなに早く帰らないでください。誰もあなたを急かしはしませんよ。もう少しここに……」

「いいえ、帰らなければなりません」

「よろしい、では、どこへでもあなたの後に付いて行きます。決して離れません」

(小指の童女に戻れ)と、若い娘は心の中で言った。すると、一瞬のうちに若い娘は消え去った。

 王子はいたるところを見回したが、もう娘の姿は見えなかった。彼は捨て鉢な気分になり、館に着いた時にはすっかり苛々していた。

 王子を待っていた小指の童女は、迎えに駆け寄った。

「今晩はもっと楽しかったのでしょうね。ひどくお腹立ちのご様子ですが、何か不快なことがあったのではないかと心配ですわ」

「黙るんだ。そうして、この宮殿内のあらゆる書物を探し出し、学者どもを残らず迎えに行くがいい」

 やがて学者たちがやって来ると、王子は彼らに言った。

「お前たちの中で、『拍車の国』の噂を聞いた者はいないか」

 誰一人として答えられる者はいなかった。誰もそのような国の存在を知らなかったのだ。王子は彼らに書物を公開して調べさせたが、一晩中眠らずに調べても、何の結果も得られなかった。

 そこで、恋する男は思った。

(あの娘は今晩もやってくるに違いない。今度こそ私から逃げられないはずだ)

 そうして夜になると、王子は舞踏会が催される城館の全ての扉を手抜かりなく見張るために、おびただしい数の兵士たちを繰り出した。それから、いつもよりいっそう入念に身支度を整え、馬に乗って出かけようとした。そのとき、小指の童女がやって来た。

「あなたは二度も私を一緒に連れて行くことをお断りになりました。舞踏会は今日で終わります。私を行かせてくださいな」

「お前のその舞踏会の話は我慢がならない。さあ、そこを退くがいい」

 しかし娘がしつこく頼むので、王子は娘を鞭打って、急いで出かけて行った。小指の童女は部屋に上がり、手を叩いた。三度みたび、優しい妖精が現れた。

「また舞踏会に行きたいのかい」

「ええ、ご親切な妖精さん」

 たちまち娘は、青いドレスを着こなした美しい令嬢に変身した。首飾りはダイヤモンドで、ベルトは金だった。

「これまで、お前ほど魅力的な娘を見た者は決していないでしょう」と、妖精は惚れ惚れとしながら付け加えた。

「さあ、急いで舞踏会へお行き。みんながお前を待っている」

 小指の童女はすぐに向かい、誰もが感嘆して見とれる中を会場へ入って行った。王子はまたも迎えに出た。

「お嬢さん、やっと来てくれましたね。今晩はたいそう遅かったではありませんか。それにしても、仰ってください。なぜ私に嘘をついたのです。なぜ突然に逃げ出してしまったのです。なぜ、私にあなたの本当のお国を教えてくれないのです」

「私は『クラヴァシュの国』の人間です」

「それを信じなければならないのですか。あなたはもう二度も私を騙しました。……しかし、なんという幸せだ! あなたは昨日私が差し上げた指輪をはめておられますね。ああ、ありがとう、本当にありがとう」

 王子と小指の童女が一時間もおしゃべりした頃、突然、娘は小さくなって姿を消してしまった。

 くまなく探し回り、扉を見張っていた兵士にも尋ねてみたが、誰一人姿を見た者がなかった。

 王子は、『鞭の国』がどこにあるかを教えた者には莫大な褒美を与えると約束した。人々は探し回り、尋ね回り、調べ回ったが、誰一人としてその名さえ聞くことは出来なかった。

 あれほど美しい人を失った王子は、失意のあまり、館に戻ると思い病に臥せった。王子の母は息子を見舞ったが、病状が思わしくないのを知ってたいそう胸を痛めた。王子は、あの愛しい人に再会するまでは、何一つ口に入れようとしないのだった。

 今度は小指の童女がやって来て言った。

「私にお菓子を作らせてくださいな。もしそれを召し上がるとお約束してくだされば、あなたがお探しになっておられるそのご婦人に再会させてさしあげましょう」

「出て行くんだ! 真っ平ごめんだ、馬鹿なチビ助め! 妖精にしか分からないことがお前に分かるはずがないではないか」

「そんなことご心配には及びませんわ。ただ、これから私が作るお菓子を召し上がると約束してくださればよいのです。そうすれば、あなたの願いは叶えられるでしょう」

「よし、いいだろう。ただし、もしお前が私をからかっているのなら、お前を殺してくれるぞ」

 小指の童女は小麦粉と水を持ってくるように言い、練り粉の中に舞踏会で王子にもらった指輪を入れたあと、こんがりと焼き上げた見事な菓子を作った。全ての準備が整うと、娘は侍女にその菓子を運ばせ、自分の部屋に戻った。

 王子は食べ始めた。半分ほど食べたところで指輪を見つけたが、すぐにそれが見覚えあるものだと気付いて叫び声をあげた。

「母上、母上!」

 母親はてっきり小指の童女が息子に毒を盛ったものと思い込み、駆けて行って娘を殴りつけた。

「聞こえるかい。息子が叫んでいる。お前は息子に何をしたんだい」

「何もしておりませんわ。放してくださいまし」

 その間も王子が呼び続けるので、母親は王子の様子を見に駆けつけた。すると王子はすっかり陽気になってはしゃいでいるのだった。

「見てください。私が美しい異国のご婦人に与えた指輪が見つかったのです。あの人はこの宮殿にいるに違いありません。出来るだけ早くあの人を探すように命じてください」

 その間に小指の童女は妖精の助けを借りて変身し、驚嘆するほど素晴らしい令嬢となり、王子の前に姿を現した。

「ああ、この人だ、この人に違いない。なんという幸せだ! お嬢さん、どうかお願いです、もう二度と私を棄てないでください」

「それでは、愛しい王子さま、あなたは私を愛してくださいますの」

「無論です、愛していますとも!」

「でも、あなたは何度もこの私を跳ねつけ、殴打すらなさいましたわ」

「この私が、あなたを殴ったですって!?」

「ええ。最初は手綱で脅し、次には拍車で私を地面に倒し、最後に、その手に握った鞭で、私をお打ちになりました」

「……まさか、あなたは小指の童女なのですか。私が跳ねつけたのはあの娘だ」

「よくお分かりになりましたわね。少し姿を変えはしましたが、私は小指の童女ですわ。この姿なら、あなたをあまりご不快にはしないでしょう」

「それで、あなたは相変わらず上手に歌をうたえるのですか」

「相変わらず上手に歌えますとも」

 これほど申し分のない女性を勝ち得ることの出来た王子の喜びはたとえようがなかった。こうして、王子はその日のうちに結婚式を執り行い、婚礼には近隣の町の人々を残らず招いた。

 



参考文献
『フランス妖精民話集』 植田祐次訳編 教養文庫 1981.

※下働きをするという要素こそないが、後半が[火焚き娘]風になっている。

 恋していた女性の正体は小指の童女だった。と分かった直後の王子の反応。「それで、あなたは相変わらず上手に歌をうたえるのですか」。言うべきことは他にあるだろーが! 床に伏すほど恋煩いさせてやったという点で溜飲は下げているのだが、やはり王子にはちゃんと暴言や暴力の謝罪をして欲しかったし、見た目だけに左右される自身の愚かさを自覚して欲しかった。

 どこまでも自分の利益しか考えてない王子。小指の童女にプロポーズして連れて来たのは自分なのに、容姿が気に食わないからといって堂々と花嫁選びの舞踏会を開き、小指の童女には暴力を振るい。では婚約は解消してスッキリ慰謝料でも払って別れるのかと思いきや、歌声は素晴らしいから手放すつもりは無い、自分と妻を楽しませるために歌わせようという超絶無神経さ。なんだこいつ。王子の母もひどい。小指の童女の作った菓子を食べた王子が大声で呼び声をあげたというだけで、「毒を盛ったんだろう」と小指の童女を殴りつける。よほど小指の童女が嫌いだったのだろうが、彼女が毒を盛ってもおかしくないと思う程度には、後ろめたく思っていたのだろうか。息子の不誠実な言動を。

 この読後のモヤモヤ感は、ノルウェーの「木のつづれのカーリ」や「隅の母さんの娘に結婚を申し込みたかった息子」のそれとよく似ている。「蛙娘」や「森の花嫁」「雌熊」「鉢かづき姫」とは真逆である。

(でも考えようによっては、最初から自分を「美しい」と連呼して、相手を不愉快にさせるほどペラペラペラペラ喋り続け、その後王子にどんなに冷たくされても付きまとい続けた小指の童女も、ちょっと痛い女かもしれない。どっちもどっちだ。この辺の印象も「隅の母さんの娘に結婚を申し込みたかった息子」とよく似ている。)

 

 …と、表面的な感想はここまでにして、含まれるモチーフに関して考察。

 神に祈って授かった子なのに、成長しないので親が憎むようになるという発端は「親指姫ナン・ウト」や「一寸法師」と同じである。また、誕生の際に妖精たちが集って様々な贈り物をする【運命説話】モチーフが現れているが、ここで「大きくなるように願うのを忘れていた」と語られているのは、十三世紀のフランスのロマンス『ユオン・ド・ボルドー』に登場する妖精王オベロンの出生譚を思い出させる。彼が生まれた時、あらゆる身分の高い妖精が招かれたが、一人だけ忘れられていた。その妖精は怒って、オベロンが三歳から成長しない呪いをかけた。しかし後悔して、彼が自然の中で最も美しくなるように約束したという。このためオベロンの外見は小童になったのだ。

 これらのモチーフを見ていると、《小人(異形)である》ということが、《呪い》であると同時に《祝福》でもあることが読み取れる。古い信仰にのっとれば、異形であることの原型は神霊が獣の姿をとるという観念で、冥界との繋がりの象徴なのだが、その信仰が忘れ去られると《呪い》だと考えられるようになっていったのだろう。

 娘を疎んだ母により、小指の童女は鍋に閉じ込められる。これは《死》の暗示である。窯や鍋や臼は女神の胎を象徴するもので、冥界とイメージを重ね合わされるものだからだ。母自らの手によって小指の童女は《死》の状態に置かれる。物語としては母の悪意なのだが、観念的には「偉大な母によって産み直される」という暗示なのだろう。ギリシア神話で、デメテルやテティスなどの母神たちが赤ん坊を火に投げ込んだり冥界の川の水に沈めて不死にしようとしたのと同じである。(そのように考えれば、小指の童女を鍋に閉じ込めた母と、変身させてくれる優しい妖精は、表裏一体の存在である。)

 小指の童女は鍋の中から歌う。王子はその歌声に惹かれるが姿を見出すことが出来ない。日本の伝承でも、夜更けに不思議な歌声や笛の音が響いてきて、それに惹かれて行くと怪異に出会う話は色々あるが、同根のイメージであろう。歌声だけで(小指のように小さくて)正体の見えない存在。鍋の中〜地の底から語りかけてくる存在。それは霊である。「意地の悪い私の母が 私をここへ投げ捨てた」と繰り返し歌で訴えるくだりには【死者の歌】系のモチーフも感じられる。

 王子は歌によって冥界の霊と交霊し、それを娶ることで王権を得た。物語上では、王子は異形の小指の童女を疎んでいるのに《何故か》妻にする。しかし観念上では、王となる者は霊力を持つ存在と繋がらねばならない。娶ったからこそ王なのだ。

 異形の者の歌声もしくは楽器演奏の腕が素晴らしいとする伝承は数多い。[ラプンツェル]系の話のように、「閉じ込められて姿が見えない」娘の歌声を王子が聞きつけ、求婚や救助に向かったと語られることもある。霊は歌舞音曲等の芸能に深く関わる。



参考--> 「木のつづれのカーリ」「毛皮娘」「隅の母さんの娘に結婚を申し込みたかった若者」「蛙娘」「ひきがえる息子




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